第一話 透海近の暴走
七不思議出席簿 表巻。
〝係員〟であるぼくだけが持つ、いわば七不思議の案内書。
そこに、新たな不思議が浮かび上がってきたのは、中間考査を間近に控えた時期のことだった。
七不思議の6 絶対に満点が取れないテスト。
これは字義通りの存在だ。
一般的にいう妖怪や幽霊などではなく、現象。
読むと死ぬ本のように干渉してくるものではなく、歴然としたルール。
試験問題のなかに、どうやっても解けない、解いたところで点数のつかない問題が紛れ込んでいる。
いうなれば、都市伝説の類いである。
当然ぼくは、このことを知らせるべく透海さんのもとへ向かったのだが。
空き教室に、彼女の姿はなかった。
ただ、魔女としての役割を放棄しているわけではないらしく、占いを外したことのお礼である菓子類が、いくつも備えてあり。
その空き箱や空き袋は、綺麗に清掃され、整頓され、教室の端に整然と並べられているのだった。
実のところをいえば、もう一週間以上、彼女とは顔を合わせていない。
寂しいだとか誤解を解きたいだとか、そういった感情は無論ないが、伝達事項を伝えられないのは〝係員〟として些かよろしくない。
「意図的に避けられているのだろうけれどね……」
思わず飛び出した独り言に、口を押さえる。
らしくないな。
こんなことでは、いざというとき、切れ味が鈍る。切り捨てられなくなる。
半人前に、それは大きすぎる瑕疵だ。
考えていても仕方が無いから、撤収を選ぶ。
次の日も、その次の日も、ぼくは透海さんに会えなかった。
そして、あっと言う間に中間試験も終わって、成績優秀者が張り出され。
ぼくは、言葉を失うことになった。
第一位 多賀恵留 満点
七不思議が発生している環境下で、満点を叩きだしたものがいて、それが恵留さんで。
そしてなによりも驚いたことは、そのあとだ。
番付の第二位に、透海近の名前があったのだから。
いや、彼女の優秀さを疑っているわけではない。
その点数は、満点から10を引いたものだ。恐らく真っ当に向き合った結果、七不思議に阻まれて満点を取れなかったのだろう。
彼女にはそれだけの能力がある。
問題は、そこではない。
空き教室に隔離され。
人々の記憶から忘却され続けているはずの彼女が。
試験に臨み、そして結果を出したということこそ、驚愕すべきことだ。
つまり、新たに返上された権限を持って、彼女は一定の期間、自由な行動を取り、学園側へ干渉する力を持ってしまったことになる。
それはすべて想定外で。
よって。
次に起きたことに対して、ぼくはただただ、度肝を抜かれるしかなかったのである。
校内スピーカーが、ピガガと鳴る。
放たれたのは、電子化された、聞き知った声。
『全校生徒の皆さん、ごきげんよう。あたしは透海近。突然だけど、今回の試験で不正が行われた可能性があります!』
……ああ、透海さん。
「それは、悪手だよ」
§§
透海さんの主張を要約すると、以下のようになる。
現在、学園には七不思議が存在している。
そのうちの〝絶対に満点が取れないテスト〟がある限り、どうあっても点数は最大値にならないはずだ。
事実として、これは自分が実証している。
しかしながら、満点を取ったものがいた。
つまりこれは、問題制作者が意図的に、成績第一の人物と示し合わせて、特定個人にしか解けない問題を用意したのではないか。
裏取引があったのではないか。
だとしたら、そんな不正は許されない。
これは七不思議などではなく、人の手で行われた許されざる汚職事件である。
ならば断罪せよ、ジャッジを降せと、彼女は全校生徒へと迫った。
……それが、どんな影響を及ぼすか、平時の彼女であれば冷徹に分析しただろう。
すくなくともぼくの知る透海近は、無邪気に振る舞うようでいて、悪徳にまみれているようでいて、その実、無慈悲な世界との向き合い方を弁えた聡明な少女だったのだから。
この放送を受けて、学園の世論は沸騰した。
もしも試験問題に不正があったのなら、当然許されることではない。
問題作成者である担当教諭は何度も職員会議にかけられた。
多賀恵留に関しても糾弾の声は上がる。
この頃の世論は、透海近に対して同情的であった。
なにせ透海さんは魔女。
学園に囚われた、憐れな被害者。
しかし、ある事柄を切っ掛けに、流れは変わる。
件の教諭が、休職を願い出たのだ。
尋常であれば、責任を取ってのことだと判断されたかも知れない。
けれど、いささかバッシングは盛り上がりすぎた。
結果、学生達はこう考える。
ひょっとして、教師に間違いは無かったのではないか?
間違っていたのは、透海近なのではないか――と。
多賀恵留の関係者が、駆けずり回っていたことをぼくは知っていた。
それが世論の誘導なのか、多賀恵留の名誉回復なのかまでは関知していない。
ただ、事実として今回の一件は、そんな恵留さんに対して透海さんが嫉妬しただけなのではないか……? と体制側が考えるようになってしまったのだ。
かくして、陰謀論のような透海近の主張は日に日に下火となり。
七不思議第六番もまた、力を失っていく。
ぼくにはこれらを抑制する術など無かった。
黙って見ていることしかできなかった。
なにせ、透海さんはぼくを避け続けていたし、そうなれば〝係員〟としてできることなどひとつも無かったのだから。
……だが。
それでも、放っておけなかったんだ。
毎日、空き教室を見に行って。
学園中を歩き回って。
結局、彼女の姿もみつけることはできず。
いよいよ打つ手なしとなっていたとき。
茶太郎から、電話がかかってきた。
なんだろうかと疑問に思いながら出ると、開口一番『リョウ、おまえ、屋上でなにをするつもりだ?』と詰問のような厳しい声が飛んできた。
親友曰く、ぼくからメッセが飛んできて、なんとしても屋上の鍵を入手して欲しいと懇願されたのだと。
彼はあらゆるコネを使い、鍵を入手し、指示されていた場所に置いてから、ふと疑問に思ったらしい。
どうにもこれは、春町遼遠の仕業らしくないぞと。
なにか、非常にまずい精神状態にあるのではないかと。
そこまで聞いたときには、ぼくは走り出していた。
茶太郎へと短くお願い事をして、屋上へと向かって階段をひたすら上る。
こんなふざけたことをしでかす人物は、学園でもひとりしかいない。
ぼくのサブ端末を自由に使えて、ぼくの言動をトレースできて。
茶太郎にどうお願いをすれば、効果的か踏まえたもの。
息が切れる。
心臓が早鐘を打つ。
目眩すらする。
それでも走る。
自分の推論が間違っていることを願いながら、確信に裏打ちされた不安がぼくの足を突き動かす。
ぜぇはぁと息をつきながら、這いずるようにして階段を上り終えて。
目の前には、固く閉ざされているはずの鉄門扉。
屋上へと続く扉。
「間違っていてくれ……!」
祈るように、施錠されている可能性を願いながら、ドアノブを回す。
開く。
押し開ける。
その先に。
「――来ちゃったか、ハルさん」
屋上の落下防止用フェンスの上に立つ彼女が。
寂しげな微笑みをこちらに向ける透海近が。
こう言い放った。
「邪魔しないでね。あたし、これから飛ぶからさ」




