第七話 天邪鬼はいま生まれ
「……多賀恵留、それは、ぼくには通用しない」
「へ?」
間抜けな表情を晒す多賀恵留へ。
ぼくは、液体窒素のような、なにもかもを凍結させかねない言葉を吐く。
剣呑に、刺々しく。
「君の言動は、すべて自己言及だ。他者を評価しているようでいて、なにもかもが己の鏡写し、自己言及だ。無自覚に、自分はこういう人間です、そうありたいですと口を滑らせているに過ぎない」
だから、致命的なミスを犯す。
そう、そんなだから。
「君は、勝てなかったんじゃないかい、透海近に?」
「なんだね……君は、遼遠くんまで、あの女の肩を持つというのかな!?」
「そんなことはどうでもいい」
「……どうでも、いい?」
そうだ、ぼくにとって、相手の人間のことなどどうとでもなってくれて構わない。
親友に危機が迫れば行動するし、頼りもする。
ヒューマンエラーで誰かが怪我しそうなら怒りもする。
だが、特別視など、ぼくはしない。
透海さんだから弁論するなんてことは、一切無い。
「けど、君たちは、その、共犯関係で」
「そこまで知っていて、どうして理解できないのか不思議だ」
春町遼遠は、人の心がわからない。
情感が、願いが、祈りが理解できない。
あくまでうわっつら、そうなのだろうという部分をなぞって行動しているに過ぎないからだ。
よって、誰かを選ぶなんて真似はしない。
たとえ透海さんが相手でも。
だって、彼女を選んだら。
「まるでぼくは、特別を設けるような、差別主義者に見えるじゃないか」
「――――」
恐怖。
おそらく、いま多賀恵留の顔に噴き出してきたものは、そう言った感情なのだろう。
よく解らないが、なじみ深くはある。
そういう時の対応も、だから知っている。
「ああ、そういえば言っていたね、恵留さんは。ぼくに選ばれたいって。特別になりたいって。この学園でぼくが選ぶ相手がいるとすれば、それは〝係員〟として向き合う相手ということになるかな」
「――――」
そうだ、ならば任命しよう。
係員の名の下に。
「君こそが、七不思議の五番、天邪鬼だ」
「――――」
「どうだい? 特別に、なった気持ちは?」
「う、うわあああああああああああああああああああああ!」
逃げ出した。
スカートがめくり上がることも気にせず。
整えた髪がほどけ、洒落たメイクが汗と涙でぐちゃぐちゃになるのさえ気にならないような様子で。
多賀恵留は、その場から逃走した。
「……やれやれ」
口の中に溜まった血液を嚥下して、床に落ちたものを、ハンカチを取り出して拭い、あとしまつをする。
こんな所に血痕があったら、それこそ別の七不思議が生まれてしまう。
係員には許されないことだ。
……そうか、一応解決したのだから、茶太郎に報告しなくちゃ。
「なにより透海さんだ」
彼女が本来判断すべき怪異の証明を、ぼくは横取りしてしまった。
怒りにまかせて、ということになるのだろうか。
自分でも、どうしてここまで逆上したのかわからないが……せめて、謝りに行かなければ。
そう思って、件の空き教室へ向かうため、一歩を踏み出そうと振り返ったとき。
ぼくは、目があった。
涙に濡れた、一等星と。
「……ハルさんは、あたしのことも、そう考えてたんだね……?」
透海近。
彼女が、どうしてかそこにいて。
いや、そんなことより、彼女の表情は、めちゃくちゃで。
いまにも泣き出しそうで。
ごとりと、彼女の手の内から、なにかが廊下へ落下する。
「透海さ――」
「ごめん。いま、話せること、ないや」
彼女はさっと身を翻し、走り去っていく。
呆然と後ろ姿を見送るしかないぼく。
そうして、気が付く。
彼女が落としたもの。
お弁当箱に。
よろよろと歩み寄り、開封する。
なかには相変わらずの日の丸弁当と。
卵焼きが、入っていた。
手に取り、口の中に入れる。
甘くない。
代わりにたっぷりと出汁が利いている。
そういえば、次はだし巻き卵が食べたいなんて、要望を出していたことを思い出す。
「……滲みるな」
二つ目のだし巻き卵へと、手を伸ばす。
ただ、痛みを堪えながら。
咀嚼する。
ああ、なるほど。
大失敗を犯したのは、他の誰でもない。
ぼく、春町遼遠だったらしい。
学園七不思議の5 天邪鬼の逆転卵 逃亡




