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ド近眼の美少女にイタズラしたら、距離感ゼロで『特定』されました。~私には貴方しか見えてないので、責任とって彼氏になってください~

作者: cross-kei

【短編一話完結】約3000文字

 人生は、ひどく退屈なクソゲーだ。

 イベントもなければ、隠しルートもない。

 僕は、影山樹かげやま いつき。クラスの隅で息を潜める「背景モブA」として、今日も死んだ目で黒板を眺めていた。


「――ねえ、聞いた? 今日の放課後、駅前に新しいクレープ屋ができるんだって」

「マジ? 行こうぜ!」


 教室の中心では、陽キャたちが青春という名の課金アイテムを浪費している。

 特に、あの赤木隼人。クラスのカーストトップに君臨する彼は、今日も今日とて大声で我が物顔だ。


(……あーあ。異世界転生とか、悪魔の契約とか、そういうバグ技でも起きないかな)


 不謹慎な願いを脳内で呟いた、その時だった。


「呼んだ?」


 視界の端、自分の机の引き出しから、ニョキッと何かが生えてきた。

 カボチャ頭。黒いローブ。赤い尻尾。

 二頭身の悪魔が、僕の消しゴムの上に鎮座している。


「……幻覚か」

「失礼だなあ。僕はジャック。退屈を持て余す哀れな少年に、ハロウィンの特別ログインボーナスを授けに来たんだよ」


 ジャックと名乗った悪魔は、ニヤリと笑うと、黒いノートを僕の机に放り出した。

 表紙には『TRICKトリック』の文字。


「ルールは簡単。名前とイタズラの内容を書くだけ。ただし、殺傷沙汰はNG。あくまで笑える『トリック』限定だ」

「……デスノートの廉価版?」

「ノンノン。もっとポップでハッピーなやつさ。ただし、気をつけてね」


 ジャックは赤い舌をチロリと見せた。


「ターゲットに見つかって、『トリート』と宣言されたら攻守逆転。君は相手の言うことを一つだけ、絶対に聞かなきゃならない。それがハロウィンのルールだ」

「見つからなきゃいいんだろ?」

「ま、健闘を祈るよ」


 悪魔は煙のように消えた。

 残されたのは、黒いノートとペン。

 ……夢じゃない。


 僕は視線を上げ、教室の中央で我が物顔に騒ぐ赤木を見た。

 日頃の鬱憤。そして、少しの好奇心。

 僕は震える手で、ノートに書き込んだ。


『対象:赤木隼人』

『イタズラ:ズボンのベルトが弾け飛び、昨日ママに買ってもらった恥ずかしい柄のパンツが露出する』


 書き終えた、0.5秒後。


 バチンッ!!


 教室に乾いた音が響いた。

 赤木のズボンが、重力に従ってストンと落ちる。

 露わになったのは――蛍光ピンクの生地に、リアルな「ゴリラ」がプリントされた勝負パンツだった。


「……へ?」


 赤木が凍りつく。

 教室中の時間が止まる。

 そして、爆発的な笑いが巻き起こった。


「ぶっ……! ゴリラ!? 赤木、お前そんな趣味あったのかよ!」

「ママのセンス最高だな!」

「ち、ちが……うわああああああ!」


 赤木は顔を真っ赤にしてズボンを引き上げ、廊下へと逃走した。

 圧倒的なカタルシス。僕は震える拳を握りしめた。

 すごい。これは世界を変える力だ。


「――トリート」


 勝利の余韻に浸る僕の耳元で、鈴を転がすような声がした。

 心臓が跳ね上がる。

 振り返ると、そこには学校一の美少女――陽月ひづきあかりが立っていた。


 色素の薄い髪。透き通るような白磁の肌。

 彼女は、まっすぐに僕を見据え……いや、僕の背後にある「ロッカー」を見据えて、ビシッと指を突きつけた。


「見つけたわよ、犯人さん! やっぱり、樹くんだったんだね!」


 ……あ。

 僕は心の中で安堵……いや、別の意味で頭を抱えた。

 彼女は、完璧美少女だ。ただ一つ、致命的な欠点を除いては。


(こいつ……やっぱ何も見えてねえ……!)


 陽月あかりは、絶望的なド近眼だ。

 しかし「メガネは美学に反する」という謎のポリシーにより、学校では常に裸眼。半径30センチより先はモザイクの世界で生きている。


「あの、陽月さん。僕はこっちです」

「えっ」


 僕が声をかけると、彼女はバッと振り返り、獲物を探す小動物のように顔を近づけてきた。

 近い。近い近い。

 鼻先が触れそうな距離まで詰め寄り、ようやく僕の顔を認識したらしい。


「あ、ごめん。樹くん、気配消すの上手すぎ……」

「今さりげなく失礼だったな!?」

「と、とにかく! 私は全て見ていたわ!」


 あかりは、どこから取り出したのか、白い表紙の『TREATトリート』ノートを掲げた。


「ルール通り、私が『トリート(お菓子)』をもらう番よ。トリック側の樹くんは、私の命令を絶対に聞くこと!」

「……う」


 詰んだ。

 悪魔の強制力か、あるいは彼女の可愛さのせいか、拒否権がないことを悟る。

 学園のアイドルからの命令だ。「校庭100周」か、「一生下僕」か。

 僕は覚悟を決めて目を閉じた。


「命令!」


 あかりの声が響く。


「今日の放課後……私と手をつないで、駅前の新作クレープを『あーん』って食べさせ合うこと!」


「…………はい?」


 僕の声が裏返った。

 教室内が、ゴリラのパンツ事件以上に静まり返る。


「ちょ、陽月さん!? それ罰ゲームになってない……いや、僕にとっては公開処刑だけど!」

「命令は絶対だよ? それとも……聞けない?」


 あかりが小首を傾げ、上目遣いで僕を見る。

 焦点が合っていない瞳が、とろんと潤んでいるように見えた。


 *


 そして、放課後。

 僕は、生きた心地がしないまま駅前の雑踏を歩いていた。


 左手には、柔らかくて温かい感触。

 学校一の美少女と手を繋いで歩くという、全男子生徒を敵に回す行為。刺される。明日あたり背後から刺される。


「ねえ、樹くん。お店、まだ?」


 あかりが、繋いだ手をギュッと握り返してくる。

 彼女は片方の手で顔を赤く染めながら、僕の肩に密着していた。


(……歩きにくい)


 いや、わかっている。

 彼女はド近眼だ。この人混みで手を離したら、一瞬で迷子になり、電柱に謝り続けることになるだろう。

 だから、これは介護だ。ガイドヘルパーだ。

 そう自分に言い聞かせないと、心臓が爆発しそうだった。


「っと、危ない!」


 向こうから来た自転車を避けるため、僕は彼女の肩を抱き寄せた。

 勢い余って、あかりの体が僕の胸板に押し付けられる。


 むにゅん。


 重力と弾力が、僕の理性を粉砕しにかかる。

 シャンプーの香りと、彼女自身の甘い匂いが脳髄を犯す。


「……ご、ごめん」

「ううん、ありがとう……樹くん、たくましいんだね」


 あかりは僕の胸に顔を埋めたまま、離れようとしない。

 むしろ、ここが定位置だと言わんばかりに擦り寄ってくる。


「……陽月さん。もしかして、見えてないから怖い?」

「んー……」


 彼女は顔を上げ、至近距離――本当に、キスができる距離で僕を見上げた。

 その瞳に、僕の顔が映る。


「見えてないよ。樹くん以外は」


 ドキリとした。


「……え?」

「私ね、目が悪いから。普段は、音と匂いで人を判断してるの」


 あかりは悪戯っぽく微笑んだ。


「樹くん。屋上の給水塔の裏で、いつもため息ついてたでしょ?」

「ッ!?」

「教室でも、いつも一番後ろの席から、みんなのこと冷静に見てたでしょ?」


 彼女の指先が、僕の頬に触れる。


「私には見えてたよ。樹くんのことだけは、ずっと前から」


 思考が停止する。

 それって、つまり。

 今日のイタズラがバレたのは、偶然なんかじゃなくて。

 彼女が最初から、僕を見ていたから?


「……それ、反則だろ」

「ふふ、なんのこと?」


 あかりはとぼけて、僕の手をさらに強く握りしめた。


「さあ、早く『トリート』ちょうだい? 甘いクレープよりも、もっと甘いやつ」


 電柱の影から、カボチャ頭のジャックが呆れたように肩をすくめているのが見えた。

 『トリートノート』の正体なんて、もうどうでもいい。


 退屈な日常?

 そんなものは、この距離感ゼロの美少女が、全部塗り替えてしまった。


 僕は観念して、彼女の手を握り返す。

 これから始まるのは、イタズラなんかよりずっと心臓に悪い、甘すぎる『お仕置き』の時間らしい。


(完)

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