第2話 出会いは、偶然と視線から
広い校舎に、広い庭。
新しい制服に身を包んだ新入生たちが、
それぞれ少し浮き足立った様子で歩いている。
「……人、多いね」
思わず口に出すと、前を歩いていた誰かがちらりとこちらを見た。
目が合ったので、反射的に手を振る。
相手は一瞬だけ戸惑った顔をして、すぐに視線を逸らした。
……不思議だな。
背中に、軽い衝撃。
「……きゃっ!」
振り返ると、長い髪を乱した女の子が地面に座り込んでいた。
「あ、ごめんね。大丈夫?」
声をかけると、彼女は一瞬目を見開いてから、勢いよく頭を下げる。
「……いっ……!?
あ、あの……っ!
ご、ごめんなさい!!
本当にごめんなさい!!」
「いや、私の方こそ前を見てなかったから。
怪我、してない?」
「だ、大丈夫です!! 本当に!!」
そう言い残して、彼女は顔を真っ赤にしたまま走り去っていった。
「……元気だね」
足元に視線を落とす。
「ん?」
小さなペンダントが、陽に反射している。
「……落とし物か」
拾い上げて、制服のポケットに入れた。
「あとで渡さないと」
そう呟いた瞬間、視線を感じた。
顔を上げると、少し離れた場所で金髪の女の子がこちらを見ている。
強気そうな瞳。値踏みするような目。
「……?」
とりあえず、目が合ったので微笑んで軽く手を振った。
「……っ!?」
彼女は明らかに驚いた表情をして、すぐにそっぽを向き、足早に校舎へ入っていった。
「……色んな人がいるなぁ」
「なあ!」
突然、明るい声がした。
「お前、入学式前からすげー目立ってるぞ!」
振り返ると、燃えるような赤髪の男子が、距離近めで立っていた。
「そうかな?」
「そうだって!
顔も綺麗だしさ!
ちきしょー、羨ましい!」
「はは。ありがとう。
でも、君も結構目立つと思うよ?」
「えっ!?
マジで!?
……いや、そういうの照れるからやめろって!」
「本当の感想なんだけどな」
「……お前、良い奴だな!!
俺、天城テル!
よろしくな!」
「ツバサだよ。よろしくね」
「……ツバサ、か」
テルは一瞬だけ、考え込むような顔をした。
「どうしたの?」
「いや!なんでもない!
それより、そろそろ式だろ?
一緒に行こうぜ!」
「うん、行こうか」
二人で並んで歩きながら、入学式会場へ向かう。
広いホール。
ざわめき。
視線の集まる方向。
新入生代表が前に立つ。
「……うわ、すげー」
テルが小さく呟く。
「めちゃくちゃカッコイイな、あいつ……」
整った金髪に、澄んだ青い瞳。
確かに目立つ。
代表挨拶が始まる。
「――本日ここに集った皆さんと、共に学べることを光栄に思います」
周囲から、小さな歓声が上がる。
「声も良いとか反則だろ……」
「そうだね」
ふと、皆が彼に見惚れている中で、
一人だけ違う方向を見ている子がいた。
さっきの金髪の女の子だ。
彼女は代表ではなく、斜め前の席をじっと見つめている。
「……へえ」
思わず小さく呟いた、その瞬間。
「おい。お前ら、騒がしいぞ」
低い声。
すぐ後ろからだった。
「え?」
振り返ると、いつからそこにいたのか分からない黒髪の男子が立っていた。
「……あ、ごめん」
「悪い」
テルが素直に謝る。
男子はそれ以上何も言わず、前を向いた。
入学式は、そのまま静かに終わった。
「なあ、ツバサ。お前、クラスどこ?」
「私はCクラスだよ。テルは?」
「お!やった!
同じクラスだな!
最初から友達が一緒で嬉しいぜ!」
「そうだね。せっかく仲良くなれたから、同じクラスなのは嬉しいね」
教室に入ると、まだ人はまばらで、席は自由だった。
「ツバサ、どこ座る?
俺、窓側がいいな~」
窓際の一番後ろ。
すでに一人、机に顔を伏せて座っている。
(……さっきの子だ)
「じゃあ、窓側にしようか」
私がその前の席に座り、
私の前にはテルが座った。
「やっぱツバサ、目立つな!」
「ん? どうしたの?」
「ほら! 女子がツバサ見ながらキャキャしてる!」
「……そう?」
こちらを見ていた女子たちに、軽く手を振る。
「お前!やめろって!そうやって誘惑するの!」
「えー?
目が合ったから笑っただけだよ。
無視したら可哀想でしょう?」
「はぁ……イケメンは良いよな……」
「テル、声」
その時、後ろから低い声がした。
「……また、お前らか。騒がしいな」
「ん。さっきの子だね。
私はツバサだよ。よろしく」
「あ!さっきのやつか!
俺はテル!よろしくな!」
「…………俺は、お前たちとよろしくするつもりはない」
そう言って、彼はまた机に顔を伏せた。
「なんだ、あいつ?」
「さあ?」
教室の前が騒がしくなる。
生徒代表の男の子が、女の子たちに囲まれながら入ってきた。
優しそうな笑顔。
けれど、どこか作り物めいている。
その様子を、鋭い目で見ている女の子がいた。
私を見ていた、あの金髪の子だ。
彼は自然に彼女の隣に座る。
彼女は立ち上がろうとしたが――ベルが鳴り、諦めて座り直した。
担任教師が入ってくる。
やる気がなさそうで、だらしない印象の若い男性教師だ。
(……この人、細かいところをよく見ている気がする)
「……この一年、お前らの担任のアルベルト・グレインだ。
面倒起こすなよ。
じゃあ、端から自己紹介しろ」
そう言って、椅子に座り資料を読み始めた。
「えっと……ミレイ・アクアです。
得意属性は水で、趣味は……お人形集めです」
少し早口で言い切るように笑った。
次々に自己紹介が始まる
「私の名前はクロエ・バルフォアよ。
得意属性は闇。
気安く話しかけないで頂戴」
入学式でこちらを見ていた、あの金髪の少女だ。
「……怖っ」
「テル、聞こえる」
「私の名前はリリア・フォン・エーデルです!
得意属性は光で、お花が好きです!」
「……空気、一気に変わったな」
そして――代表者だった彼の番だ
「レオンハルト・アルヴィスです。
隣国の王子ですが、肩書きより同級生として接してもらえると助かります」
どこか柔らかくて、
どこか距離のある声。
「……完璧すぎだろ」
「テル、声」
次に、さっきぶつかってしまった彼女。
「……エルナ・フェルディナンドです……」
俯いたままの視線が、
一瞬だけ、こちらをかすめた気がした。
次はテル。
「俺は天城テル!得意属性は火!
分からないことだらけだけど、仲良くしようぜ!」
好意的な反応が返る。
「私の名前はツバサ・リーヴェルだよ。好きな属性は土かな」
「えっ!?土なの!?風じゃなくて!?」
「おーい。他の奴の自己紹介を邪魔すんな~」
テルが担任に注意される。
「あ! ツバサ、わりぃ」
笑いが教室に起こる。
「大丈夫だよ。
趣味は、観察かな。
せっかく一年一緒なんだから、皆仲良くしようね」
「……この魔性め」
思わず、くすっと笑ってしまう。
最後は彼。
「ヴァルト・シュナイダーだ」
それだけ言って、また机に伏した。
「よし、終わりだ。
今日は書類だけ配って解散な」
教師が教室を出て行く。
その後を追うように、クロエも足早に出て行った。
「やっと終わったなー。
なあ、ツバサは寮か?」
「そうだよ。テルも?」
「ああ! なら一緒に帰れるな!」
「そうだね」
ふと後ろを見ると、
ヴァルトの姿はもうなかった。
「あれ?あいつ、いつの間に帰ったんだ?
早いなー」
「……本当だね」
廊下を歩きながら、何人かとすれ違う。
視線が、少しだけ集まる。
「なあ、ツバサ。寮ってどこだっけ?」
「確か、あっちだったと思うよ」
「迷子になりそうだな、この校舎」
「初日だし、みんな同じだよ」




