第六話 ピアノを奏でるものの名は
翠城学園七不思議、出席番号一番、予言の魔女。
彼女には、放課後の空き教室から外へ出られないという制約がある。
正しくは、先日まではあった。
唐傘オバケを欠席させたことで、透海さんにはほんの少しだけ、人間としての権限が払い戻された。
具体的に言うならば、限定された時間内の外出権利。
彼女は夜間に限り、学園内を自由にうろつく権利を得たのだ。
「よっぽど七不思議らしくなってしまって、納得がいかない」
なんて頬を膨らませる彼女だが、だからこそできることもある。
それが調査だ。
夜間、学園内にはセキュリティーが当然張り巡らされているはずだ。
一般人では、侵入した瞬間、警備会社が飛んでくる。
けれど彼女、透海近に限っては、警戒の必要がない。
なぜなら彼女は人間ではなく、七不思議なのだから。
対人間用のセンサーになど、引っかかることはないのだ。
というわけで、透海さんには夜の音楽室へ出向いてもらい、ピアノが鳴っているかどうかを調べてきてもらった。
翌日、空き教室に顔を出せば、
「やっぱり、納得が、行かない!」
大変不機嫌そうな魔女が、待ち構えていた。
腕を組み、貧乏揺すりをして、こちらを睨み付けてくる彼女は、明瞭に不満点をこちらへぶつけてくる。
「どうして不自由ながらで歩けるようになった第一回が、ひとりで歩こう夜の学園ツアーwith音楽室なのっ? あと、それをハルさんが知っていて黙っていたのも、ちょっと許せない!」
確かに不義理なことをしたという思いはある。
あるので、今回は菓子折りを持参していた。
「なにそれ」
「謳歌堂のビワゼリーと期間限定林檎カステラ、マファールを添えて」
「…………」
数秒、彼女の脳内で算木がはじかれたのが見えた。
「……いいでしょう、値段とセンスに免じてゆるして差し上げます」
「光栄です、姫様」
「じゃあ、その素敵なお茶請けを楽しむためにも、早速本題。これ、昨日の夜、録音してきたもの。ちなみに人影はあたし以外にありませんでした」
彼女が取りだしたレコーダーを受け取り、再生ボタンを押す。
流れ出してきたのは、ピアノの音。
つまり。
「噂自体は本当だった、ということだね。無人の音楽室で、確かにピアノは鳴っていた。けれど」
「そう、誰だって気が付く、否応なく気が付く。このピアノね」
魔女が、口元を愉快そうに歪める。
「上達しているの」
……そうだね、巧くなっている。
あるいは、なにかを取り戻しつつある。
「きっとこれで、謎は解ける。そうでしょう、ハルさん? だから、ね」
透海さんは、夢見る乙女のような表情で、言った。
「嫌がらせのために、あの大枝とかいう先輩を、呼び出して? それでさっさと、七不思議の不在証明を確定させてしまいましょう」
可愛らしくお願いをされたとき。
ぼくは、空き教室の外に、人の気配を感じた。
内部を窺い、そっと立ち去っていく何者か。
予言を聞きに来た生徒の一人だったのか、あるいはまったく異なるなにかか。
とにもかくにも、七不思議の在・不在証明は円滑に行われなければならない。
即座に携帯端末を取り出し、親友へと幾つかのお願いをチャットで送る。
根回しを終えて、深呼吸をひとつ。
改めてぼくは、透海近へ訊ねる。
「それで、お願いしてくるということは目星はついているんだろう? 犯人は、誰なんだい?」
「初めに断言したはずだけど?」
彼女は不思議そうに首をひねる。
「これは、共犯で解決できる七不思議なの」
§§
「二度も先輩を呼び出すとは、よほど今年の〝係員〟は神経が図太いらしいな」
もはや呆れたといった様子で、大枝先輩は指定の場所へやってきてくれた。
つまり、音楽室の前だ。
「東雲の顔を立てるのは今回までだ。この大枝悠斗は忙しい。おまえのような進むべき道すら決めることもできない半端者とは、一分一秒の価値が違うと思ってもらいたい」
半端者か、なかなか耳の痛い話をしてくれる。
だが、重要なのはそこではない。
ぼくは穏やかな笑みを浮かべたまま、ポケットからあるものを取り出した。
「レコーダーか。こちらの言質を取るつもりかよ」
「いえ、逆です。聞いて欲しいことがあって」
「…………」
彼は無言で顎をしゃくり、こちらに行動を促してくる。
ぼくはレコーダーに記録されていた〝音楽〟を再生。
刹那、大枝先輩の顔つきが、変わった。
鬼気迫る表情の彼の前で、ぼくは一端再生をやめ。
今度は茶太郎から先日送って貰った〝音楽〟を再生する。
「どっちだ」
大枝先輩が、ぼくの胸ぐらを掴み、血走った眼差しで問い詰める。
「どっちが、新しい?」
「前者が、昨日です」
「……おまえは、なにを期待している」
「そうですね。強いて言えば、先輩にひとつ、予言を聞いてもらいたいかなと」
世迷い言をと、彼は激怒しなかった。
この学園の誰もが、七不思議の実在を知っていたから。
疑い、否定し、ないと解っても。それでも七不思議はそこにあるのだ。
ぼくという係員がいるのと同じように。
改めて、携帯端末を操作。
リモート会議ツールを立ち上げる。
すると日も暮れようとする空き教室の中、優雅に腰掛けた少女の姿が明らかになった。
「彼女は予言の魔女。女子だけの間で流通する七不思議にして、だからこそ男女を問わず存在に辿り着いたものへ100%の断言をします。どうぞ、いま必要なことを問うてください。占ってくれます」
先輩は音楽室を見遣る。
中の様子は覗えない。
普段ならば施錠されているそこ。
彼は。
「音楽室の、鍵はかかっているか?」
『ええ、確実に施錠されていますとも』
魔女の言葉を聞くなり、先輩は入り口に飛びついた。
ドアが開く。
当然だ。透海近、彼女は予言の魔女。
絶対に外れる、予言の申し子なのだから。
だから、音楽室へと飛び込んだ大枝先輩は。
「――弦本鍵」
七不思議の名前を、呼んだのだ。
音楽室の奥に設置されたピアノ。
そこに一人の女性が腰掛けている。
痩せた体付きと、特徴のない顔をつき。
ただ両手に、傷ましいほど白い包帯を巻き付けた上級生は。
ゆっくりと息を吸うと、ぴたりと呼吸を止め。
鍵盤を、叩いた。
夕焼けの世界に、夜のとばりが。
精緻な音が――落ちる。




