第五話 現場不在証明(アリバイ)
「遼遠くん、不可能だよ。君はあの女と同じ、大きな失敗を犯そうとしているよ?」
余裕ぶった表情で、多賀恵留はそんな忠告を飛ばす。
そうだね、これは過ちだろう。
けれども、譲れない一線というのはある。
「卵の中に異物を混入させるトリック。ぼくらは実生活の中で、或いは多数のメディアで、この現象をよく知っている」
「ない、ないね。断言してもいい」
「二黄卵。黄身が二つの卵ってやつを、目にしたことはないかな? あるいは、二子玉。卵の中から卵が出てくるという現象を」
「…………」
彼女はニコニコと笑ったまま黙った。
けれどそのこめかみを、ひと筋の汗が流れるのをぼくは見逃さない。
たたみかけるように、そのギミックを説明する。
「これは、産みなおしと呼ばれる現象だ。鶏の体内で生成された卵黄、あるいは卵が排卵されず、体内に戻ることで、もう一度周囲に卵殻が形成される。これで、あたかも卵の中に卵が作られたように見える」
「おもしろい豆知識だね、でもいまは関係が」
「ある。なぜならこの産み直しは、鶏の体内に異物を混入することでも発生するからだ。聞いたことはないかい? 手術で体内に取り残されたガーゼやメスが、石灰などに包まれて身体を傷つけないようになる現象を。或いはもっと卑近な例、真珠というのは真珠貝にビーズを埋め込んで、擬似的にこれと同じことをすることで生産される宝石だと」
恵留さんは押し黙った。
察してあまりあったからだろう。
そうだ、カッターの刃を鶏の内部へ入れれば、産み直しは発生する。
「言うまでもなく、剥き身の刃では鶏が傷つく。とすれば、犯人は一端、最低限の大きさのゆで卵を作り、内部にカッターの刃を押し込んだ」
それから鶏の体内へ挿入。
卵殻の形成を待つ。
これにはおおよそ、一両日の時間が必要になる。
「そうして排卵されたものは、白身や黄身が含有されているため、ゆで卵にすると継ぎ目や切り目がなくなる。茹でる前に白身と黄身をかき混ぜていれば逆転卵に偽装することもできる。一石二鳥だったわけだ」
「……面白い推理だね、遼遠くん。うん、きみは空想物書きになれるよ」
ならなくていい。
ぼくは半端者でいい。
普通でいい。
この役割を、終えるその時まで。
「まあ、物書きは冗談としてだ」
いまだ笑顔の恵留さんは、ポリポリとわざとらしく頭を掻いてみせた。
「その方法でカッターの混入が可能だとして。犯人は、誰なのだろうね。卵を産み直しさせるの一両日だったかな? そんな時間的余裕がある誰かが都合よくいるだろうか。ああ、そういえば魔女は、好きなだけ時間があるかも知れない」
彼女の指摘は正しい。
けれど、透海さんは学園の外には出られないし、この学園には鶏がいない。
一番近い養鶏場まで、どうやっても彼女は移動できない。
「しかし、その養鶏場はある学生の実家だということが解っています」
「誰かな?」
「冨塚柊子。あなたが言いましたね? ぼくの親友である茶太郎に、横恋慕している人物だと」
「動機は証拠にならない。基礎的なことを指摘しなくちゃいけないのかね?」
口の端に嘲りをのせて、恵留さんは余裕たっぷりに言う。
言い分は正しい。
なにかをする理由があったら疑ってよい。
そんな理屈がまかり通れば、人間社会は容易く崩壊する。
ぼくが言っているのは暴論だ。
できるのだから犯人なのだろうなんて、許されてはならない名誉棄損ですらある。
「けれど、行えたことは事実だ。柊子さんは、調理実習に組み込まれていた二つのクラス、その一方でもあった」
「うーん、遼遠くん。君はじつに短絡的な見落としをしているねぇ。確かに彼女には動機があったかも知れないし、実際に行える環境があったかも知れない。けれどね、あるんだよ、絶対的な犯行を行えない理屈が」
傲慢に。
勝ち誇ったように。
多賀恵留が、その言葉を口にする。
「言ったはずだぜ? あの日、私と柊子は一日中喫茶店で、恋愛相談をしていたんだ。その証拠もある。つまり、不在証明が揃っているんだよ!」
胸を張って、尊大に言い放つ彼女へ。
ぼくは。
「ありがとう、多賀恵留さん」
君は、いま。
「大失敗を犯したよ」




