第六話 どんでん返し
世の中に物語の著者は、星の数ほどいる。
けれど翠城学園図書館に蔵書が収められている人物となれば、絞り込むことが可能だ。
「アーカイブを作った先人に感謝だねぇ」
鼻歌交じりにそう言ってのけるのは透海さんだが、実際に端末を操作しているのはぼくだ。
あれから、ぼくらは図書室へと出向いていた。
理由は当然、死ぬほど怖い本が怪異か人為か見定めるためである。
「この検索自体にもデメリットがあるというのは、踏まえておきたいところだ。たとえば、検索するだけで〝読んだ〟と判定されたら、ぼくは死ぬだろう」
ただ、メリットもある。
透海さんは、本体端末が操作できない。
つまり、万が一が有り得ない。
この幸運については、神や世界の気まぐれというやつに感謝してもいい。
「ぼくになにかあったら、後は頼むよ」
「ダメでーす」
両手を交差させ、バッテンの形にしてみせる透海さん。
表情には、薄い悪徳の色。
「あたしたち、共犯関係でしょ? 最後まで共益的でいて」
「弱る言い方だね」
無論、釘を刺されたからには善処しよう。
ぼくはこれでも、社交的なんだ。
「さてと……第一の検索条件は、小動物の遺体が発見されるようになった時期」
ここからさかのぼって一週間。その間に入荷された本へ限定する。
よし、大部分が削れた。
「次に、件の書架付近に収められている本を抜粋」
該当数は十冊。
ここからは人力でも探せそうだが、安全策を採るべきという方針に従う。
いま端末には、書名などは一切映っていない。
あくまでデータ上の検索で、該当する本が何冊あるかを示しているに過ぎない。
よって、最後の情報を入力する前に。
ぼくらは推理を確定させる必要があった。
「透海さん、読むと死ぬほど怖い本の著者について、ぼくらは分析した。そのうえで、近しい精神的構造、或いは境遇にいる人間っていうのは、どんな属性を持っているだろうか」
「〝学生〟。難しい言い回しなんていらない。希死念慮が最も色濃くて、何者にもなれないままなにかに憧れ、それでも世界を超えていこうと考えるのは、若者だけの特権だから」
彼女の言葉は力強い。
特権というのが、無謀と同義だとしても、結局のところ推定作者像はブレないだろう。
そう、学生だ。
ならば、検索ワードは学生作家だろうか?
答えはノー。
必要なのは、そんな空想ではない。
ぼくらが求めるのは蓋然性。
いま、この場所で起こりうるなかで、もっと実現性があるだろうという選択肢。
つまり――
「素人学生作家――文芸部の会報こそ、〝読むと死ぬほど怖い本〟ね」
検索で絞り込む。
該当する作品は――ゼロ。
けれどぼくらは狼狽しない。顔を見合わせすらしない。
淡々と、件の書架へと出向き、その前に立つ。
「すこしだけ無茶をするから、そうだね……幸運を祈っていて欲しいかな」
「魔女に祈られても嬉しくないでしょうに」
どうだろう。
原義の魔女は、人々に求められて知恵と技術を貸した、大衆の味方と相場が決まっている。
歴史が移ろうなかで存在が歪められ、不吉の象徴とされただけだ。
いわば、目の前を横切る黒猫のようなもの。
だから、ぼくは手を伸ばす。
透海近を信じて。
書架へと向けて、携帯端末を向ける。
一冊一冊に貼り付けられたタグが、アプリに反応して書籍情報を表示。
管理シールから、蔵書であることを提示する。
そのなかに。
ただ一冊だけ。
管理シールも、タグも張られていない本があった。
いや、本と呼ぶには薄く、粗末だ。
この分野に詳しくないぼくでは、同人誌とレッテルを貼るのが限界で、七不思議に関係していなければただ冊子として処理したかも知れない。
だが、これこそがそうだ。
手に取る。
ゾワリと、肌が粟立つ感覚。
「ハルさん」
心配そうに声をかけてくれる魔女を制して、冊子のタイトルへと目を向けた。
そこにはこう、記されていた。
『突破』――と。
ページを開く。
文字に、目を這わせる。
内容はありきたりなものだ。
鬱屈とした普通の青少年が、自分を普通だと再定義しようとする話。
逆説的に言えば、普通ではないのだと自分を特別視したい願望の表出。
それが、殴りつけるような文体と、絶望によってしたためられていた。
苛烈なまでな外の世界へ対する隔意と失意。
だがそれは、決して諦観だけでは終わらない。
己の不甲斐なさを主人公は認め、自分が世界によって想定された範囲内の数値しか持たない個体であること、すなわち普通であること、異常というほど逸脱できていないことに折り合いをつけ、それこそが特別だと悟り、忌避した社会へと飛び出していくシーンでエンドマークが打たれている。
荒々しく、決して文壇を席巻するような内容ではないけれど。
けれど確かに、読者へと訴えかけるものがあって。
「……第四の定義だよ」
「死ぬほど怖い本の?」
「うん。心からのめり込んだ物語が終わる、一冊の本を読み終えるという行為はね」
ぼくは、『突破』を閉じながら。
うっとりとため息を吐いて、告げた。
「ひとつの人生が終わるようなものだ。つまり、それこそが読んだら死ぬ本だよ」
§§
『突破』という作品は、文芸部で作られながら、会報に載らなかった作品であることが、追加調査で解った。
いうまでもなく、茶太郎に骨を折って貰ったのだ。
彼も柊子さんを慰めるためだといえば、断れなかったらしい。
本当にお人好しの好漢である。
なぜ会報に載らなかったのか。
それは内容があまりに過激だからとか、作者の素行がよくなかったからとか、判然としない。だが、作者はいまでも、執筆活動を続けており、Web上の小説投稿サイトなどに発表しているという話を聞いて、ぼくらはどこか安心していた。
この心の機微を言語化するのは難しい。
ただ、嬉しかったのだ。
そうして数日後、再びぼくと透海さんは図書室を訪れた。
借りていた資料の返還と、新しい物理書籍やボードゲームを借り受けるためだ。
手続きをしている間に、司書室の様子が目に入る。
端に寄せられる形で、スルメと煮干し、ツナ缶がまだ置かれていて、数がいささか減っていた。
停滞していた脳みそが、途端に回転をはじめる。
人間というのは、答えを与えられる、或いは自分で正解を見つけた気になると、思考を停止してしまうのはよくあることだ。
ぼくたちも、それと同じ状況に陥っていたとすればどうだろう?
図書室の怪異、死ぬほど怖い本の犯人が〝彼〟、すなわち黒猫であるという論を、ぼくらは一度ならず否定した。
それは〝彼〟が、校内を自由に歩き回れないからだ。
しかし、もしも手引きしている人間がいたとしたらどうか。
目前の司書さんや、図書委員がこっそり愛でているとすれば?
飲食禁止のはずの図書室に置かれているスルメなどが、キャットフードを用意できない中で準備された〝彼〟の餌だとすれば?
つまり、ぼくらが導き出した『突破』こそが死ぬほど怖い本であるという推理が間違っていたのなら?
そうだ、あのときは勢いに飲まれてしまったが、事件はなにひとつ解決していない。
ぼくはいまだ魔女の元に通い詰めているし、なにより、小動物の遺体がどうして並べられてたのかという謎は――
悲鳴が、聞こえた。
司書さんが、ちりとりと箒を手に持って、駆け出す。
ぼくらは顔を見合わせ、そのあとを追った。
例の書架の前でへたり込んでいる柊子さん。
そして、今度はそこに、ネズミが置かれていて。
「ね、ねぇ、ハルさん」
魔女が。
どうやらぼくと同じ推測に到達したらしい彼女が。
あまりに聞きたくない仮説を、提示する。
「仮に、仮にだよ? これが黒猫ちゃんの犯行だとして……じゃあ、黒猫ちゃんは、誰に向かって小動物を備えていたわけ? あれって、ご主人さまとかにみせるため、狩りをしてくるものでしょ?」
返すべき言葉を、ぼくは持ち得なかった。
司書さんがネズミを片付けるのを見届け。
ゆっくりと、七不思議出席簿の表巻を開く。
七不思議の第四番 読むと死ぬほど怖い話。
その出欠確認欄には、
「ハルさん、待って、これって、ひょっとしなくても」
「……ああ、どうやら今回の事件は、人為ではないらしい」
ただ一言。
出席と、書かれていた。
このあと、透海が悲鳴を上げ、そして黒猫をめぐる別の物語が幕を上げるのだが……それはまた、別の話である。
まったく、七不思議というのは昔から、一筋縄ではいかないものだ……。
七不思議の4 読むと死ぬほど怖い本 出席




