第七話 ふたりだけの世界 ~多賀恵留と透海近の場合~
「やぁ! 突然会いたいだなんて、こんな夕暮れになにがあったのかな? ああ、ひょっとして、とうとう私のものになってくれる気になったのかね? そうなのかな? そうだろう、遼遠く――」
空き教室の扉を開けてすぐ。
恵比寿顔の恵留さんが飛び込んできた。
そして、ぼくと。
いや、ぼくの横にいる魔女を知覚して、恵留さんの双眸が吊り上がる。
「透海、近ァ……! またおまえかっ」
もはやその視界に、ぼくなど映ってすらいなかったのだろう。
恵留さんは透海さんに大股で歩み寄り、その胸倉を掴みあげる。
一方で、魔女はどうしていたかといえば、すまし顔で「やれやれ」と首を振り。
「ね? 元から眼中にあるのは、あたしだけだって」
と、こちらへウインクを飛ばしてくるのだった。
それがまた癪に障ったのか、恵留さんは怒りをあらわにする。
怒りと、憎悪を。
「そういうことか、あの画像も、動画も、噂さえも!」
彼女がぼくを見ることもなく指差し叫ぶ。
なんのことかと魔女へ目線を向ければ、「匂わせかなぁ」と恍けた返事が来た。
「多賀ちゃんがあたしのことを忘れないように、挑みかかってくれるように、ずっとグルチャに匂わせ投稿をしてたの」
ほら、マグカップとティーカップの写真とか、黒猫とか、お弁当とかといわれて納得する。
あれは、そういう意図だったのか。
しかし、そうなれば恵留さんの感情も理解できなくもない。
散々煽られてきたのだから、復讐の一つもしたくなるだろう。
「そんな簡単な関係じゃないんだけど、あたしたち。でも、ここまでかな、多賀ちゃん。もう、告発の用意を整っているから」
「告発ぅ?」
口元をねじ曲げて、嘲笑を顔いっぱいに溜めて、多賀恵留が侮蔑を吐き出す。
「おまえ如きが私になんの権利があってそんな真似を? 第一、できるわけがないだろう。だって今回のテストで、私はおまえに勝って――」
「勝ち負けはどうでもよくてさ」
「――は?」
「あたしはあたしのために、謎を解き明かさなくちゃいけないんだ。ごめんね、エゴイストで」
「ふ……ふざけるなっ」
激発する恵留さん。
目を血走らせ、凶相を浮かべ、彼女は喚き立てる。
「無駄だよ、無駄さ、無駄なんだとも! なにをしても、全部私が無価値にしてやろう! 七不思議の解読だったかな? そのために、自分で謎をばら撒いて、自給自足していたんだったかな? 全部さ、すべてだよ。私が……それもぜんぶ、毒に変えてやる、自滅の種にしてやるとも!」
それは、ほとんど自白のようなものだった。
これまで、透海近はたびたびマッチポンプを企んだ。
七不思議の1、予言の魔女は、残るすべての七不思議、その在・不在証明を行うことで人間に戻ることができる。
正確にいえば、七番目に関しては、少し違うのだが……それは一端脇に置いておくとして、この在・不在証明を、透海さんは自分の手の平の中だけで完結させようとした。
七不思議を用意し、これを流布し、育ったところで、正しくはこうであると告げることで、労せずして結果だけを手に入れようとしてきたのだ。
だが、これは上手く行かなかった。
なぜならば、妨害者が、いたからだ。
透海近が流行らせようとした噂を書き換え、彼女に不都合なように調節するもの。
答えとトリックを入れ替えてしまうもの、ねじ曲げてしまうもの。
すなわち魔女の敵対者。
多賀恵留が、いたのだから。
恵留さんはいま、自分がやってきたのだと自供した。
それは、今回も同じであるということだろう。
このまま謎とその答えを受け容れれば、透海近は中毒に陥り、魔女として存在が固定化される。
人間に戻ることはなく、学園から出ることも叶わない。
けれど。
「そうはならないよ。だって、あたしにはもう、見えているから」
双眸に一等星を宿らせて、透海さんが、推理を展開する。
「この場にはわかっている人間しかない。でも、一回だけ整理をします。七不思議の名前は『絶対に満点が取れないテスト』。多賀ちゃんにかかっている嫌疑は、この七不思議を悪用して、自分だけ満点を取ったこと」
「はい矛盾! おまえは自分の言動にすら責任を取れないのかなぁ?」
嬉々として悪罵を吐き出す恵留さん。
活き活きとしているぶん、なんなら普段より魅力的だ。
「む……ハルさん、あたしを見てて。あたしの話を聞いてて」
「具体的には?」
「いま指摘された矛盾を暴く」
それはじつに愉快そうだと答えれば。
透海さんは、満足げに頷く。
「コホン」
ひとつと咳払いして、魔女は切り出した。
「トリックは簡単で、暗号のようなものです。テスト問題をどう解いても、正しい答えを得ることはできません」
「なら私が答えを知っていたとでもいうのかね?」
恵留さんの煽り文句に、透海さんは答えない。
代わりに紡がれたのは、一つの推測。
「ところで、A先生――問題を制作した教諭と多賀ちゃんはたびたび会っていたよね?」
「だから疑わしいって? 愚か極まるねぇ。生徒と教師なら、授業内容の相談ぐらいするものだろう」
「ええ、そこに疑問はないの。A先生は無実。ただ、多賀ちゃんには一方的にチャンスがあった、というだけ」
チャンスぅ? と語尾を跳ね上げながら、魔女を睨めつける恵留さん。
焦りの色はない。
むしろ、喜びのようなものさえ感じられる。
彼女たちが言葉を交わすたび、そこだけに閉じた世界があるように見えて。
「チャンスでしょう? 学習させるチャンス」
「……なにを言いたいんだい、透海近。私は」
「そう、多賀ちゃんは学ばせたんだ」
誰に?
教師に?
否。
答えはもっと単純で明瞭だった。
「断言します。多賀恵留、あなたは――問題作成と採点用のAIに、細工をしたのです」




