第三話 書架の前で死に絶える
敢えて婉曲的な表現をするならば、事件は既にはじまっていて、そして終わっていた。
ぼくらが駆け付けた先には、及び腰になっている図書委員の少女が一人。
こわばった彼女の視線を辿れば、死体があった。
一匹の、ハトの死体が。
状況を把握すべく、視界をめぐらせる。
書架は、主に学内活動で作られた会報や小冊子などが収められているスペース。
その前に転がった遺体。
いや、遺体といってよいのかは解らないが、ともかく亡骸。
一見して外傷は見当たらない。
羽毛がやや毛羽立って見えるのは気のせいか。
悲鳴を聞きつけて、周囲が少し騒がしくなる。
慌ただしくなる前に、この少女から事情を聞いておこうと一歩を踏み出したところで。
「はいはいはい、退いてちょうだいね」
横から不意に現れた司書さんが、すべてを根こそぎにしてしまった。
なにを?
事件の現場をだ。
司書さんは手早くハトの遺骸を、箒とちりとりで片付け、さらによってきた生徒達を散らしてしまう。
ぼくらも有無を言わせず現場から押し出され、なんら行動できないまま撤収することになった。
言うまでもなく、図書委員さんから話を聞くことなんて不可能で。
けれど、ただひとつだけ。
ぼくらは聞き逃さなかった。
少女が、こう呟くのを。
「死ぬほど怖い本の祟りだ……」
――と。
§§
翌日、一定の変化があったため、報告しようと空き教室を訪ねると。
鼻先を、華やかな柑橘の香りがくすぐった。
「やあ、今日はアールグレイかい?」
「さすがハルさん、違いのわかる男ね」
……ほかに柑橘を用いた紅茶のフレーバーを知らないので、完全に当てずっぽうでそんなことを言えば、どうやら正解だったらしく、魔女は珍しく機嫌良く出迎えてくれる。
もっとも、この場合の機嫌がよいとは、いじり甲斐を見つけたと言い換えることが可能なのだが。
「ところで、香りを嗅ぎ分けられる男って、遊び慣れていそうだと思うのだけど、紳士たるハルさんはどう思われますか?」
ゴッホの星月夜みたいな色合いの髪を掻き上げて、ふふんと笑う彼女に、ぼくは取り繕った表情で弁論を返す。
「一般論だけど、社交的な人間は会食の機会が増える。つまり、味や見た目や薫りと言った変化に敏感になるんじゃないかな」
「……で?」
絶対に間違えられない問い掛け。
眼球が情報を得ようと四方八方へと視線をやり、嗅覚と聴覚もまたフル稼動する。
脳髄が全力で演算。
部屋の中になにか違いは無いか? と、そこまで考えて。
いつもの無意味なティーセットの横に、見慣れないマグカップがあることに気が付く。
これは、まさか。
「そのカップは、ひょっとして……?」
「及第点です。よく出来ました」
にっこりと微笑んだ彼女が、カップを掴み、こちらへと差しだしてきた。
「必要でしょう? 次は自分用にコーヒーを持参して」
「これは、至れり尽くせりで。けど、どうやって用意を?」
彼女は、確かに校内を自由に移動できるようになった。
しかし購買部の利用などはできないし、このマグカップも洒落ていて、一見して外部のものだとわかる。
さらに疑問を投げようとすると、彼女は薄い唇に人差し指を当て、
「秘密!」
ニッカリと、笑った。
……参ったな。そんな顔をされると問い詰めるわけにはいかなくなる。
「わかった、これ以上は深追いしないよ」
「えらいね、ハルさん。だから、こっちもみせてあげる」
そう言って、透海さんは携帯端末の画面をこちらに向けた。
なにかと思えば、表示されているのは〝彼〟。
校内を徘徊する噂の猫。
ただし、背景は夜の廊下で。
横には、なぜかティーカップと件のマグカップが置かれている。
「撮影しました」
えっへんと胸を張る魔女殿。
どうやら深夜に徘徊、もとい学内を散歩していたところで遭遇したらしい。
なぜ、カップが映りこんでいるのかと、顎に手を当て悩んでいると、懐の携帯端末が振動。
見遣ると、茶太郎からのメッセ。
「透海さん、来訪の理由を話したいんだけど、いいかな?」
「もちろん」
「新しい七不思議が出現した」
「でしょうね。ハルさんはそうでもなきゃ、会いに来てくれないし。まあ、安心して。あたしが、一発で謎をノックアウトしてあげるから」
シャドーボクシングのように、2~3度パンチを打ち、そのあと勝利者の如く拳を突き上げる彼女に。
「ところがね、今回は逆になってしまう可能性がある」
ぼくはただ、事実を告げる。
「なにせ次は七不思議の4番にして死番――『読むと死ぬほど怖い本』、だからね」
§§
茶太郎に招待されたグループチャットへ向かうと、そこでは泣き言の嵐が繰り広げられていた。
より正確かつ端的に述べるのならば、相談者である女の子の泣き言と、これをひたすら慰め、優しい言葉をかける茶太郎のチャットで埋め尽くされていた、というべきだろうか。
誰に対してもそんな態度だから勘違いされるのだとは、親友だからこそぼくは口に出さない。
さて、どうやら相談者は、昨日図書館で悲鳴を上げた子らしい。
一年生の、冨塚柊子さん。
図書委員だ。
彼女によれば、図書室で動物の死骸が見つかるのは、あれが初めてのことではなかったらしい。
「例の書架の前には、よく虫が落ちていたというんだ」
「虫にも種類があるでしょ。ドウガネブイブイとかハナムグリとかコクゾウムシとか」
「なぜ透海さんが、そんなにも特定の甲虫へ詳しいかは一端脇に置くとして……実際、小さな甲虫や蝶、ミミズなんかが落ちていたらしい」
「……ランダムね」
そう、この時点では法則性が見えない。
ただ、どれも死んでいたというだけ。
「個人のいたずらにしては目撃者がいないので手が込んでいるし、虫が自ら忍び込んでいるのなら、どれも同じ場所で死んでいるのはおかしいと柊子さんは考えた」
「……ちょっと待って。柊子さん?」
「いま話題にしている図書委員さんだ。あれ? 前提情報として今しがた共有したと思ったけれど?」
首をかしげると透海さんは「そうじゃなくて……名前……距離感、距離感かなぁ……」と納得いっていない顔つきになり。
「ええい、とにかく話を続けて。全部聞いてから考えます」
と、勝手に振り切ってしまった。
なんなんだ、いったい?
「じゃあ、仕切り直すけれど……次に目撃されるようになったのは、小動物だった。百足だとか、ネズミだとか、そして今回のハト。重要なのは、すべての遺体が、同じ書架の前に置かれていた、ということなんだ」
「ははん。それで『死ぬほど怖い本』なわけね」
「理解が早くて助かるよ」
七不思議の4番、死ぬほど怖い本。
正確な表記にすると、『読むと死ぬほど怖い本』。
元となった逸話は、この世で一番怖い話。
その話は怖ろしくて怖ろしくて、知るだけで死んでしまうという、一種の都市伝説だ。
「都市伝説と断言できる理由は、聞いただけで死ぬなら伝達者がいなくなってしまうからだ」
「怪談でよくあるやつね。登場人物は全滅しているのに、誰が語り手に話を教えたの、的なやつ」
あまりの風情のなさに苦笑いする。
「しかし、実問題としてこれが、『読むと死ぬほど怖い本』にまつわる事件であるとすれば、大きな障壁がぼくらの前に立ち塞がる」
「それは?」
既に理解しているのだろう、彼女は億劫そうに訊ねてきた。
透海近が人間に戻るためには、すべての七不思議が人為によるものか怪異によるものか判定しなくてはならない。
いうまでもなく対象との接触、関与は避けては通れない道だ。
つまり。
「これ以上深入りすると、ぼくらも死んでしまうかも知れない――ということだよ」
書架の前で死んでいた小動物達と、まったく同じようにね。




