第三話 マッチポンプの応報
ぼくの手元には、茶太郎から届いたメッセがあった。
緊急と題打たれたそこには、黄身と白身の逆転したゆで卵の写真と。
半分に割られたその卵の中から、カッターの刃が出てくる映像が添付されていて。
彼は一言だけ。
「頼む」
と、ぼくへ対応を委ねてくれた。
おそらく、茶太郎自身も動いているのだろうが、かなりの制限がかかっていると見ていい。
推理によって彼の恋人さんが犯人であると辿り着いた人間は、きっとぼくら以外にもいただろう。
魔女が口にしたとおり、この事件は推理力よりも豆知識を知っているかどうかの方が重要で、そして学生というのは、得てして雑学に大きな関心を寄せる生き物なのだから。
このままでは遠くない将来、茶太郎たちは受難を経験するかも知れない。
恋に障害はつきものというが、これではあまりに不本意だ。
なにせ東雲茶太郎はひとつの事業体の御曹司。
彼と関係を持てる人物は、将来があるからこそ厳選されている。
そこで問題が起きたなら、まして命にかかわるものだったのなら……苛烈な対応が待っている可能性も十分にあった。
言うまでもなく、ぼくは茶太郎を信じている。
同じぐらい、恋人さんには信用がない。
そして、この状況を演出した当人は――
いや、透海さんについて考えるのはよそう。
ぼくはきっと、いま冷静ではない。
なにせ、今回の七不思議について、天邪鬼が行ったという推論すら真っ当に行えていなかったのだから。
慢心があった、油断もまた。
怪異が持つ理不尽な論理を侮った。
天邪鬼は強固な怪異だ。
願いをさかしまにする。
他人と入れ替わりに嘲嗤う。
その性質によって逆転卵ができたと考え、ぼくは議論の俎上へとあげた。
けれど、であるならば、もっと悪意を警戒すべきだったのだ。
これは、当然やるべきことを怠ったぼくへの報いでもある。
因果応報だ。
ともかく、情報収集が必要だろうと、教師陣のもとを訪ねた。
協力的ではない大人たちから話を聞き出すのは苦労したが、件の卵が近隣の養鶏場から入手したものであること。
そして、養鶏所を営んでいるのが、とある学生の実家であることまでは突き止めることができた。
もちろん、それが誰であるかは教えてもらえなかったが、あとは逆順で辿れば答えは出る。というか、これに関しては推論を裏付ける材料でしかない。
それでも事態は急を要する。
早く手を打たなければと思いながら職員室を出て、いつもの空き教室へと向かおうとしたときである。
「やあやあ、これは遼遠くんじゃないか。二日ぶりだねぇ」
芝居がかった、大仰な声をかけられる。
見遣ればそこに、明るい髪に、しっかりとメイクをした背の低い女性が立っていて。
「多賀恵留……さん」
「覚えていてくれたとは、嬉しいなぁ。ところで、私の予言は当たっただろう?」
予言。
言うに事欠いて、予言と来たか。
彼女が実に愉しそうに、告げる。
「だって、透海近は大失敗した。違うかな?」
§§
「なぜ、透海さんのことを知っているんだい?」
聞いてから、悪手だったと恥じる。
恵留さんにはなんら確証などないのだから、一つたりとも情報を与える必要など無かったのだ。
彼女が正義の味方であれ、悪意を持った人物であれ、七不思議などというものに関与しないで生きられるのなら、そのほうがいい。
……翠城学園にいる以上は、それが難しいとしてもだ。
「ふふふ、ようやく会話ができて嬉しいよ。前回はほとんど一方的に私が喋るだけで……おっと、改めて名乗ろうかな、私は多賀恵留。もちろんあの女とは見知った仲だ。いや、透海近が、勝手に私を敵視している、というべきかな」
敵視する?
透海さんが?
……それは、知らない彼女の姿だ。
確かにあの魔女は悪徳を抱えている。
だが、誰かを怨み、呪い、敵視するような真似は――
「以前から猫をかぶるのが上手かったからねぇ。これでも義務教育時代からの付き合いなんだ、悪いけれど遼遠君よりも、よっぽどあの女の本性は理解しているさ」
「っ」
「ふふ、いい表情だ、ずっと側でそんな顔をしていて欲しいなぁ。だからこそ、あの女にはふさわしくないと思うんだ。だって、君は特別だろう……?」
ぼくはぼくだ。
いまだ誰のものでもないし、特別でもない。
どこまでも普通な春町遼遠。
「誰のものでもないというなら、なお重畳。私にもチャンスがある」
「……透海さんは」
「まだ続けるのかい、あの女の話を? ああ、いいとも、他ならない君が望むなら付き合うよ」
ニコニコと笑っていた恵留さんが。
ゆっくりと、表情を変える。
嫌悪にまみれた顔が、そこにはあった。
「あれは羽虫だよ。特別な私の周りを飛び回り、羨んで妬んで悪意をぶつけてくる虫。試験でも、交友関係でも、家柄でさえ、一度も私に勝てなかったくせにずっとつきまとって、ブンブン小煩く突っかかってくる。そういう害虫なんだ」
彼女は語る。
透海近は、多賀恵留に、何度も敗北してきたのだと。
テストで点数が高いのは多賀恵留。
運動ができるのも多賀恵留。
人見知りする透海近と、誰とでも分け隔てなく接し慕われていた多賀恵留。
重ねられていく言葉。
積層した怨念にも近い意志。
それが、一つの形を結ぶ。
「だからだろうねぇ。特別になれなかったから、私を羨んでいたから、あの女はこの学園に来て――そして魔女に、自らなったのさ。憐れでみすぼらしくて、ざまぁないことにね」
なるほど、解った。
言いたいことはこれですべてだろうか?
だとしたらぼくは、もはや一秒たりともこの場にいたくない。
行くべき場所がある。
「申し訳ないけど、失礼させてもらうよ」
「遼遠くん。だったらこれだけは聞いていくといい」
足早に立ち去ろうとするぼくへ。
多賀恵留は。
じつに。
じつに最悪な言葉を、宣った。
「この事件はあの女の、間抜けな企みごとだよ? 特別な君、その親友の恋人、全員に罪を着せようとしているのさ」




