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ぼくらは七不思議にヒトを視る  作者: 雪車町地蔵
第五章 絶対に満点が取れないテスト問題事件

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第二話 屋上アンチテーゼ

 屋上のフェンスによじ登り、いまにも墜落してしまいそうな魔女、透海近。

 状況は極めてデリケートでセンシティブ。

 迂闊な一言が、張り詰めている均衡(バランス)を崩壊させるだろうことは容易く理解できた。

 だから、こう切り出す。


「ぼくは、益体(やくたい)のない正論で、君を中傷しにきたわけじゃない。この前提を、まず共有したい」

「…………」


 無言の彼女。

 萎縮する。

 喉がカラカラに渇く。

 それでも、彼女を一瞬でも長く、こちら側につなぎ止めたくて。

 フェンスの上という境界線上から、あちら側に降りて欲しくなくて。

 必死に、懸命に、言葉を紡ぐ。


「君は、永遠になるつもりかい? 屋上から墜落した魔女。なるほど、新しい七不思議としてはウケそうだ」

「…………」

「人間に戻ることを、諦めてしまったのか、透海さん?」


 答えはない。

 解答はない。

 沈黙し、手応えのない虚空。

 ……必死に話題をひねり出す。


「今回の一件、主犯は透海さんではなかったんだね? より正確にいうなら、君は確かに事を急いだけれど、七不思議のタネ自体は、どこかで差し替えられてしまった」

「……へっへっへ。ハルさんは賢いなぁ。だったら、説明しなくてもいいんじゃない?」


 ようやく発せられたのは、疲労に彩られた消極的肯定と、これ以上の深入りをやんわりと断る言葉。

 けれど引けない。

 やっとの思いで掴んだ対話の糸口。

 ぼくは一歩、物理的に前へと出る。


「答え合わせをさせて欲しい。そのぐらいの権利はあるはずだ。なにせ、ぼくらは共犯関係なんだからね」

「あら、あたしがこの場で関係を解消するって言い出したら? どうせ後なんて考えないんだし」

「同情を買えるように精一杯努力するかな。これでも長い付き合いだから」

「……たった数ヵ月でしょ」


 その数ヵ月が、ぼくには得がたいものだった。

 だから、思う。


「ほだされてくれないかい、透海さん。必要なら土下座でも、自分の指でもへし折ってみせるから」

「できないでしょ、自傷なん――っ!?」


 彼女が言い終える前に、ぼくは左手の人差し指をへし折った。

 彼女が二の句を告げないでいいるうちに、中指を、薬指も折る。


「ストップ!」


 制止の声をかけられて、小指を握ったまま、視線をあげる。


「……バカだなぁ、ハルさんは」


 やるせない表情を浮かべる彼女。

 ぼくは痛みに耐えつつ、苦笑い。


「そうだね、ぼくは愚か者だ。だから、こうやって(つぐな)うしかない」

「償いね。わかった、わかりました。聞くだけ聞くから、ほら、推理でもなんでも早くして」


 よかった、了承が取れたらしい。

 ひとつ息を吸い――それだけで、指先からズキズキと激痛が這い上がってくるが、意識の後ろに回す。視界が赤く染まっているが、無視すれば耐えられる――これまでの出来事を並べ立てる。


「事の発端は君が魔女になったことだが、トリガーが引かれたのは今回の試験問題だ。これはあっているかな?」

「なにをして正解とすればいいわけ?」


 そうだな。

 たとえば。


「満点が取れないテスト、という七不思議の噂をばらまいたのは――君ではない」

「…………」

「君は、その噂を利用しただけ。今回は種を蒔くこともなく、横の畑から収穫物を横取りしようとした。違うかな?」

「ときどきだけど怖くなる。ハルさんってさ、未来が見えているの?」


 ソックリそのままセリフを返そう。

 透海近。


「君は、予言の魔女だ。じつは未来が、見えているんじゃないか?」


 問い掛けに対して、彼女は肩をすくめた。

 そうして、ため息とともに、その身体が落ちた。

 反射的に走り出しかけて、とまる。

 透海さんはただ、フェンスに腰掛けただけだった。


 やめてほしい、心臓に悪い。

 おかげで一瞬、指の痛みを忘れることができたが。


 ……そこで、ふと思いつく。

 頭や身体は動かすことなく、視線だけをめぐらせる。

 フェンス、屋上の(ふち)、そこからのぞく鍵型の金具が二つ。

 金具?


「うーん」


 透海さんは頬に指を当て、悩んでいる。

 時間が欲しい。

 激痛のなかで思考を高速で回しながら、もう一度問い掛ける。


「見えないのかい?」

「どちらかと言えば、見える」

「……それで」

「うん、じつはね、ぜんぜん明瞭じゃないんだよ。だから、あたしはいまから、飛ぶんだ」


 やはり、そうなのだ。

 予言の魔女には未来が演算できる。

 しかしそれは、確固たるものではない。


「どう表現すれば伝わるかな。あたしは閉じた籠の中にいて、周囲には霧が立ちこめている。ときどき空から光が差し込んでくるけど、この手はなにも掴めない。追いかけることもできない。それどころか、指先をかけようとすると、光は掻き消えてしまう。けっこう辛いんだよ? ちらつくだけの希望って」

「それが、100%外れる予言の正体だね」

「かもしれない。あたしが望めば、逆になるから」


 ……わかっていたことだ。

 けれど、あまりに残酷だった。

 なぜなら彼女は、願いをかければかけるほど、上手く行かない星廻(ほしめぐ)りの下にいるのだから。

 全校生徒の、そんな不安が寄り集まって、肩代わりさせられているのが、予言の魔女という存在なのだから。


 ……そうだね。

 そういう意味では、予言の魔女とは、天邪鬼(あまのじゃく)の相似形なのだろう。

 アンチテーゼ、なのだろう。


「つまり、透海さんは未来を覗き見て、願ったわけだね。今回の七不思議を解決したいと」

「テストも受けられたし、どうせなら満点取りたいでしょ?」

「普通の人はそんなこと考えないよ。進学校だといっても、平均点で十分だってみんな言うさ」

「でも、あたしは違った。だからテストを受けて」


 そして案の定、満点が取れなかった。


「断っておくけど、答えなんて見てませんから。地力だよ、あの点数」


 疑ってなんかいない。

 授業内容を、透海さんはずっとアーカイブで履修していたし、板書などは、都度(つど)ぼくがまとめて端末に転送してもいた。

 明確な努力によって、彼女は結果を出して。

 そして、多賀恵留に敗北した。


 そう、ここまでは予定調和だ。

 では、具体的に〝満点が取れない〟とはなにを差すのか?

 必ず減点される?

 設問の数が少なく、点数の総和が合わない?

 それとも――


「正しく解いても、正解にならない問題があったわけよ」


 まるで、あたしの人生みたいだね。

 そう言って。

 魔女は、やるせなさそうに、苦笑いした。


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