第五話 死を想い、陽のあるうちに薔薇を摘め
ミステリーの世界には、代表的な三つの〝it〟がある。
フーダニット、ハウダニット、ホワイダニット。
それぞれ、誰が事件にしたのか? どうやって事件を成し遂げたか? なぜ事件を起こしたのか? と訳される。
謎を解く上ではどれも重要なことだが、なんでもありの学園七不思議においては、人為を測るホワイダニットこそが優先されることになるだろうか。
すなわち、動機だ。
思えば、これまでの事件も動機に焦点を当てることで在・不在証明が成立してきた。
であるならば、透海さんの疑問。
読むと人が死ぬような本を、制作者はなにを思って作ったのか? というホワイは、非常に重要といえるだろう。
「質問に質問で返すことになってしまって申し訳ないのだけど、透海さんはどう考える?」
「希死念慮。そんな手触りは、あるかも……」
いくらか沈んだ顔色で。
悪徳とは違う、もっとも身近な、悪や邪と呼ばれる属性とは一線を画す、〝死〟という概念に踏み込むことで生じる畏れと嫌悪を明確に表しながら、彼女が続ける。
「生きていると、無性に死にたくなる瞬間ってあるでしょ」
「どうだろうね」
「ハルさんは自分が女子にモテるメロ系だと思い込んでるみたいだけど、実際はノンデリ過ぎて『ないわー』って感じで」
「……わかった。いま理解したから、話の筋を戻してくれ」
まったく、どうにもぼくらは、深刻な話というのが似合わない。
「うん、じゃあ、改めて。ハルさんは死ぬほど怖い本に、感情を逆なでするようなことが書いてあって、憤死や恥で死ぬかも知れないって言ったけどさ、人間は本当に恥ずかしくって命を絶つことだってあるんだよ」
理解はする。
納得もできる。
今しがた実演もされた。
けれど。
「だろうね。ハルさんは、そういう強い人だ。でも、誰もがそうじゃない。辛ければ挫けるし、軽んじられれば羞恥で身が焦げる。穴があったら入りたくて……一つ失敗するだけで生きてはいられなくなる。そういうひとだって、いるんだよ」
君は?
そんな言葉が、喉まで出かかった。
強く飲み込んだことを、ぼくは正しいと感じた。
少なくとも、いま、このときは。
「……つまり、著者は自分が死にたい人間だったと?」
「いいえ。そこは明確にノーです。きっとそのひとは、世界を呪っていた」
呪うか。
こっちなら解る。
まさにその境遇の人物が、目前にいる。
ある日突然、意味もわからず魔女に抜擢され、周囲とのかかわりが断絶し、なにもかもを失った少女が。
確かに呪うだろう。
ふざけるなと言いたくなるに違いない。
自分以外のすべてが死に絶えて欲しいと願っても、なんらおかしくはない。
「まあ、それだけじゃ無いと思うけどね」
思案するように、額に人差し指を当てながら、透海さんは続ける。
「生きるって、いろいろだもの。誰もが立ち向かえるわけじゃない。同調圧力とか、抑圧感とか……なにかを好きにならないと、生きる資格はないって言われているような気持ちになることだってあるし。間違いを選びたくないのに、選択を強要されることもあって。でも結局、選んだ先になにがあるのかすら解らなかったりして」
そんな緩やかでどうしようもない絶望に、日々晒されるのならば、世界が滅びることを望むものも出てくるだろうと、魔女は言った。
「自分ではなく、周囲が変わることを望むからこそ、劇薬を描くひとだっている」
なるほど、透海さんの意見は解った。
ならば、そこから推察されるのは、希死念慮や呪いではない。
読めば死ぬ、読んだ人間を殺す本とは、世界を壊したい、現状から脱出したいという衝動だ。
とにかく前に進みたいが、その具体的な方法など解らず、ただ脅迫的観念に支配され、心が弾力を失っていく。
そんな諦観に満ちた日常に耐えられない人の精神こそが基点なのだ。
「であるなら、透海さん」
「そうね、断言してもいいかも」
透海近が、静かに頷く。
彼女は穏やかな眼差しで口にする。
お決まりのような、そのセリフを。
「その本は、著者から逆算して見つけることができます」




