第四話 死ぬほど怖い本の実在について
『読むと死ぬほど怖い本』。
七不思議がまかり通る、この学園では、そんなものもあり得るかも知れない。
というところまでが、今回の大前提。
「問題は、これが人為である場合だ」
「七不思議にかかわるようになって、厳密にいうとハルさんと出会ってから、その問題に直面しすぎだと、あたしは思ったり思わなかったり」
ティーブレイクを挟んだぼくらは、本格的に推理を展開していくことにした。
すこし悩んだ様子で、透海さんはぼくへと問う。
「Hay、ハル。読むと死ぬ本の理由を考えて」
「OK、魔女殿」
「まあ、かろやか」
「軽口も社交性には必須でね。さて、第一に考えられる……というか、最も有名なケースは、装丁になんらかの毒物が用いられている場合だ」
パリグリーンと呼ばれた、歴史上に名を刻む染料がある。
それはドレスに鮮やかな緑色を与え、絵画に劇的な進歩を促した。
「けれど、これは毒だった」
ヒ素。
愚者の毒。
絨毯を染め上げた染料が、カビによって放出され空気中を舞い、吸い込んだ人間が重度のヒ素中毒になって死に絶える。
これを呪いとして語り継いで……なんて話は枚挙の暇がない。
同じように、本の装丁にヒ素、もしくはこれに類するものが使われていれば、触れるだけで死ぬというのも有り得なくはないだろう。
「ちなみにハルさん、安心して。この部屋のティーセットにはシルバースプーンが使われているから」
フンスと、なぜか自慢げにアピールしてくる透海さんだが、なんら安心する要因にはならない。
そもそも毒物が混入される環境というのが嫌だ。
「第二の可能性だけど、内容に問題がある場合。個人にとって、あるいは社会、国家、そういったものにとって不都合な記載がされているので、目にしたら処分される」
「陰謀論じゃない?」
否定はしない。
ただ、まったくなしではないだけだ。
「次、第三のケース。あまりに衝撃的な内容が書かれているので、読むと脳が過負荷を受けたり、心停止してしまう場合」
「それは、さすがに……」
難色を示す魔女だが、歴史上憤死した人物というのはけっこうな数にのぼる。
つまり、血圧が上がり、脳で出血が起こり、処置が間に合わず亡くなるというのは、十分にあり得ただろう。
その切っ掛けが、怒りなのか恥なのかは解らないが。
ああ、そういえば最近の研究で、人はしあわせすぎても死ぬんだったか。
「死合わせじゃん」
「合わせていないよ」
閑話休題。
「では、最後。一番トンチキかつ現実的な内容だ」
「おー。なになに?」
「本を開くとバネ仕掛けで矢が飛び出して刺さって死ぬ」
「ロマン! ロマンがなさ過ぎる!」
悲痛という言葉が適切だと思うほど、哀愁たっぷりに喚き、泣き崩れる透海さん。
たまに思うのだが、この魔女は相当なロマンティストである。
事件の解決においては、あれほど現実的で実利主義であるにもかかわらずだ。
「さて、おおよそのパターンは出尽くしたと思うけれど、これはあくまで人為的、現実的にあり得るものの話だ。ただ、相手は七不思議。怪異が介在しているパターンについても想定しておくべきだろうね」
「なんでもありでしょう、超常現象なんだから」
それはそうだが、いかに七不思議とはいえ……いや、七不思議だからこそ、そこにはルールというものが存在する。
「たとえば……なにをして、この本は読まれたことになるのだろう」
「なにって……あー、言いたいこと解ったかも。重要なのは、これが『読むと』死ぬほど怖い話の本だからでしょ?」
さすがは透海さんだ。
カフェインの力も合わさって冴え渡っている。
ぼくもこの場にコーヒーがあれば、同じぐらいのテンションになれたかもしれないが……いや、いまの議題はこれじゃない。
「本を読む、とは、なにをして該当するかという話なんだ。それは、読み終えたとき? あるいは一ページめくれば読んだと見做される? 行頭では? 一文字なら?」
「もっと飛躍するでしょ、それ。そもそも表紙を見た時点で、タイトルを知った時点で〝読む〟と言えるかも?」
「そうだね。ぼくらはすっかり電子書籍になれてしまっているけれど、物理書籍には実体がある。つまり、臭いや質感が存在する。表紙に触れたとき、インクや古紙の匂いを嗅いだとき、これも一種の読書体験と呼べるかも知れない」
「電子書籍で言うのなら、検索したりダウンロードした場合も含まれるかも。ははーん、それはハルさんも厄介そうな顔をするよ。だってこれ」
魔女が、この七不思議の核心に触れた。
「探し出したら死ぬかも知れないってこと、でしょ?」
§§
さて、ここまで推理に推理、臆測に臆測、前提に前提を重ねてきたところたいへん申し訳ないのだが。
ぼくらはいい加減、目をそらしている有力な〝仮説〟と向き合わなければならない。
すなわち、この事件は偶然の積み重ね、というものだ。
「猫ね」
「そう〝彼〟だね」
この学園にはいま、一匹の狩猟者、黒猫が出入りしている。
よく聞く猫の話で、飼い主の前に捕まえた獲物を運んでくるという話があるじゃないか。
つまり、この事件も単純に、図書室へ忍び込んだ〝彼〟の仕業ではないかと考えるのが順当なのだ。
そう、すくなくとも本来は。
「疑問があります」
ぴょこりと、魔女が挙手をする。
ぼくは無言で発言を促す。
「なぜ、猫は図書室にお供え物を?」
これこそが大いなる謎だ。
あの場に、〝彼〟の飼い主がいたというオチでもない限り、わざわざ図書室にハントした獲物を持ってくる理由がわからない。
というより、そんなオチならば、より話は怪異の方向へ傾く。
よって、なぜが発生し。
そして、もうひとつ。
「どうやって、猫は図書室に侵入したのかな?」
「そこだね、要点は」
いかに〝彼〟が学内の至る所で目撃されているとはいえ、それは校舎の中ではない。
あくまで外縁部や中庭、渡り廊下でのことだ。
いくらなんでも校舎内を野良猫が練り歩く事態となれば、教員達だって目をつむっていることはできなくなってしまうだろう。
「……ん?」
いまなにか、ひどく重要なことを見逃したように思う。
校舎内、猫、野良、つまり――
「ところでハルさんや」
ぼくの思索を、魔女の声が遮った。
彼女は真剣にこちらを見詰めており。
「本って、作者がいるじゃない」
「そうだね。よほどのことがなければ著者がいる。現代だと、AIが生成しているものもあるだろうけど、それだって初めに命令を出した誰かがいるはずだ」
「ならさ」
一拍の間。
彼女はギュッと拳を握り。
固唾を飲み。
目を伏せて。
そして、こう告げた。
「読んだ人が死んじゃうような本を、その人はどうして作ったんだろうね?」




