妹といちゃいちゃしていたデルトス王太子殿下。わたくしは二度と、王太子妃になるつもりはありません。
― いいこと?ユリディア。王国一の最高の男性と結婚しなさい。いいわね ―
亡くなった母が口癖のように言っていた言葉だ。
母は国王陛下と恋愛関係にあったが、結婚することが出来なかった。
だから口癖のように、ユリディアに言うのだ。
― あの方は素晴らしかった。だから貴方が結婚するなら、王国一の最高の男性と結婚しなさい ―
と、亡くなるその日まで言い続けた。
それは幼いユリディアの心に、突き刺さるようにその言葉が残った。
ユリディア・ハルド公爵令嬢はイラついていた。
自分の婚約者デルトス王太子が、妹のリーディアナと仲良く歩いているのだ。
腕を組んで、王立学園の廊下を楽しそうに歩いている。
デルトス王太子は金髪碧眼のそれはもう美しい王太子で、妹のリーディアナも金髪碧眼でとても美しく、お似合いのカップルだと言われていた。
ユリディアは黒髪黒目のきつい顔立ちの令嬢だ。
ユリディアは先妻の娘で、今の母は後妻である。リーディアナは父と後妻間の娘だ。
父も母もリーディアナばかり可愛がっていて、リーディアナに婿を取ってハルド公爵家を継がせるつもりだった。
ユリディアは名門ハルド公爵家の令嬢というだけで、三年前に婚約者に決まったのだ。
現在、ユリディアもデルトス王太子も18歳。
15歳から結ばれた婚約。
しかし、デルトス王太子はユリディアよりもリーディアナの方が気に入っていて、王立学園でも一つ下のリーディアナとばかり一緒にいるのだ。
リーディアナだって婚約者はいる。伯爵家の令息セドール・バフェル伯爵令息だ。しかし、リーディアナはセドールと交流するつもりもないようで、王立学園で、デルトス王太子とばかり一緒にいるのだ。
ユリディアはデルトス王太子の事を愛していた。
それはもう激しく愛していた。
ルド王国の王妃になって、デルトス王太子殿下の隣で輝きたい。
それはユリディアの幼い頃からの夢だ。
幼いデルトス王太子の美しさを10歳の時に、初めて見た。
彼は国王と王妃の間で輝いていた。
柔らかな金髪、美しい青い瞳。微笑めば天使のようで、周りの人々を虜にする。
勉学も剣技も幼いながら、輝ける才能を持ち、まさにルド王国の太陽。登り行く陽の光だと言われていた。
国王陛下も優れた男性だが、デルトス王太子はその上を行くのではないかと、先行き楽しみだと、人々が噂している。
だから、ユリディアは思った。
亡き母が言っていたではないか。7歳の時に病で亡くなった母。
国王陛下は名君だと言われているが、その上を行く男性。それがデルトス王太子殿下。
それに、彼は輝ける陽の光のように、美しい。
ユリディアは王国一の男性、デルトス王太子殿下と結婚したい。その一心で、父に頼んだ。
実母はユリディアが7歳の時に亡くなっているので、現在の母は義母である。
母が病で亡くなってすぐに、リーディアナを連れて後妻になった。
父は外で今の義母を囲っていて、リーディアナは父の実の娘である。
後妻である義母や妹のリーディアナとは同じ家に住んでいても、あまり話さない。
食事もユリディアだけ自室でとっていてどこまでも他人だ。
だが、今はそんな事はいい。
父に向かってユリディアは頼み込んだ。
「私はデルトス王太子殿下の婚約者になりたいです」
父は頷いて、
「我が家は可愛いリーディアナに婿を取って継がせるつもりだ。お前が15歳になったら、婚約者にどうかと王家に聞いてみよう。デルトス王太子殿下は15歳になったら婚約者を決めると言っていたからな」
「有難うございます。お父様」
嬉しい嬉しい嬉しいっ。デルトス王太子殿下の婚約者になれるんだわ。
王国一の最高の男性の婚約者に。
あの天使のような美しい王太子殿下の婚約者に。
顔が美しいのはとても大事よ。
だって顔は毎日、見るでしょう。その毎日、見る顔が美しかったらそれはもう幸せになれるじゃない。
婚約者になったら王太子妃教育?そんなのデルトス王太子殿下と結婚出来るのなら何日だって徹夜するわ。
寝なくたっていいわ。
わたくしは黒髪黒目で、平凡な顔立ちなの。
だから、少しでも美しく見えるようにお化粧だって頑張るわ。
立ち居振る舞いだって、王太子妃にふさわしいように、勉強するわ。
わたくしはあのデルトス王太子殿下の隣に立つの。彼の為に一生懸命働くわ。
ああ、彼の子が産めるなんて、なんて幸せな。
王宮の庭に薔薇を沢山植えるの。美しい彼と手と手を取りながら、薔薇の花を堪能するわ。
デルトス王太子殿下がわたくしを見てこう言うの。
「君と結婚出来て幸せだよ」
って。
そう夢見ていたのに。
15歳の時に父と義母に連れられて王宮に行って、婚約を結んだ。
デルトス王太子はユリディアを見て一言。
「なんだ。姉の方か。妹のリーディアナは美しいのにな」
妹のリーディアナの方が美しい? それはそうかもしれないけれども、わたくしだって目いっぱい今日、お化粧したのよ。
ドレスだって藍色のキラキラした品の良いドレスを着て、黒髪を結っておとなっぽく見せているのに。
リーディアナの方がいいって???
リーディアナの方が。
心が砕けた。
それでも、自分は婚約者になったのだ。
だからだからだから。きっと‥‥‥自分を見てくれる。リーディアナの事なんて忘れてくれると思っていたのに。
デルトス王太子は交流を持とうとしなかった。
手紙一枚寄越さない。
わたくしが婚約者になったのに。どういうことよ。
イライラした日々を送っていくうちに、王立学園に通う16歳になった。
リーディアナが、
「わたくしも通いたいわ。ほら、正式に入学する前に、通いたい人が通う特別学年があるじゃない。私も通って勉強したいわ」
勉強が嫌いで、おしゃれがすることだけが好きなリーディアナが変な事を言うわと思っていた。
父が、
「感心な事だな。いいだろう。王都の屋敷から通うがいい」
「わぁ、頑張って勉強するわ。お父様」
王立学園に通うようになって、デルトス王太子はリーディアナと一緒に過ごすようになった。
婚約者はユリディアなのにだ。
デルトス王太子は入学してから、優秀さを発揮して、テストで学年一位を取った。
剣技の授業も強くて、誰もかなわないという。
美しいだけでなく、とても優秀なデルトス王太子。
わたくしの婚約者であるデルトス王太子‥‥‥
王国一の最高の、最高の男性なのに。
リーディアナは暇さえあれば、デルトス王太子がいるクラスに顔を出して、デルトス王太子と腕を絡めて、仲良くする。
デルトス王太子も嬉しそうな顔をしていて。
ユリディアは、仲良く過ごすデルトス王太子とリーディアナを見て、悲しく思った。
何でどうしてわたくしが婚約者なのに。なんでリーディアナが傍にいるの?
家でリーディアナに注意した。
「わたくしがデルトス王太子殿下の婚約者なのよ。王太子妃教育を受けているのもわたくし。貴方の婚約者は別にいるじゃない。セドール・バフェル伯爵令息が。彼がいるのに、どうして王太子殿下と一緒にいるの?」
リーディアナは薬指に嵌めた緑色の宝石を弄りながら、
「だってセドールは顔立ちも平凡だし、大人しいしつまらない人。それに比べてデルトス王太子殿下はとても美しくて話も上手で、一緒にいて楽しいの。いっそのことわたくしが婚約者に代わってもいいくらいよ」
「その指輪はどうしたのよ」
「決まっているじゃない。デルトス王太子殿下から頂いたのよ。わたくしの事が好きだって言っているわ。そりゃそうよね。お姉様と比べて、わたくしの方が美しいもの。お姉様は美しくないわ」
亡き母譲りの黒髪。でもその黒髪はユリディアを地味に見せてしまう。
華やかな美人のリーディアナ。
ユリディアは絶望のあまり、ベッドで泣いた。
あまりにも酷い。
これでも色々と頑張っているのよ。それなのに。
デルトス王太子もリーディアナとばかり一緒にいて酷い。酷いわ。
婚約を結んで、ないがしろにされ続けて、二年間。
デルトス王太子とリーディアナが仲良くするところを見せつけられての一年間。
二人は学園の催しで、堂々とダンスを踊って、ユリディアは無視されて壁の花。
わたくしは王太子妃になるのに、貴方の婚約者なのに。
両親に訴えても、父は、
「リーディアナの方が美しいからな。お前が魅力がないのが悪いのだ」
義母も、
「そうよ。さすが、わたくしの娘、リーディアナ。王太子殿下も虜にするのね」
同じ学園にセドール・バフェル伯爵令息がいるはずなのに、時々見かける彼はリーディアナの態度に何も言わない。
バフェル伯爵家はなんとも思わないの?確かに我がハルド公爵家の方が爵位が上でしょうけれども。
そんな中、王家から呼び出しがあった。
ハルド公爵夫妻と、ユリディアとリーディアナが共に呼ばれたのだ。
着いてみれば、デルトス王太子が待っていて。
「ユリディアと婚約解消をして、リーディアナと婚約したい」
そう言われた。
「そもそも、私はリーディアナと婚約したかったのだ。それはもう美しいリーディアナ。それが姉の方だとはな」
思わずユリディアは、
「わたくしだって王太子妃教育を頑張って、デルトス王太子殿下と仲を深めようと努力をして‥‥‥」
「私はお前となんて仲を深めようとは思わない。これは王太子命令だ。お前と婚約解消をし、リーディアナと婚約する」
リーディアナがデルトス王太子に抱き着いた。
「嬉しいっーーー」
ハルド公爵が慌てて、
「リーディアナにも婚約者が」
「婚約解消させればいい。私がリーディアナと婚約をしたいと言ったのだ。これは王太子命令だと言っただろう」
ハルド公爵はちらりとユリディアを見つめて、
「お前がしっかりしないから、リーディアナが‥‥‥お前のせいだ。ユリディア」
「何で、わたくしのせいなのです?わたくしは努力しましたわ。デルトス王太子殿下と仲を深める為にも。将来、王妃になる為にも勉強をしましたわ」
リーディアナは笑って、
「王妃にはわたくしがなってあげるわ。ルド王国も美しいわたくしが王妃になる方がよいでしょう」
デルトス王太子もリーディアナを抱き締めて、
「ああ、美しきリーディアナが王妃になる方がふさわしい。リーディアナと私は結婚するっ」
「嬉しいわ」
ユリディアは一人、先に帰る事にした。
もう王宮にいたくはない。
自分は婚約解消されたのだ。
そもそも、最初から愛されていなかった。
でもでも、デルトス王太子殿下に気に入られるように、一生懸命、王太子妃教育を頑張った。
お化粧も頑張った。マナーも頑張った。でも、デルトス王太子から婚約者になったというのに、お茶会の誘いもなく、プレゼントもなく、彼は妹のリーディアナとばかり仲良くして。
悲しい悲しい悲しい。
世の中のすべてが真っ暗だ。
デルトス王太子殿下を初めて見た時は、バラ色だったのに。
婚約した時から、心の薔薇は徐々に枯れて、そして枯れ落ちてしまった。
真っ暗な水の中に薔薇の花びらが落ちて、沈んで沈んで、深く沈んで、浮かび上がれない程に沈んで。
泥水の中に手を突っ込んでも、泥しか救えなくて。
ああ、わたくしの恋は‥‥‥わたくしの想いは‥‥‥
涙が零れる。
お母様、ごめんなさい。最高の男性であるデルトス王太子殿下から婚約解消をされてしまったわ。
あまりの悲しさに、命を絶ってしまおうかとも思った。
でも、でも、でも、命を絶つのは神様が許さない。そう思った。
今は泣こう。泣いて泣いて泣いて。声を出して泣いて。泣いたらきっと‥‥‥
わたくしは歩き出せるわ。
泥水の底に沈んだ薔薇を拾い上げることだってできる。
ユリディアはベッドから起き上がると、そっと、花瓶の薔薇を一輪、手に取って、窓に向かうと窓を開けた。透き通るような青空に真っ赤な薔薇の花を掲げて誓った。
わたくしは強く生きるわ。もう愚かな恋なんてしない。
恋なんてしないわ。
ハルド公爵は仕方なく、ユリディアに公爵家の後を継がせる事にして、改めてセドール・バフェル伯爵令息とユリディアを婚約させることにした。
「セドール・バフェルです」
黒髪碧眼のセドールは大人しそうな青年だった。
ユリディアは彼を見ても何も感じなかった。
もう、恋なんてしないわ。
そう決意したから。
王立学園で嫌な噂が流れた。
ユリディアが王太子妃教育を真面目に受けなかったから、婚約解消されたんだと。
いいふらしているのは、デルトス王太子だ。
「だから私はリーディアナと婚約したんだ。リーディアナは真面目に頑張っているからな」
「頑張っておりますわ。デルトス様っ」
これみよがしにこちらを見て、にんまり笑うリーディアナ。
王太子妃教育に苦労していると、父母にこぼしていたのを聞いた。
好きだったデルトス王太子の悪意がユリディアは悲しかった。
わたくしを愛してくれなかったのは仕方ない。でも、悪口を言うなんて。
セドールが慰めてくれた。
「ユリディア様が頑張っていたのは知っています。ユリディア様は努力家です。ユリディア様はルド王国一の高貴な美しい方です。ユリディア様はええと」
「無理して慰めなくてもいいのよ」
「いえいえ、ユリディア様の素晴らしさには、精霊王も魔王も全世界の存在が認め崇めたてまつるでしょう。ユリディア様と私は婚約出来てとても幸せです」
「あら、妹のリーディアナの事はどう思っていたの?」
セドールは考え込むように、
「あまり交流も無かったですから、ただ綺麗な方だなぁとは思っていましたけど。私には興味を持ってくださらなかったので」
何だか好感が持てた。
ただ、好きとかそういう気持ちにはなれなかった。あくまで政略。そう言い聞かせた。
ユリディアはその日以降、どんなにデルトス王太子がリーディアナとイチャイチャしても、気にすることは無かった。
もう、婚約者でもないデルトス王太子。妹の婚約者なのだから、わたくしが気にすることはないわ。
でも、心が痛む。凍りつかせた心がひび割れて痛むのよ。
そこへ、セドールがやって来て、いたずらっぽく、
「想像しましょう。デルトス王太子殿下が、変…辺境騎士団へさらわれた想像を、屑の美男をさらって愛でるらしいですよ。変…辺境騎士団」
「どこの王国にも属していない変…辺境騎士団ね。実在するのかしら。想像なんて不敬だわ」
「でも、心の中で想像するのは勝手でしょう」
「心の中で?」
想像したら何だか笑えた。
ただ、優秀なデルトス王太子がさらわれたらルド王国が困るだろう。一人息子だ。そして国王には男の兄弟がいないのだ。
ユリディアは、
「貴方のお陰で笑えたわ。有難う。セドール」
セドールは腕を差し出して、
「さぁ、ユリディア様。エスコートしましょう。教室まで」
「お願いするわ」
セドールは一学年下なので、別の教室だ。でも、教室まで連れて行ってくれるなら、連れて行って貰おう。婚約者なのだから。
ちらりとこちらを見たデルトス王太子とリーディアナ。
気にしない事にした。
セドールと過ごす楽しい日々。
セドールは毎日、王立学園でお昼を一緒に食べて、色々と話をした。
彼が頭がいい事が解った。本を沢山読んでいるのだ。
「私はハルド公爵家に婿に行くのですから、しっかりと勉強をしておかないと。知識は裏切りませんから」
「本当に貴方は努力家なのね」
「努力の先には必ず花咲く未来があります。そうではありませんか?」
そうね。わたくしも沢山、努力をしてきたわ。でも、デルトス王太子殿下には振り向いてもらえなかったけれども。
セドールは微笑んで、
「私は貴方の努力をする姿がとても好きです」
そう微笑んだセドールの顔がとても素敵だと思えた。
月日は過ぎて、一年が経った。
セドールと過ごす毎日はとても楽しい。
そして、相変わらず、デルトス王太子とリーディアナはイチャイチャして仲良さげだ。
でも、気がついた事がある。
デルトス王太子とリーディアナはユリディアが通りかかるとイチャイチャするのだ。
そして、噂になっているのが、実は二人の仲が悪いという噂だ。
リーディアナは王太子妃教育が難しいと家でも両親に愚痴を言っていた。
デルトス王太子とよくケンカをしていると噂になっていた。
え?わたくしの前では仲良くしているわよ。
そう。ユリディアの前ではこれ見よがしにイチャイチャするのだ。
とある日、デルトス王太子がユリディアに向かって、
「お前と再婚約をしてやってもいい。リーディアナはちっとも勉強をしない。
王太子妃教育も進まない。母上は怒っている。お前は母上が気に入っていた。仕方ないからお前と再婚約をしてやる。リーディアナは側妃になりたいそうだ。側妃なら、面倒な勉強をしなくていいからな。私もリーディアナにはにこにこ笑っていて欲しい。大変な勉強は押し付けたくない」
頭に来た。
今まで王太子妃教育を頑張って来た。
愛していたから。出会った時から好きだったデルトス王太子。
でも、今の言葉で完全に冷めた。
泥の中に落ちた薔薇の花は粉々に砕けた。
もう、もう、恋なんて絶対にしない。もう、貴方なんて大嫌い。
「デルトス王太子殿下。わたくしは二度と、王太子妃になるつもりはありません。わたくしはハルド公爵家を婿を取って継ぐのですから」
「しかしだな」
「貴方はリーディアナと結婚したいのでしょう。リーディアナをしっかりと勉強させて、王太子妃にふさわしい女性にするのは貴方の責任でしょう。わたくしは関係ありません。失礼しますわ」
「待てっ。ユリディア。王太子命令だ。私とっ」
セドールが現れて、デルトス王太子に声をかけてきた。
「ユリディア・ハルド公爵令嬢は私の婚約者です。誠に恐れ入りますが、今更、再婚約をされても困ります」
「何をっ。伯爵令息のくせして。」
デルトス王太子は思いっきり回し蹴りをした。
さっと背後に身を躱して、セドールは、
「王太子殿下は剣の腕が素晴らしいと聞きます。木剣で勝負を」
「ああ、いいだろう。私が勝ったら、再婚約して貰うぞ」
ユリディアは焦った。
「困ります。わたくしの婚約を剣の勝負で決めるなんて」
何で?デルトス王太子殿下は剣の腕は王立学園一よ。無理よ。
わたくしはセドール、貴方の事が‥‥‥
誰かが木剣を投げた。それをデルトス王太子とセドールは受け取って、
二人は木剣を手に、打ち合いを始めようとした。
だが、セドールの強い打ち込みにあっけなく、デルトス王太子の木剣は弾かれて飛んで行った。
セドールはにっこり笑って、
「剣技の腕は王立学園一と聞いていますが、違うんですか?」
「たまたまだ。私は強いはずだ」
そこへ、見かけない一人の金髪美男が声をかけてきた。
「汚いな。次期国王だからって、学園ぐるみで、優秀な王太子を捏造ってとこか」
集まって様子を見ていた生徒達が騒ぎだす。
「優秀ではなかったのか?」
「学園ぐるみの捏造?それじゃ勉学の方も?」
「なんてことだっ」
デルトス王太子は喚きだす。
「違う違う違う。私は優秀な王太子だ。ルド王国の未来の国王だっ」
ガシっとデルトス王太子を掴む腕が。体格の良い男性達がデルトス王太子を囲んでいた。
王立学園でもデルトス王太子の護衛がいたはずだが、姿は見えない。
「屑の美男だ。俺達が頂いて行く」
「俺達は辺境騎士団だ」
「美しい屑だな。触手ウネウネ」
「三日三晩だな」
デルトス王太子は、助けを求めた。
「誰かっ。護衛はどうした?」
さっきの金髪美男が、
「護衛は倒しておいた。まぁ張りぼてだが、屑の美男だ。顔だけは本物だ。貰っていくぞ」
簀巻きにしてデルトス王太子は連れていかれた。
ああっ。彼の優秀さは嘘だったなんて。王国最高の男性だと思っていたのに‥‥‥お母様が望んでいた王国最高の男性ではなかったのね。
リーディアナが走って来て、
「デルトス様がっ。お姉様があいつらを連れ込んだのねっ。そんなにわたくしがデルトス様と付き合うのが気に食わなかったのっ」
セドールがにんまり笑って、
「私が奴らを引き込んだ。愛しいユリディア様に再婚約を言い出したんだ。当然だろう」
「わたくしはお姉様に仕事を押し付けて楽をしたかったのよ。だから、再婚約を勧めたのっ。だって、王太子妃教育は難しいんですものっ」
ユリディアは叫んだ。
「わたくしにだって人生があるわ。貴方達に使い潰されるなんて嫌よ。リーディアナ。わたくしが公爵家を継ぎます。貴方は出て行って頂戴。わたくしが家を継いだら貴方を追い出すわ」
リーディアナは、セドールの手を取り、
「わたくしが公爵家を継ぐわ。デルトス様がいなくなってしまったんですもの。セドール。仕方が無いから再婚約をしてあげるわ。お父様もお母様も賛成してくれるわ。わたくしの方を可愛がっているから」
セドールはリーディアナの腕を振り払って、
「私は貴方と再婚約を結ぶつもりはありません」
「貴方、伯爵家の息子よね。わたくしの言う事が聞けないというの?」
ユリディアは思った。
何て勝手な言い分、デルトス王太子といい、リーディアナといい、あまりにも勝手なので怒りがこみ上げる。
セドールはリーディアナを睨みつけて、
「私は確かに伯爵家の息子ですけど。私の母は名門メルド公爵家の出身です。あまりにも我がバフェル伯爵家を馬鹿にすると、メルド公爵である私のおじい様が口出ししてきますよ。そもそも、貴方が私を馬鹿にして、付き合いもしてこなかった時点で婚約破棄をするつもりでした。でも、ユリディア様が貴方の代わりに私と婚約することとなって。私はユリディア様の事が幼い頃からずっと‥‥‥」
「え?そうだったの?」
「ええ、ずっと好きでした。だから、私はユリディア様と婚約出来てとても幸せで。ですから、リーディアナ。貴方と再婚約なんてしない。私が婿入りしたら貴方は家を出て行って貰う。メルド公爵家の名にかけて」
「わたくしのお父様とお母様がっーーー」
金切り声をあげて、リーディアナは喚いた。
「絶対に出て行かないわ。お父様とお母様はわたくしが可愛いはず。メルド公爵家が何よ。お姉様は不幸になっていればいいんだわ」
そう言って、背を向けて出て行った。
セドールが優しく手の甲にキスを落として、
「ユリディア。私はあの女とは再婚約はしない。私は君に恋をしている。ああ、そうだ。薔薇の花を君に贈ろう。何色がいい?やはり赤?」
「そうね。赤がいいわ」
「それじゃ薔薇の花束を君に贈ろう。愛しているよ。ユリディア」
父、ハルド公爵はさすがに、セドールとリーディアナとの再婚約を言い出さなかった。貴族としての常識はあるのだろう。
リーディアナを強引に、金持ちの商人の所へ嫁がせた。
デルトス王太子殿下との王立学園での人目をはばからない、イチャイチャが問題になって、いい嫁ぎ先が見つからなかったからだ。
金持ちの商人は、金は持っているけれどもとてもケチで、リーディアナを働きに働かせこきつかった。
「いい買い物をした。うんとコキ使ってやるぞ」
リーディアナは泣きながら、毎日を過ごしているそうな。
デルトス王太子が変…辺境騎士団にさらわれたので、王家は跡継ぎに困ることになった。
メルド公爵家に王家から国王陛下の妹が降嫁していたので、その息子が新たな王太子になった。
新たな王太子はデルトス王太子が今まで学園の成績や、剣技の授業で不正をしていた事を発表した。
教師達も王室命令で、テストの点を水増しし、一位と発表し、剣技の授業も、他の生徒達に遠慮するようにと通達していたということを全国民が知ることとなった。
国民達は、デルトス元王太子は変…辺境騎士団に攫われて当然だと噂した。
ユリディアは、彼の事を王国一素晴らしいと思っていた。
でも、彼は顔だけは美しかったけれども、実際は中身は大した事がなかったのだ。
デルトス王太子は今頃は、変…辺境騎士団で屑の美男として教育を受けているだろう。
ユリディアにセドールから薔薇の花束が届いた。
その中から一輪、薔薇を手に取り、花瓶に挿した。
泥の中で粉々に砕け散った薔薇の花‥‥‥
例え、政略だとしても、きっと‥‥‥再び、華やかに大輪の花を咲かせるに違いないわ。
私は二度と恋をしない。そう誓ったけれども‥‥‥
セドールと過ごして思ったの。
彼はとてもわたくしを気遣ってくれた。
そして、解った事。彼は王立学園で学年一位の成績を取る位、優秀で。剣技の授業も誰も叶わない位、強いとの事。
お母様。もしかして、彼は王国一の最高の男性じゃない?顔はまぁ普通だけれども。
― 最高の男性と結婚しなさい。そしてその男性と恋をしなさい。―
何だか、母がそう言っているような気がして。
わたくしはセドールが好き。
再び、恋をしたっていいじゃない?
女なんですもの。
窓の外を眺めれば、日が煌々と差し込んで、新たな恋の予感にユリディアは胸をときめかせながら外を眺めるのであった。




