第二話 100%外れる占いの魔女
翠城学園七不思議の一番目。
それは『予言をする魔女』だ。
入学式のたび、全校生徒からひとりの生徒が生贄にされる。
選ばれた生徒は、人間でなくなる代わりに、ある力を得る。
予言。
ただし、100%の確率で外れる予言だ。
この力を用いて生徒の悩みに答え、七不思議の是非を判断すること。
それが魔女に課せられた使命。
できなければ、人間には戻れない――
「――というのが、透海さんの現状だね。問答無用で居場所が空き教室に固定されることも含めて」
「他人事のような説明、どうもありがとう。でもハルさんはあたしを利用したいから協力している。つまり、一蓮托生でしょう? もう少し焦ってくれたほうが嬉しいかも」
ふんわりと微笑み、乙女チックに両手を顔の前で揃えて首を傾ぐ彼女だが、瞳の奥では不快感が渦巻いているのが見て取れる。
まったくにして悪徳だが、理解は及んだ。
ぼくごときに噂を知られ利用されるなど釈然としないだろうし。
なによりも彼女が置かれている状況は理不尽だ。
透海近に落ち度はなく、ルールだからと、ただ魔女に選ばれた。
これを理不尽、不条理として呼ばずになんと表現すればいいのか。
「そもそもあたしを利用するって、具体的には予言をさせたいってことでしょ」
わかりきっている問いへ答えることにやや億劫さを感じたが、今後の関係を考えれば明確にしておくべきだろう。
なに、隠すような大それたことではない。
「100%外れる予言。それは裏を返せば、二択のハズレを知れるということだからね」
「ははーん。ハルさんは博打に勝ちたいわけだ。へっへっへ、旦那。いまなら必勝法、お安くしときますぜ?」
下卑た表情を浮かべ、両手を摺り合わせ、急に三下筋者のような言動をする透海さん。
やめておこう。どうも高くつきそうだし、痛い目に遭いそうだ。
「知っているだろう? ぼくはすでに自分の分の予言を君にさせてしまった。だとすれば、もう一度チャンスを掴むには、魔女自身、つまり透海近に占わせるしかない」
魔女による予言は、一人につき一回までと決まっている。
ぼくはこれを、早々に使い切ってしまっていた。
だから、彼女が人間に戻ることへ協力する報酬として、透海さん自身が持つ占いの権利を欲しているわけだ。
「虫がいい話ね。まあ、こっちにも利益はあるけど……でも、なんだか殺伐としていない?」
仕方がないだろう、それは。
なにせ。
「ぼくらは打算ありきの関係だよ。蜜月のように相手を出し抜く甘さに酔いしれ、恋人のように互いを思い合い不義理を働き合う、じつに健全な共犯関係だからね」
「……ハルさんはコミュニケーションが下手だなぁ……」
なんだか期待外れといった様子で、不満そうに机に突っ伏す魔女。
ぼくは肩をすくめる。
「さて、前提はこの辺にして……本題に入ろう。今回の出来事、そうだね、仮に『翠城学園置き傘ぜんぶ盗難事件』とでもしておこうか……これに関係していると思われる七不思議は、唐傘オバケだ」
唐傘オバケは、ひとを驚かせる存在だ。
傘に擬態し、これを手に取った人物へ、あっかんべーして、腰が抜けるほどビックリさせる。
そうやってひとを化かす怪異、七不思議だ。
「七不思議の実在は、前提条件に組み込まれてるんだ。まあ、あたしの存在が証明だから、どの口で否定するんのかって感じだけど」
そんなことを言って、彼女はため息。
気を取り直すように立ち上がる。
教壇の前へと彼女が歩み寄れば、そこにアフタヌーンティーが一揃い、軽食抜きで準備されていた。
魔女の付属品。行く先々で現れる。意味は無い。
透海さんは手ずからカップに紅茶を注ぎ、しばし薫りを楽しんで口をつける。
チラリと視線がこちらへ向けられ、カップから離れた唇が軽やかに歌った。
「一口、いる?」
「……次からはマイカップを持参するとしよう」
「あら、衛生観念を気にするタイプ? それともいまどき小学生でも気にしない間接キスに敏感反応しちゃうムッツリ? あるいは紅茶がお嫌いなお高くとまった無糖コーヒー至上主義者の中二病?」
「コーヒーは美味しいだろうっ。嗜好品に罪はない!」
「――――」
しまった。
いくら数少ない好物の話とはいえ、こんなことで熱くなるなどどうかしている。
そんな〝隙〟を見せていい相手じゃない。
咳払いを一つ。
脳髄を急速冷却し、脱線した筋道を戻す。
「そうだね、怪異は前提条件だ。実例を挙げよう」
今回の置き傘盗難事件は、大量の傘が一気に盗まれている。
十本や二十本じゃない。
その数は百を超える。
もしもこれが、なんででもない日に起きたのなら、ただ盗まれたの一事で終わっていたことだろう。業者の介入などを疑うべきだ。
けれど実際は、雨が降る直前に、まるでそれを予知したようなタイミングで、残すことなくすべて持ち去られたのだ。
人間業だというには、2点ばかり疑義が残る。
どうやってそれだけ多くの傘を移動させたのか。
なぜ雨が降るタイミング、傘の持ち主が一番困るだろう時期が解ったのか。
唐傘オバケの仕業だというのなら、ここは容易に飲み込めるのだ。
なにせそういった尋常ならざる存在こそが、七不思議に語られるモノなのだから。
とくに唐傘オバケは、相手を驚かせることだけに特化している。
「けれど、七不思議が実際にかかわっているかどうかは解らない。それを判じるのが、魔女である君の役目だ」
正確にいうならば、怪異の在・不在証明。
これをこなさないと、透海近は、いつまでも魔女のままだ。
そのようなニュアンスの視線を返せば、彼女は感情の読めない表情で紅茶を飲み干し、カップを置く。
そうして。
「そんなにあたしを活用したいの?」
じつに魔女らしい、悪徳に満ちた笑みを浮かべた。
……まったく、出し抜ける気がしないな、ホントに。
「だって、重要な事実が開示されていないもの。あなたはその事件を、誰から聞いたの?」
言外に、あたしは知らないのにという不満が籠もった問い掛けに。
ぼくは素直に、洗いざらい白状する。
「じつは茶太郎が――ああ、彼はぼくの親友だが」
「友達がいるの!? あなたに!?」
「…………」
目を剥いてまで驚かれるのは、いくらなんでも心外だ。
「透海さんは知らないだろうけれど、ぼくはこれで極めて友達の数が多い、社交的な性格をしている好男子なんだよ」
「本当の好男子は自分をナイスガイだなんていわないでしょ」
「それはそうだ」
「にしても、親友……親友か」
何事かショックを受けたような様子でブツブツと呟く彼女。
そこからは、普段の悪徳は感じられない。
どこにでもいる普通の女学生の姿があるだけで。
……いたたまれないものだな。
「で、ハルさんの友達の……なんだっけ? チョーノスケ?」
「茶太郎だ。かすりもしていないし、本人も今風ではないこと気にしている。イケているとぼくは思うのだが」
「言語感覚がおじいちゃんみたいな相手に称賛されるの、それはとても屈辱でしょうね」
失敬な。
「とかく、この茶太郎が、今回女性とお付き合いをすることになった。この学校の生徒だ。そしてその切っ掛けが」
「まさか」
そう、そのまさかである。
「彼の置き傘が、盗難されたことにあったんだ」




