5.異世界での初仕事
森を進むこと数十分。白の記憶を頼りに、昨日いたところへと向かっている。
「なんか静かだな。もっと暴れてると思ってたが……」
「にぃ、ストップ」
「了解」
白の指示通り、足を止めて奥を見渡す。
特に何もなさそうだが…?
「いた」
「どこだ?」
「あの水みたいなの」
白が指差すのはどこからどうみてもただの水溜まりのようなもの。
いや、待て。これまでに水溜まり……いや、濡れた草すらなかった。
スライムが擬態している?
「白は攻撃が来ないところから魔法で。俺は接近できるなら接近戦をする」
「ん、ヘイトは任せた」
ざっくりとした作戦を立て、俺は木を壁代わりにしてスライムに近づく。スライムは俺に気づいていないらしく、少し音を立てるくらいでは見向きもしない。
白に合図を送ると、白の火魔法がスライムめがけて飛んできて、水溜まりのような表面に命中する。
スライムはさすがに気づいたらしく、水溜まりのような体の形状を変え、よく見る丸い姿になった。
……こいつは、予想以上にでかい。目の前で比べると、俺よりもかなり大きい。
白にヘイトが向かないように、スライムに剣を振った。
だが、もちっとした感覚に剣は弾かれ、思わず体勢を崩しかける。
……これは、剣では太刀打ちできなさそうだ。
巨大なスライムは丸い胴体を少し潰し、一部を針のように尖った形にして伸ばしてくる。
用意していた盾で防いだのだが、針は盾を貫通し、持ち手のやや左上を腕くらいの大きさの水色の針が貫いた。
「マジかよ!」
穴の空いた盾をアイテムボックスにしまって、その場から離れながら火魔法を放つ。
放った火魔法はスライムの表面に当たるものの、威力が低いからか、少し表面で広がっただけで消えてしまう。
いつの間にか白がいるところまで下がってきてしまったらしい。
「にぃ!」
「白!この作戦は無理だ!こいつには剣が入らない!」
「……にぃ、考える時間がほしい」
「分かった!」
白はしっかり考えるときには動かなくなる。それは、白の頭が考えることにリソースを全て使うことで、体を動かす余裕がなくなっているのだ。
ゲームの中でもいきなり止まって動かなくなったり、壁に向かって走っていたりすることがあった。それよりは今回のように事前に教えてくれるとありがたい。
俺は白を抱え上げて、スライムが見えるのを維持しながら走る。
スライムの針は木を容易く貫通し、何度も針が貫通した木は倒れてしまう。そのため見通しはいいが、環境破壊は好きじゃない。
スライムは針以外にも触手のような腕を使って攻撃してくる。
「にぃ」
「なんだ!」
「スライムは、燃えるよね?」
「そりゃ、昨日燃えてたからそうだろ!」
「ん……なら、一つ案がある」
木をスライムが貫通する時の音や、木が倒れる音が騒がしい。しっかり白の案を聞きたいので、とりあえず一度スライムの攻撃を止めたい。
「にぃ、白、降りる」
「ああ、分かった」
俺の腕から降りた白は、一枚の銀貨を取り出す。
「にぃ、爆発、好き?」
ああ、なるほどな。
「大好きだ」
白はその答えに、いたずらっぽく笑った。
白からの次の作戦は、なかなかに酷いものだ。協力者が俺でなければ、誰もこの作戦は実行できないだろう。
「白は土魔法に雷魔法、火魔法を同時に使うから、にぃは少し離れてて」
ちなみに土魔法は土を作り出すのはもちろん、硬度を高くしようと思えば素材を変えて作るので、一応金属の生成も可能である。ただし、魔力の消費量は大きく増える。
また、雷魔法は魔力の消費量に比例して、威力も増減する。一瞬だけ魔力を流すこともできるし、魔力があれば長い間流し続けるのもできないことはない。
土魔法で銀貨の通る金属のレーンを造り、雷魔法で射出する。簡易的なレールガンのようなものだろう。
無論、俺が離れる方向はスライムの方だ。
このスライム、接近戦をすると止まって攻撃してくる。その止まったタイミングをわざと作るため、俺は再び鉄剣をアイテムボックスから取り出し、スライムへと走る。空いた片手にはやかんを持って。
「よし、いくぞ、白!」
「ん、チャンスは一度、成功させる」
剣は弾かれる。なら、突き刺せば問題ない。もしかしたら弾かれるのではないかと思ったが、難なく剣は刺さった。だが、抜けない。
一度剣をアイテムボックスにしまって、その場を離れる。
予想通りスライムは体を潰して針攻撃をしてくる。
針に向かってやかんを放り投げると、水色の針はやかんの底を貫き、本体へと戻っていく。
やかんごと針が本体へと戻っていく。俺は針が戻るであろう位置を予想して、ある程度離れたところから跳び、白の土魔法の上に盾を召喚して、それを足場にする。
疑似空中ジャンプを決めた俺は召喚した剣をスライムに、やかんごと突き刺す。やかんの底は貫かれた後で穴が空き、剣はしっかりとスライムへと刺さっている。
剣が引っかかって落ちないやかんの中に、カップ麺のゴミを二つとも投げ、俺はスライムの体を蹴り、その反発でスライムから離れる。
「白!」
宙返りで視界が逆さまだが、白を見つけて呼ぶ。
……どうやら時間稼ぎは成功したようだ。
白は土魔法で造り出したレールガンに雷魔法を流し、銀貨が飛ぶ直前にだけ、火魔法を射線にいくつも並べる。
「外さない…!」
俺が地面に足を着けた瞬間、とてつもない光と音と共に銀貨はレールガンから射出され、射線上の火魔法を潜りながらやかんを巻き込みスライムへと当たる。
その瞬間、スライムの表面にはとてつもない熱と光が発生する。
「やかんと剣はアルミがあるから、ある程度のテルミット反応の効果が得られる」
「なるほどな!説明はいいが、ここ熱いぞ!?」
「にぃ、白も連れてって。動けない」
「なにぃ!?」
再び白を抱えて、少し熱さがマシになるところへと離れた。
白はどうやら魔力の使いすぎで、一時的に動けなくなったらしい。なので、今もなお燃えているスライムが見えるところで、楽しく会話を広げていた。
「それにしても、よく思いついたな」
「猫耳を着けたときに、持っていたものの成分まで見れたから、そのときに見た。それで、剣とやかんには比較的多いアルミニウムが含まれてた」
剣は内部がアルミニウムだったらしく、そのため軽くできていたらしい。やかんは熱伝導率の高いアルミニウムが多く使われていたそうだ。
「そうだったのか……いや、待てよ?剣もやかんは俺の方に入れていたよな?」
「あれ……じゃあ、このアイテムボックス……」
「「共有…?」」
知らなかった。だが、そのおかげで今回の作戦は実行できたのだ。
だが、かなり損失が大きい。銀貨一枚は摩擦熱で焼失、一つしかなかった(俺たちにとっては)貴重なやかんはテルミット反応で融解、ミレイナからもらった剣も消失。カップ麺のゴミは……いらなかったからいいか。
というか、カップ麺の汁を飲まない派の人間で良かったと今さらながら思う。
汁に含まれた油を高速で射出された銀貨の摩擦で高温にして発熱・発火させ、さらにカップ麺の容器の溶解。そして、金属の加熱による温度の上昇、さらに水蒸気熱で爆発的な温度上昇。最終的にテルミット反応が始まる約900度へと引き上げた。
テルミット反応による熱は、周囲の森を焼き払うことになったが、あのスライムを倒せたのだから許してほしい。
……あ、でも、あれを生み出したのは俺たちか。まあ、許せ。
ともかく、スライムは倒せた。そろそろ焼き終わった頃だろうと思い、周りの木に付いた火を水魔法で消して、最終処理へと向かう。
昨日の魔石より一段と大きい魔石をしっかりアイテムボックスにしまい、今度こそ全て終わった。
「よし、白。動けるか?」
「にぃ、おんぶして」
「了解。道案内は任せるぞ?」
「うん」
白を背負い、白の道案内で村へと戻る。道中で薬草を見つけたので、ティナに何が作れるか聞くため少しだけ摘んで帰った。