7.異世界での冒険譚
ティナの家の貸してもらっている部屋の扉を開けると、やはりアリストがいた。メモアプリのミッションがまた一つ進んでいたので、アリストがいるのは予想がついていた。
『初仕事お疲れ様!いやぁ、あんな倒し方をするなんて思わなかったよ!』
「見てたの?」
『当たり前じゃないか。楽しいものは長く付き合いたいからね!』
アリストの言うことも理解できなくはない。俺たちだって、楽しくなければゲームの世界一を獲るなんてしなかっただろう。
だが、そのゲームの対象が俺たちなのはいただけない。
それでも、アリストはこの世界の神様で、俺たちは操作されるキャラクターの一体に過ぎないのだ。
『だから、君たちがもっと楽しくなるようにミッションも作っておいたんだし、目標が分かっていいでしょ?』
「……白たちは、最後のミッションが終わったらどうなるの」
白の質問に、アリストは少し考える仕草をしてこう言った。
『そのときは僕が君たちに「もとの世界に帰りたいか」を訊くよ。帰りたかったら帰すし、帰りたくなければ、この世界に満足するまで居させるつもりだよ』
「途中で帰りたいって言ったら?」
『それだと面白くないから、原則拒否かな』
アリストは一区切りついたところで、ふわりと地面から足を離して宙で足を組む。
『さて、おしゃべりはこのくらいにして、君たちの願いを聞こう!』
「いきなりだな」
『こっちも予定があるからね。たまには急ぐよ』
「なんだ、忙しいのか?」
『もちろん』
神様の予定……なんだろう。スライムみたいな敵を増やして依頼を増やすとか、だろうか?
「まあ、何でもいいや。とりあえず今回はお金だな。少し余裕がほしい」
『レールガンの精度でも高めるのかい?』
「いや、単に多くほしいだけだ」
『ふーん。まあ、いいけどね』
気がかりな反応を示したアリストは、光る玉を呼び出し、その内の一つを前回と同様、物へと変える。
『今回は二人に20シルバーずつ渡しておくよ』
「ゴールドじゃなくて助かる」
「そうだな。シトロニでは使えない可能性が高いからな」
俺の願いは終わった。白は神様に何を願うのだろうか。
「白は……」
白は…?
「装備がほしい」
装備?別に魔法使いはどこからでも魔法を出せるじゃないか。
「本当にいるのか?」
「冒険者ギルドに杖持った人いたから」
それは本当にいるのか?何かしら効果はあると思うが、白ならもっと頭脳的に物を頼むのだと思っていた。
『白ちゃん、よく気がついたね!あれは魔力の消費量を減らしたり、魔法の制御を助けるものだからね、冒険には必須なんだよね!』
なんだ、すごく大事なものじゃないか。
ん?いや、待てよ?
「おい、ちょっと待て。なら、なんで俺たちに先に渡さなかった!?」
アリストに問い詰めるも、アリストはやれやれと言いたげに手振りをする。
『君たちがまさかあの依頼を受けるとは思ってなくてね。本来あれば「自分たちのミスは誰かがカバーしてくれる」ってことを表そうとしてたんだよ?スリーヤって人が帰ってくるときに設定してあげたのに。
元々、君たちが受ける予定だったのは、迷いの森とは反対側の森でスライム3匹の討伐だったんだよ?』
神様、少しご乱心。それも仕方ない。神様の思い描いたルート通りではなくなって、神様も少し焦っているのだろう。
「でも、面白かったんだろ?」
『そうだけどさ、もっと後に予定してたミッションも同時にクリアされて、こっちも調整が難しいんだよ!』
「アリスト、本音が漏れてる」
『おっと、失礼失礼。それで、白ちゃんは装備を願うんだね!』
アリストの確認に白はこくりと頷く。
最終確認を終えたアリストは、再び光る玉を呼び出し、今度は三つの玉を変える。
三つの玉は次第に形を作っていき、三つのそれぞれの物へと変わった。
『よし、できた。これも二人分にしておいたから、今度は壊さないように使ってね!』
「あれは仕方なかっただろ」
アリストが作り出したのは、ミレイナが貸してくれた剣と盾、剣士用のヨーロッパ系の鎧、そして、魔法使い用の三角の帽子と、足が完全に隠れるほど長い服。
「ん、ありがと」
『どういたしまして!それじゃあ、僕はまた上から見てるから、二人とも、この世界を楽しんでね!』
「へいへい。今度は俺も、ちゃんとほしいものも考えておくよ」
『おっ、じゃあ、僕は予想でも立てようかな!じゃ、またね!』
アリストは光に包まれ、昨日と同様、姿を消した。
白はずっと移動や話をしていて疲れたのか、ベッドの上でまるくなり、すぐに「すぅ。」と寝息を立てていた。
なんせ、昨日の夜に誰にも見つからないようにシトロニから出て、森で魔法の実験をしていたのだから、疲れるのも無理はない。
というか、メガスライムは昨日の夜の俺たちが原因で出現したのだと思う。
~昨日の夜~
……これは、ただの実験だ。
誰にも見つからないように村から飛び出して、森にいたスライムに向かって魔法の練習をする。
「大体の魔法は試したか」
「うん。本にあった魔法はできた」
「後はその応用か。土魔法なんかは材質から変えられるみたいだな」
「土以外でも、作れるのは実証済み」
さすがは白。気になったことはどんどん終わらせて、気づけばこなしている。俺よりいろいろ優れている白、昔からずっと俺の自慢の妹だ。
「にぃ、そろそろ帰る?」
「ああ、いいけど、この石みたいなのどうする?」
「固めて置いておく…?」
「そうするか」
計15個のスライムの魔石を固めて置いておき、誰かに気づかれる前に、家へと戻った。
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あの15個の魔石をこう、ガチガチに固めたら、今日拾った巨大スライムの魔石の大きさと同じくらいになるのでは?
日が傾き、白の顔に陽光がさしている。もうすぐ夜になる時間だ。
「…………暇だな」
やることがなくて暇だ。メモアプリのミッションにでも目を通しておくか。
どれどれ……
・装備(武器)を手に入れよう 達成!
・始まりの村・シトロニで依頼を一つこなそう 達成!
・メガスライムを一匹倒そう 達成!
・始まりの村・シトロニの領主、冒険者ギルドマスター、商業ギルドマスターと話してみよう
・冒険者ライセンスのランクをDにしよう
・?????に行こう
・?????で依頼を一つこなそう
……。
ここから下はほとんど「?????」ばかりでよく分からない。分かるのはせいぜい冒険者ライセンスのランクを一段階ずつ上げたものくらいだ。
ミッションを一番下まで見ていくと、最後にあったのは、「?????を倒そう」だ。
何かを倒せば、俺たちは無事、元の世界に帰れるわけだ。
「はぁ、もう少し見せてくれてもいいんじゃないか?」
「楽しんでるのに?」
「うおっ!?」
白はてっきり寝ているのだと思っていたが、そうではなかったらしい。急に話しかけないでくれ。心臓に悪い。
「白、寝れない。にぃも、寝る?」
「はいはい。お兄さんも眠くなってきました~」
「にぃ、やさしい」
白はベッドの上で転がって、俺が入る隙間を開ける。空けたスペースをぽんぽんと叩き、俺が寝転がるのを待つ。
白が甘えてくるのはそんなに多くないので、こういうチャンスは逃がさない。
ベッドの上で仰向けになり、右腕を白の頭の下へ潜り込ませる。
「俺はずっと側にいるから、白はちょっと寝ておけ」
「うん。にぃも、ちゃんと寝ないと、だめ……だ、よ……」
「分かってるよ。ありがとう、白」
もう寝てしまったか。それほど白は疲れていたらしい。魔法は案外体力を使うらしく、役職を魔法使いにした白は、俺以上に魔法を使うので、特に白の体調管理は徹底しなければいけない。
明日からは王都の行き方でも考えるか。なんだか俺も白につられて眠くなってきた。まあ、帰ってきたミレイナが起こしてくれるだろう。
よし、今日はもう寝るか。
「おやすみ、白」
「んぅ……」
タイミングよく白が寝言で返事したことに少し嬉しさを感じつつ、意識を手放した。