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ぼくらは七不思議にヒトを視る  作者: 雪車町地蔵
第四章 きみがわるいぐらい逆転卵事件

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第一話 お弁当と天邪鬼

「あの女――透海(とうみ)(ちか)は、きっと次に事件が起きたなら、大失敗をしでかすだろうねぇ」


 透海さんと同年代の女子が、なにかを喋っている。

 昼休み、呼び出しを受けたぼくは、校舎裏へとやってきていた。

 そこで待っていたのが彼女、多賀(たが)恵留(える)さん。


 明るい色合いの髪は頭頂部で結われており、メイクと合わせて学園が許容するギリギリの御洒落を実現している。

 それでいてアクセサーの類いは身につけておらず、制服は四角四面といった様子で着付けられていて、まるでバランスをとっているような印象を受けた。

 あるいは

 そう、あるいは透海近と対照的であるような。

 アンチテーゼのような心持ちにさせる彼女が、言葉を続ける。


「おや? 告白されるとでも思っていたのかなぁ? いやはや、無論やぶさかではないのだけれどねぇ。遼遠(りょうえん)くんのことを、私は大好きだし」


 ぼくが好き?

 今日初めて顔を合わせるような君が?

 疑問はあった。

 けれど口にしない。

 ただ、彼女が語るに任せる。


「だけど、いま大事なのは透海近のことなのだよ。彼女は魔女に成り果てている、違うかな?」


 ……すこし驚く。

 七不思議になったことで、透海さんはほとんどの人に認知されない。

 より正確にいうならば、顔を合わせても忘却の対象になる。

 だから、魔女の予言は一人につき一回だけで。

 そしてその噂が、女子の外に広がることも、本来はないのだ。


 にもかかわらず、恵留さんは透海さんを魔女だと断定してみせた。

 いや、その瞳の中にあるのはあくまで強固な疑いだ。

 認知のバイアス自体は効いているのだろう。

 であるなら、驚異的な推理能力によって、事実へ肉薄していると言うことだろうか?


「あっているようだね。ならば、やはりあの女は、君の隣にはふさわしくない。私だったら、公私ともに満足させてあげられると思うけれどね。なにを言いたいか、端的に切り出すなら……そうだね、遼遠くん。君はすぐに、私を選ぶべきと言うことだよ」


 選ぶ。

 ぼくのどこにそんな権利があるのか知らないが、恵留さんはそう言った。


「そうそう、選ぶといえば、東雲(しののめ)君のことも重要だねぇ。東雲君は優しすぎる。あれじゃあ誰だって、自分に気があるものだと思い込んでしまっても仕方が無い。つい三日前の休日も友達から相談されて、一日中喫茶店に拘束されてしまったよ。証拠が必要かい? ほら、この画像とレシートが(あかし)になるかな」


 頼んでもいないのに、携帯端末を取り出す彼女。

 映っていたのは恵留さんと、今度は知っている人物。

 図書委員の柊子(しゅうこ)さんが、困った顔で画角に収まっているフォトが何枚もあった。


 それにはタイムスタンプがついていて、チャットルーム上で共有されており、恵留さんの行動が明瞭に刻まれている。

 だからなんだと思っていると、彼女は恩着せがましい表情で、身をすり寄せてきた。

 突き放すのも面倒で、されるがままになる。


「柊子君、どうしても東雲君が欲しいと横恋慕していてね、いま彼には恋人がいるのだから略奪は無理だと釘を刺しておいたよ。それでもと言い募るから、まずは胃袋を掴むところからはじめるか、外敵を排除すべきだとも助言したがね」


 興味がない。

 他人の色恋沙汰など、なんら、欠片も。

 それがたとえ、親友のものでも。


「だから結局、透海近は間違える。絶対に失敗してひどい目に遭う」


 なぜ、そこまでこの人物が透海さんに固執するのか、ぼくには解らない。

 こちらに絡みつくように身を寄せ、熱い吐息を首筋に吹きかけてきながら、恵留さんはこう、話を結ぶのだった。


「そう、あの女風に言うのならね――これは明瞭なことだと、断言できるのさ」



§§



「あー、ハルさんが別の誰かのこと考えてるー」


 ふてくされたような魔女の声が聞こえて、ぼくは回想の世界から目前の学生ライフへと戻ることになった。

 校舎裏に呼び出されてから、一日が経過していた。


 ひるがえって、ここはいつもの空き教室。

 ただし窓の外の日は、まだ高い。

 高いどころか、テッペンだ。


 七不思議の在・不在証明を継続してきたことで、その権限が拡張、回復した透海さんは、とうとう昼休みであっても、空き教室へと人を招き入れることが可能になっていた。

 重要であるのは、彼女がそこで、必要性を訴えたこと。

 つまり、昼食についてだ。


「あたし手作りのお弁当を前にして、他人に目移りとか、ふふ……ぶっちゃけ自信をなくします」


 微笑んでいたかと思えばしょんもりと落ち込んでみせる透海さん。

 彼女の手の中には、たしかに可愛らしいお弁当箱が載っていた。

 空き時間を作って自作したらしいお弁当。

 もっとも、その材料を手配したのはぼくなわけだが。


「……いや、言い訳はしないし、申し訳なくも思うよ」


 人の好意を無碍(むげ)にするというのは、いくらぼくでも気が(とが)める。

 なにせこのお弁当を、彼女はぼくのために用意してくれたのだから。


「日頃のお礼というか、共犯関係者の餌付けというか」

「言い方、他になかったかい?」

「あたしはお腹が空かないし、お菓子を食べてお茶を飲んでおけば事が済むのだけど」


 言いながら、彼女は部屋の隅へと視線を向ける。

 そこにはいつものティーセット――特に意味は無い――と、整然と並べられたお菓子の箱や袋があった。


 魔女に対して、予言が外れたお礼に持ち込まれたものだろう。

 誰もが透海近の存在を、一度離れてしまえば忘れるが、それでも魔女という七不思議を忘却するわけではない。

 お礼はルールに組み込まれているので、皆実行しているわけだ。


「逆に言うと、ハルさんがこんな毎日通ってきてくれるとは思ってなかったわけでね。最初の頃は、本当に七不思議の噂が立ったときだけだったし……えっと、その……結構、嬉しかったり?」


 はにかんだような顔でそんなことを言われると、どうにも調子が狂う。

 らしくないことをしている自覚はある。

 今日だって、級友達の誘いを断り、茶太郎からの相談も後回しにして、ぼくはこの教室に来た。

 お弁当を食べるためにだ。


 だったら、いつまでもウダウダ言っている場合ではないだろう。


「では、頂戴させていただくよ、魔女殿」

「うむ、よろしい。初めから素直になるように」


 そんな滑稽なやりとりを挟んで、ぼくは透海近お手製のお弁当へと手をつけた。

 シンプルなものである。

 なにせ学校の調理室を使って、限られた食材で作ったものなのだから。

 アクセントで振られたごま塩に、うめぼし、白いご飯の日の丸弁当。

 おかずは魚肉ソーセージを炒めたものと、ミニトマトに卵焼き。

 見た目にも精一杯気を遣っており、かわいげの無いところが逆に可愛らしい。

 いささか分量は物足りないが、それはぼくが男子だからだ。


「いただきます」


 手をあせて、まずは一番目立つ、卵焼きへと箸をのばす。

 細かく切って口の中へ。

 噛みしめると、じんわりとした甘さが口腔に広がり、味蕾(みらい)を喜ばせる。


「甘い」

「そう、卵焼きは砂糖ジャリジャリがジャスティスなのです。甘ければ甘いほど美味しいのです」


 完全な同意はしかねるが。

 それでもこのお弁当は。

 本当に、美味しいと思えた。


 食べる。

 バクバクと。

 無言で。

 目一杯に。


 それを透海さんはほのぼのとした様子で眺め、


「あ、記念撮影しましょ。顔出しはOK?」

NG(ノングッド)で」

「なら、ほら、お弁当の前に、ふたりで手を出して」

「……このハートマークとサムアップの共演に意味が?」

「あーるーのー」


 パシャリと一枚。

 さらに追加で数枚。

 彼女が画像を吟味している間に、再び食事に戻って。


「ごちそうさまでした」


 もう一度手を合わせると「お粗末様でした」と返事がくる。

 様式美だとは解っていたけれど、


「そんなことはないよ。御馳走だった。ありがとう」


 ぼくは、彼女に向かって微笑みかけていた。


「――――」


 面食らったような顔をする透海さん。


「次は、だし巻き卵が食べたいかな。焼き加減はバッチリだったし、バリエーションで」

「っ」


 なにか落ち着かない様子で、視線があちこちに飛びまわる彼女は。

 やがて。


「と――ところで! 今日はお弁当を食べに来てくれただけじゃないんでしょ? 教えて、また七不思議が?」


 唐突に、そう切り出す。

 やや性急で戸惑うし、もう少し彼女の腕前について品評をしたかったのだが、本人が望んでいるのだから致し方ない。


「そうだね。じつは、こっちも卵なんだ」

「……なに? レンジで爆発でもした?」


 違う。

 今回の七不思議は、こうだ。


「調理実習で作られたゆで卵の、黄身と白身がすべて逆になっていたんだよ」


 よってぼくは、この一件を次のように定義づける。


「七不思議の5、天邪鬼(あまのじゃく)による、卵の中身逆転事件――とね」


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