第三話 自業自得の果ての果て
話を整理しよう。
魔女には予言の力があるが、絶対ではない。自由にもならない。
そして満点が取れないテストとは、設問どおりの答えを出しても正解にならない問題がある試験のことだった。
くわえて、この噂を流したのは透海さん以外の誰かだ。
「あー、でも、焦ってたのはホントかな」
彼女が、屋上のフェンスに腰掛けたまま、足をぶらぶらとさせ――見ているだけで危なっかしい――言葉を落とす。
「だってハルさん、多賀ちゃんと一緒にいるんだもん」
「多賀恵留。彼女とぼくに関係は」
「わかってるよ。多賀ちゃんはいつもあたしが持っているものを欲しがったからね……仕方がないとは言わないけど、うらやましがられることはイヤではないです」
胸を張る魔女。
けれどすぐに、彼女はしょんぼりと背を丸める。
「厄介事になったと思った。多賀ちゃんがかかわってくるなら、きっと今後は上手く行かない。魔女をやめて人間に戻る、そういうことを妨害される。もしかしたらハルさんを――いや、それはいいんだけど」
「いいのかい?」
「よくないけど。ともかく、急がなくちゃと思った。だから満点の噂に便乗して、一番可能性が高かった推理を披露した。正解でも間違いでも、多数派になれればよかったから」
ある意味で、彼女の行動は正しい。
つまるところ、七不思議の在・不在証明とは、理屈がつけばいいのだ。
そしてこれを、納得させればいい。
だから彼女は急いだ。
多賀恵留がなんらかの手を打ってくる前に。
しかし、現実を見れば明らかだが、透海近は失敗した。
教諭を追い詰めたことで、同情があちらに集まり。
多賀恵留と透海近の関係性が暴かれたことで、嫉妬や難癖の類いだと否決されてしまった。
だから七不思議は、いまだ出席か欠席かを定められず、宙ぶらりんになっている。
「拙速が過ぎたのは反省しているの。でも、ハルさんならわかるでしょ? もう、あたしには時間がない」
七不思議の解決自体に、リミットはない。
七番目の不思議が現れるまでは、悠々自適であることすら許される。
……けれど、透海さんに限っては話が別だ。
多賀恵留。
彼女が今後も妨害を続けてくるなら。
透海近は、一生涯魔女でいることを義務づけられてしまう。
人でもない。
怪異でもない。
そんな半端者として、ずっと、永遠に、翠城学園の中を彷徨う噂話に成り果てるのだ。
「あとね、純粋に悔しかった。しっかり勉強して、傾向と対策もしたのに結果が伴わないなんて、割に合わないよ。努力したんだから褒めて欲しい。成果が出て欲しいって考えるのは、それこそ普通のことでしょう?」
「だからといって、担当教諭を追い詰めるのは話が違うよ」
「……あれは悪いことをしたなぁって思ってる」
「いま、君がしようとしていることについては?」
訊ねると、彼女は沈黙を選んだ。
……こちらに確信はない。
仮定と推論があるだけだ。
だが、ぼくの知る透海近ならば、ここで手をこまねくことをよしとはしないだろう。
思い切って、言葉の刃を振るう。
「透海さんの振る舞いは、希死念慮から来るものには思えない」
命とは重いものだという。
その重さに違いは無いとか、地球と同じぐらい重いとかなんとか、そんな話もある。
であるなら、彼女がいまやっていることは、いささか無理筋だ。
「自分の命と他者全員の意見でつり合いを取り、情報を引き出そうとする戦術。それは、一般的に、脅しというんじゃないかな?」
「そうかも」
透海さんが、緩慢に頷いた。
屋上に吹き乱れる風で、その特徴的な色合いの頭髪が揺れる。
「自分がさ、自分に期待することからすら自由になるのって、死を想って、逃げ出すのとは意味が違うよね」
そうだね、違う。
それは、世俗に属するものが、生きているうちに辿り着くべき境地じゃない。
解脱。
悟り。
別のステージへと向かってしまう、革新と突破。
「うん、だとしたら、やっぱり飛ぶ」
彼女が立ち上がる。
運命に立ち向かうためでも、人生を取り戻すためでもなく。
フェンスの上に。
すべてを投げ捨てるために。
「ねぇ、ハルさん」
なにもかも割り切り捨て去ってしまった、とても生きている者が浮かべることの許されない表情で、彼女はこちらへ問い掛ける。
その瞳に宿るはずの一等星は。
暗く、淀んだ重力を帯びていて。
「あたしたち、共犯関係なんだよね」
「……ああ」
「だったら」
だとしたら。
「一緒に、死んでくれる?」




