幕間 どんでん返し 裏
閉館ギリギリの図書室。
退出を促す司書さんに、校内へ勝手に猫を入れた事実を黙するという条件で穏便にお引き取り願い、ぼくはひとり、件の書架へと向かう。
足下に柔らかい感触。
〝彼〟だった。
「……よしみじゃないか、踏み潰したりなんかしないよ」
そう呟いて足を止めれば。
〝彼〟はこちらを見上げてくる。
そこに、動物的な知性以上のものはなにもない。
要経過観察だったが、もう必要なさそうだ。
これは黒猫。
かつて学園にあった古い七不思議、すねこすりの妖怪ではない。
歩き出す。
過去に引きずられるのは変えられない春町遼遠の性質だが、そういって寄り道ばかりもしていられない。
なにせぼくは〝係員〟だ。
図書委員が図書の管理を担うように。
ぼくは七不思議と向き合い続けなくてはならない。
……ときにはその行動や思索を遮ってでも。
そうこうしているうちに辿り着く。
読むと死ぬほど怖い本が収められた、あの場所だ。
黒猫が足下をするりと抜けて、書架の前で寝転がる。
まるでそこに、主がいるような振る舞い。
実際、ありはするのだ。
あの、文芸部の生徒が勝手に書き連ね置いていった本ではない。
もっとよろしくない産物が。
ぼくは一つ息をつき、大きく背伸びをする。
書架の上へと手を伸ばし、地震対策でつっかえ棒がされている天井付近の、さらに奥を漁る。
すると、指先が触れた。
引きずり出せば、落ちてきたのは白い表紙の帳簿。
ぼくの持つ、黒い七不思議出席簿と対照的なそれ。
七不思議出席簿 裏巻。
いま現在ではなく、既に対応が決着した七不思議について記載されたそれは、ある意味で学園の歴史そのものだった。
もう一度呼吸を整え、ページを開く。
頭から最後までページをめくり、どうしようもないほどの諦観を吐息として押し出すことになった。
過去というのは、変えられないものだ。
そういった怪異現象が皆無だとは言わないが、少なくとも人知の及ぶ範囲ではない。
だから、この〝事実〟は消えない。
翠城学園高等部ができてからの百年近い歴史。
積み重ねられてきた七不思議。
記載された出欠確認。
そのなかで、たえず出席の文字を刻まれてきた、一つの怪異について。
「『学園七不思議の7 もうひとりのクラスメート』」
よくあるオバケの話。
五人で遊んでいたはずなのに、帰るときは四人だった。
どんなに思い出そうとしても、もうひとりの顔が解らない。
そういう、数あわせのオバケ。
そして、そこに刻まれていた名前は――
「……大事なのは、いまだからね」
ぼくは帳簿を閉じて、もとあった場所へと戻す。
黒猫の〝彼〟は起き上がり、その様子を確認すると去って行く。
あれが主とみとめるのは、自分の本体たるこれだけだろう。学園に数多散らばる残滓達は、皆そう考えているに違いない。
だから。
「ぼくは最後まで付き合うよ、透海さん。だからこそ、軽挙妄動は慎んでくれよ……?」
祈るように呟いて。
そして春町遼遠は、図書室をあとにする。
向かう先など、ありもしないのに――




