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ぼくらは七不思議にヒトを視る  作者: 雪車町地蔵
第二章 無人音楽室の月光ソナタ事件
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第六話 ピアノを奏でるものの名は

 翠城(すいじょう)学園七不思議、出席番号一番、予言の魔女。

 彼女には、放課後の空き教室から外へ出られないという制約がある。

 正しくは、先日まではあった。


 唐傘(からかさ)オバケを欠席させたことで、透海(とおみ)さんにはほんの少しだけ、人間としての権限が払い戻された。

 具体的に言うならば、限定された時間内の外出権利。

 彼女は夜間に限り、学園内を自由にうろつく権利を得たのだ。


「よっぽど七不思議らしくなってしまって、納得がいかない」


 なんて頬を膨らませる彼女だが、だからこそできることもある。

 それが調査だ。


 夜間、学園内にはセキュリティーが当然張り巡らされているはずだ。

 一般人では、侵入した瞬間、警備会社が飛んでくる。

 けれど彼女、透海(ちか)に限っては、警戒の必要がない。

 なぜなら彼女は人間ではなく、七不思議なのだから。

 対人間用のセンサーになど、引っかかることはないのだ。


 というわけで、透海さんには夜の音楽室へ出向いてもらい、ピアノが鳴っているかどうかを調べてきてもらった。

 翌日、空き教室に顔を出せば、


「やっぱり、納得が、行かない!」


 大変不機嫌そうな魔女が、待ち構えていた。

 腕を組み、貧乏揺すりをして、こちらを睨み付けてくる彼女は、明瞭に不満点をこちらへぶつけてくる。


「どうして不自由ながらで歩けるようになった第一回が、ひとりで歩こう夜の学園ツアーwith音楽室なのっ? あと、それをハルさんが知っていて黙っていたのも、ちょっと許せない!」


 確かに不義理なことをしたという思いはある。

 あるので、今回は菓子折りを持参していた。


「なにそれ」

謳歌堂(おかどう)のビワゼリーと期間限定林檎カステラ、マファールを添えて」

「…………」


 数秒、彼女の脳内で算木(そろばん)がはじかれたのが見えた。


「……いいでしょう、値段とセンスに免じてゆるして差し上げます」

「光栄です、姫様」

「じゃあ、その素敵なお茶請けを楽しむためにも、早速本題。これ、昨日の夜、録音してきたもの。ちなみに人影はあたし以外にありませんでした」


 彼女が取りだしたレコーダーを受け取り、再生ボタンを押す。

 流れ出してきたのは、ピアノの音。

 つまり。


「噂自体は本当だった、ということだね。無人の音楽室で、確かにピアノは鳴っていた。けれど」

「そう、誰だって気が付く、否応なく気が付く。このピアノね」


 魔女が、口元を愉快そうに歪める。


「上達しているの」


 ……そうだね、巧くなっている。

 あるいは、なにかを取り戻しつつある。


「きっとこれで、謎は解ける。そうでしょう、ハルさん? だから、ね」


 透海さんは、夢見る乙女のような表情で、言った。


「嫌がらせのために、あの大枝とかいう先輩を、呼び出して? それでさっさと、七不思議の不在証明(アリバイ)を確定させてしまいましょう」


 可愛らしくお願いをされたとき。

 ぼくは、空き教室の外に、人の気配を感じた。


 内部を(うかが)い、そっと立ち去っていく何者か。

 予言を聞きに来た生徒の一人だったのか、あるいはまったく異なるなにかか。

 とにもかくにも、七不思議の在・不在証明は円滑に行われなければならない。


 即座に携帯端末を取り出し、親友へと幾つかのお願いをチャットで送る。

 根回しを終えて、深呼吸をひとつ。

 改めてぼくは、透海近へ訊ねる。


「それで、お願いしてくるということは目星はついているんだろう? 犯人は、誰なんだい?」

「初めに断言したはずだけど?」


 彼女は不思議そうに首をひねる。


「これは、共犯で解決できる七不思議なの」



§§



「二度も先輩を呼び出すとは、よほど今年の〝係員〟は神経が図太いらしいな」


 もはや呆れたといった様子で、大枝先輩は指定の場所へやってきてくれた。

 つまり、音楽室の前だ。


東雲(しののめ)の顔を立てるのは今回までだ。この大枝悠斗は忙しい。おまえのような進むべき道すら決めることもできない半端者とは、一分一秒の価値が違うと思ってもらいたい」


 半端者か、なかなか耳の痛い話をしてくれる。

 だが、重要なのはそこではない。

 ぼくは穏やかな笑みを浮かべたまま、ポケットからあるものを取り出した。


「レコーダーか。こちらの言質を取るつもりかよ」

「いえ、逆です。聞いて欲しいことがあって」

「…………」


 彼は無言で顎をしゃくり、こちらに行動を促してくる。

 ぼくはレコーダーに記録されていた〝音楽〟を再生。

 刹那、大枝先輩の顔つきが、変わった。


 鬼気迫る表情の彼の前で、ぼくは一端再生をやめ。

 今度は茶太郎から先日送って貰った〝音楽〟を再生する。


「どっちだ」


 大枝先輩が、ぼくの胸ぐらを掴み、血走った眼差しで問い詰める。


「どっちが、新しい?」

「前者が、昨日です」

「……おまえは、なにを期待している」

「そうですね。強いて言えば、先輩にひとつ、予言を聞いてもらいたいかなと」


 世迷い言をと、彼は激怒しなかった。

 この学園の誰もが、七不思議の実在を知っていたから。

 疑い、否定し、ないと解っても。それでも七不思議はそこにあるのだ。

 ぼくという係員がいるのと同じように。


 改めて、携帯端末を操作。

 リモート会議ツールを立ち上げる。

 すると日も暮れようとする空き教室の中、優雅に腰掛けた少女の姿が明らかになった。


「彼女は予言の魔女。女子だけの間で流通する七不思議にして、だからこそ男女を問わず存在に辿り着いたものへ100%の断言をします。どうぞ、いま必要なことを問うてください。占ってくれます」


 先輩は音楽室を見遣る。

 中の様子は覗えない。

 普段ならば施錠されているそこ。

 彼は。


「音楽室の、鍵はかかっているか?」

『ええ、確実に施錠されていますとも』


 魔女の言葉を聞くなり、先輩は入り口に飛びついた。

 ドアが開く。

 当然だ。透海近、彼女は予言の魔女。

 絶対に外れる、予言の申し子なのだから。


 だから、音楽室へと飛び込んだ大枝先輩は。


「――弦本(つるもと)(かぎ)


 七不思議の名前を、呼んだのだ。


 音楽室の奥に設置されたピアノ。

 そこに一人の女性が腰掛けている。

 痩せた体付きと、特徴のない顔をつき。

 ただ両手に、傷ましいほど白い包帯を巻き付けた上級生は。

 ゆっくりと息を吸うと、ぴたりと呼吸を止め。


 鍵盤を、叩いた。


 夕焼けの世界に、夜のとばりが。

 精緻な音が――落ちる。


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