第八話 かくして音楽室の怪は不在を証明される
「結局、これってどういう話だったのかな」
本当の夜を迎えた音楽室。
すでにピアニスト達が退出したそこへ、新たにやってきた魔女は、不思議そうにそう呟いた。
どうということはない。
ただ、弦本鍵が、大枝悠斗を向こう側へ――真実埒外の領域へと連れて行った、それだけの話なのだろう。
才能の差を埋めるために、なにもかもを支払って。
或いは、それは悪魔の契約だっただろうか?
重要なのは、彼ら彼女らは入り口に立ったに過ぎないと言うこと。
あれほどの才能であっても、音楽とは、そこが入り口でしかない。
更なる高み、本当の一握り、女神の寵愛を受けられるかは、今後の先輩達次第なのだ。
ガラスの腕が砕け散るまで。
魂にヒビが入り、摩滅し、色褪せ、風化するまで。
それよりも早く駆け抜けるのだ。
音の世界を。
あたかも、夢見るように。
「ロマンだねぇ」
楽しそうに、魔女――透海近はこちらを見遣る。
お見通しだぞという顔。
ぼくは肩をすくめ、苦み走った表情で答え合わせをはじめる。
「透海さんの推理によれば、この事件は共犯で解決できる、だったよね?」
「ええ」
「当初想定されていた共犯は、学校側と弦本鍵先輩だった。けれど実際は違った」
「あなたの落ち度なんですけどー」
解っている。
なぜなら弦本先輩と通じていたのは、他ならないぼくの親友、茶太郎だったのだから。
「茶太郎は、弦本先輩の境遇を知っていた。そして大枝先輩へ向けている感情も。お人好しの親友は、なんとかしてやりたいと考え……そこでひねり出されたのが、無人の音楽室で奏でられるピアノだったわけだ」
ぼくらは容疑者を絞り込むとき、弦本先輩に関係する人物が、直前に授業で音楽室を訪れていたか? というアプローチを取った。
これは実際、正解であったと言える。
問題は、犯人は大枝悠斗などではなく、東雲茶太郎だったこと。
「考えなくても解ることだよね。音楽の授業は」
「一週間あれば、全学年全クラスが一巡するもの」
つまり、茶太郎もまた、十分に容疑者の資格を満たしていたわけである。
これに気が付かないぼくは、親友としていささか以上に道化を極めていただろう。
仕方ないじゃないか、同じクラスじゃないんだから。
さてはて、無人ピアノのトリックは単純だ。
彼がぼくらに提示した音源。
あれを授業中に音楽室のどこかへ設置し、リモートで再生できるようにするだけ。
防音を抜けるぐらいの音量へ調整するには手間取っただろうけども、そこもクリアされていた。
「なぜ茶太郎がこんな行為に及んだかだけど」
「どこかで耳にしたんでしょう。あたしの予言を」
絶対に外れる魔女の予言。
透海さんはなんと言ったか。
弦本鍵は、二度と演奏できない。
つまり、予言は外れるのだから。
弦本先輩は、もう一度演奏できるようになる、ということだ。
「先輩達は一流だった。だから」
「聞けば、誰が演奏しているか解った?」
そう、初めから音楽室のピアノは、大枝先輩へと向けられていたのだろう。
ただひとり、この学園で弦本鍵の演奏だと気がつける彼へと。
「弦本先輩は、大枝先輩に追いつき、超えるための練習を欠かさなかった。茶太郎は、これを応援した」
事の発端、親友はぼくにこう願い出た。
これ以上弦本鍵が心痛を味わわずに済ませて欲しいと。
なんのことはない。茶太郎は初めから、そうなるように取り計らっていたのだ。
他ならない天才たちのために。
「再会の場所は、二人の思い出の場所。夢を語り合った音楽室ね。やっぱりロマンじゃない」
そのロマンとやらのために選ばれた七不思議が浮かばれないとは思うけれどね。
かくして、七不思議の第三、音楽室の怪は誕生し、解体される。
不在はいま、確定され。
人為による犯行と断じられる。
凡夫極まりないぼくでも、彼らの演奏には思うところがあった。
だからしばらく余韻に浸り、音楽室に留まっていたのだが、
「ところでハルさんは、ここに居座っていていいの? もうとっくに下校時間だし。というか、そもそもなんで音楽室は施錠されていなかったわけ?」
なんて、透海さんがしてもいない心配の言葉をかけてくる。
うーん、それは予言が外れたから……で言い訳はできないか。
「解った、ちゃんと話そう」
当然、許可を取ったから居座れているだけなのである。
教師陣からも信任篤い茶太郎が、自ら泥をかぶって鍵を借りてきた。ちゃんと名簿に記帳して。
ぼくはその鍵を預かっている。それだけだ。
「返すのは明日でいいさ。ぼくも優等生じゃない。警報に引っかからず、学園の外に出る方法ぐらい身につけているよ」
「あら素敵。なら、素敵ついでに、一曲どう?」
透海さんが、ピアノに触れる。
座席に腰を下ろして、横にひとつずれ、ぽんぽんと叩いてみせた。
隣に座れと言わんばかりに。
ぼくは大きくため息を吐いて、自白した。
「ピアノは、猫踏んじゃったぐらいしか弾けないんだよ。本当に、これに関しては無才なんだ」
「じゃあ、それで」
「…………」
「あたしが言いたいのは、二人なら大丈夫、ということ。先輩達も。あたしたちの共犯関係もね」
そう言われてしまえば、できないとは断りづらい。
才能の差は段違いでも、確かにぼくらはつい先ほど、可能性の頂点を見せつけられたのだから。
「ゆっくりいきましょう、歩くような速度で」
演奏がはじまる。
おぼつかない指先で、ぼくはこれを追っかける。
彼女が笑った。
「ハルさん、下手っぴ。もっと優しくして」
「……肝に銘じるよ」
夜の闇の中にほどけていく音色。
ぼくは、彼女のお叱りを心中で反芻しながら、必死に鍵盤を叩く。
透海近が予言を与えた相手は、教員だった。
その教員は、恐らく彼女の言葉を信じた。
だから、これまでの出来事を見て見ぬふりをし続けてきたのだ。
茶太郎の顔に免じ、二人のピアニストの将来を案じて。
けれど、これは明確におかしい。
なぜって、透海さんの予言は100%外れるからだ。
ここから導き出される結論は……勘違い。
それも、誰かが教員を唆して意図的に勘違いをさせた。
予言は絶対に当たると思い込まされたのだ。
ならば、ぼくが怒りを燃やしていた、透海さんの共犯関係を出し抜くような振る舞いは――
「ほら、気を抜かない」
飛んできた叱咤に辟易とため息を吐き、ぼくはピアノと向き合う。
さながら気分は月の下。
踏んだ猫に引っかかれる、冴えない脇役の胸中で。
一端すべてを忘れて、ぼくはまた、鍵盤を叩くのだった。
学園七不思議の3 『音楽室の怪』――欠席
第二章はこれにて決着です。
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