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ぼくらは七不思議にヒトを視る  作者: 雪車町地蔵
第三章 読むと死ぬほど怖い本事件

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第二話 敵なしの黒猫は七不思議たり得るか?

 その猫が現れたのは、おおよそひと月前。

 つまり、大型連休が終わった頃だという。


 彼には――雄なので便宜上〝彼〟とするが――名前が沢山あった。

 出会った生徒、教師、用務員が、各々勝手に呼びかけたからだ。

 見た目はなんの変哲もない黒猫である。

 ほんの少しでも特徴を見出そうとすれば、やや肉付きがいいことだろうか。


 この猫は、目下のところ翠城(すいじょう)学園で敵なしとなっていた。

 最初に〝彼〟を見つけたのは教師だった。

 教師はこれを排除しようとしたが、野良の体力の前に惨敗。さらに翌日ムキになって追い回しているところで転倒し、擦り傷を負っていると〝彼〟が近寄ってきて傷をなめたことで陥落を余儀なくされる。


 次に生徒達だが、初手で籠絡(ろうらく)され、〝彼〟を追い払うことすらせず、率先して餌を与えていた。

 最後に駆り出された用務員だったが、これもまた、猫の物言わぬ可愛さの前に泣き崩れる始末だったという。


 いまでは生徒どころか、大人たちからこそ人気の高い、一種のマスコット的な人気を集めており、たびたび人生に疲れ切ったような教育者達が、〝彼〟に愚痴を聞かせている光景が目撃されている。


 また、〝彼〟はカメラを向けても逃げないため、学園内でその画像を集める、一種のトレーディングゲームが流行しており、社交性を第一とするぼくも、これに参加しているため、携帯端末のフォルダーが〝彼〟の画像で埋まっていると、そういう始末なのだった。


「先生たちもたいへんだね」


 おおよその説明を聞き終えて、透海さんは一切感慨深さなどなさそうな表情でそう呟いた。

 体勢は悪化しており、ソファに腹ばいになっている。

 足だけをパタパタとやっているので、ときおり膝より上の肌、その白さがちらついて目の毒だった。

 そんなぼくの思考など知るよしもなく、或いは知っていても変わることなく、彼女は続ける。


「大学を出て、社会経験を積む(いとま)もなく学校という閉鎖空間に投げ入れられて、年齢のギャップがある学生の難しさと向き合うなんて、あたしは絶対に選びたくない。教員なんてまっぴら御免」

「そうかな。意義のある仕事だよ。学府がしっかりしていないと、国力が下がるからね」

「いまのやりとり、すっごく無責任な言論を展開する学生ぽくって、よかった」


 なかなか不名誉な褒め言葉をありがとう。

 だが、モラトリアムにあるぼくたちぐらい、放言はゆるされてしかるべきだろう。

 大人になれば、そんな無責任はむしろ、断罪される側になるのだから。

 それこそ教師など、言葉のミスひとつで便宜上の自主都合退職もあり得るのだから。


「ねぇ、ハルさん。ハルさんは、大人ってなんだと思う?」

「自立して、自ら考え、責任を負うもの。忠犬とは真逆の生き物だよ」

「そっか。なら、安心だね」


 なにがだい?


「ハルさんは、まだまだ大人じゃないってこと」


 クスリと笑う彼女。

 僅かに見え隠れする悪徳の気配。

 ぼくが答えるよりも早く、彼女は次の言葉を口にする。


「ところで、その黒猫ちゃん、七不思議だったりしない?」


 ……ああ、なるほど。

 これは悪徳ではない。

 ぼくという共犯者への、罪の誘いだ。


「どうかな。もともと黒猫に七不思議になるような要素は少ないんだ」

「嘘。目の前を横切ったら不幸になるとかいうじゃない」

「あれは誤解だよ。もとは、黒猫が現れたら幸運が訪れるという外国の逸話を、猫が去ったら(さち)も失われるとこの国の人間が曲解したんだ」

「また諸説あるような話を堂々と……でも、魔女の使い魔といえば黒猫でしょ?」


 などと、魔女本人が言う。

 たしかにイメージとして、黒い生き物が魔女の側に(はべ)ることは定着している。


「けれど透海さん。外国では猫のイメージアップ政策が積極的に採られていて、ネズミの駆除をする生き物、つまり益獣として扱われているんだ。本当は怠惰でも、働き者のイメージをつけられているぐらいには愛されているんだよ」

「……マジ?」

「誓って本当だよ」


 ぼくは真顔で頷き――半分ほどは口から出任せだったが、残りは客観的な事実だ――ずっと続けていた本の貸し出しの手続きなどを端末で終える。


「というわけで、今回は(たくら)みごとを諦めて欲しい。ぼくも毎回、歩調を合わせられるわけではないしね。それよりも魔女殿、ほかになにか、必要な資料があるかな? 物理書籍なら、取りに行かなきゃいけないんだ」

「データベース化されていないのがあった?」


 もう一度首肯するぼく。

 アーカイブ化が徹底されている我が学園では、蔵書の管理もまた電子化されている。

 書名や作者、編者の名前や出版社から、検索ワードを絞ればどこの書架におさめられているかはすぐに解るのだ。

 けれど、取りに行くのは学生の仕事である。

 図書委員は受付と管理で忙しいのだから、よほど解らないときだけの利用にする、というのが暗黙のルールなのだった。


「学園っていつもそう。明文化されていないルールばっかり」

「社会はそういうものだって、集団生活の過程で学ぶ場所が学校だからね」

軋轢(あつれき)も?」

「ままならないことのなにもかもを」

「それって、不条理だね。七不思議にもある?」

「あるね。第一の七不思議が現れたとき、同時に第七の七不思議も、学園のどこかで産声を上げる……とか」

「……うんざり」


 ため息を吐いた彼女が、


「読みたい本があるの。探しに行きましょう」


 気を取り直して、重たい腰を上げたときだった。


 図書室に、絹を裂くような悲鳴が響いた。


 ぼくと彼女は顔を見合わせ、急ぎ足に、悲鳴が聞こえた方へと急ぐ。

 こうして、第四の七不思議は幕を開けた。


 『読むと死ぬほど怖い本』。

 けれど、犠牲者は、既に出てしまっていて――


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