1.異世界での荷解き
最近の流行は異世界転生ものだそうだ。
彼ら、彼女らは異世界に転生して何を求めるだろうか。
元の世界に戻ること?いや、違う。こんな世界には戻りたいとも思わない。
ならば、転生した先の異世界を統べること?いや、自分の手にしたところで、だ。それが楽しいと思うか?
俺の回答は一つだ。ゲームのような楽しい経験をする。そして、満足したら帰る。
なに?前の二つと変わらない?
馬鹿言え。全く違うだろう。
一つ目は帰ることが目的だ。楽しむことを目的にしている俺の考えとは違う。
二つ目も世界を統べるのが目的で俺の考えとは違う。
俺は楽しみたいのだ!腐敗したこの世界に、楽しさを持ち帰るために!
「にぃ、うるさい」
回転チェアに座っているのにもかかわらず、俺を見向きもせずに言葉を放つ少女。
「なんだ白!お兄様に向かってうるさいとは!」
「事実。静かにして」
「……スミマセン」
まったく、可愛い妹だ。このツンの裏にはデレが……
「ない。変な妄想ばっかりしてないで手でも動かして」
「……ハイ」
目の前のモニターに視線を戻し、俺たちが1対1のゲーム内で迎え撃っている相手、名前は文字化けしていて読めないが、かなり強い。
ゲーム内では、ソード、ハンマー、ウィッチの3種類の役職を1ラウンドずつ操作して戦う。多く勝てば勝ち。簡単なルールだ。
役職の順番は事前に決められるが、有利不利は無いので基本変えることはしない。よって同じ役職同士の戦いになることが多い。
ただ、役職ごとに専用コマンドがあり、それを駆使しなければ一方的に攻撃される。
第一、このゲーム自体はプレイヤーが少なく、マッチングする相手はよく見るネームばかりで、誰なのかも大体分かる。
なので、見たことがないネームだと初心者が来たのが分かる。
初心者はある程度同じ開発元の他のゲームで動作を知った上でこのゲームに乗り込んでくるのだが、このゲームは一味違う。
開発元の他のゲームはVRで、プレイヤー自身の動きをトレースして遊ぶものになっている。世間の評価は癖が強くて人気は低い。という評価をよく見る。
「フレイムの次に、3メートル先、28度右にメテオ、その8度左にもう一度フレイム」
「あいよ!」
対戦は第3ラウンド。白に指示されるまま体を動かし、相手は一度目のフレイムを避け、メテオの予定地点ギリギリ手前で足を止める。
「残念だったな!新入り君!」
最速で入力した二度目のフレイムは直撃し、体力の少ない相手ウィッチは倒れる。
モニターに見慣れた『You win!』という表示がされ、戦いは2対1で勝った。
ようやく俺の方に体を向けた白は、やはりというか、頬を膨らませている。
「もぉ、にぃがハンマーのときに遊ぶから余計に時間かかった。絶対白のラーメン伸びた」
「相手が強かったからな。楽しいのは長い方がいい」
明らかに呆れた顔をする白は、椅子から降りてテーブルに置いたままのカップ麺を取りに行く。
「にぃはいつも……え?」
「どうした?」
言葉を詰まらせ、久しぶりに焦った様子を見せる白に思わず訊く。
白はさっきまで座っていた椅子の奥、パソコンの画面を指差して固まる。
なんだ、と思ってパソコンを見ると、見慣れない黒の背景に加え制限時間が書かれ、その数字も減っていく。その下には『異世界に持っていくもの10個まで』と書かれ、欄が用意されている。
俺がプレイ用に使っていたモニターには『You win!』と表示されたままで、秒数も砂時計も表示されていない。
「なんだこれ…?」
「あと30秒…?もぉ、白、ラーメン食べたいのに」
白は手に取ったカップ麺をテーブルに置き、パソコンに戻り欄に文字を入力していく。
白が十個目の欄を埋めると同時に、パソコンの画面が光り始めた。
「え、なに…!?」
「なんだ!?」
強くなる一方の光に耐えきれず、思わず目を閉じてしまった。
『ようこそ!僕の世界へ!』
そんな声が聞こえた気がした。
急に目の前が暗くなった。いや、目を閉じているからか。
目を開けると、見えたのは木の枝から生えた葉っぱ。……より先に、先に俺の上に乗った白の髪が視界を覆い尽くしていた。
白を落とさないように上体を起こし、周りを見渡す。木が地面から生え、どこを見ても奥まで続いている。
膝の上には目を擦る白。そして、正面の木の日陰に置かれた謎の袋。
「白、大丈夫か?」
「んぅ、白は大丈夫。でも、ここは…?」
『ようこそ!僕の世界へ!』
聞いたことのある声。それは白も同じらしく、キョロキョロと周りを見渡す。
『こっちだよ~?ほら、上だよ上』
「上?」
「にぃ、あそこ」
白が指を差す方を見ると、木の枝の上に腰かけた少年のような人型の生物がいた。
人型は木の枝から飛び降りて、俺たちと少し距離を取ったところに着地する。
『いやぁ、驚いたよ。僕が負けるプレイをする人間がいるなんて』
「……お前は誰だ」
『僕はアリスト。神様さ。それと、はじめましてだね。蒼くん、白ちゃん』
「どうして俺たちの名前を知っている?」
アリストとかいう神様は『知っているからね』と答える。
なんなんだこの神様?まるで意図が分からない。
白に視線を送り、何を考えているか訊くが、首を横に振るだけだ。
仕方ない。本人に訊くか。
「どうして俺たちをお前の世界に連れてきた?」
質問を待っていたのか、アリストは口角を上げて、顔の前で手を合わせた。
『よく聞いてくれた!僕が君たちを呼んだ理由はね!僕が作った世界を楽しんでほしいからだよ!』
意味が分からない。なぜ俺たちが?
『君たちには10個もほしいものを用意させたんだし、僕の世界を大いに楽しんでくれると嬉しいな!』
楽しむ、だと?
『じゃあ、僕はそろそろ行くね!』
「なっ、おい、待てよ!」
俺の制止を無視して、アリストの実体はだんだん薄くなっていく。
『楽しみにしてるよ』
その言葉を残して、アリストは完全に姿を消した。
すると突然、日陰に置きっぱなしだった袋の口が開き、中に入っていたものが飛び出してくる。
「な、なんだ!?」
出てきたものは全て見覚えのあるもので、どうやら先程白が入力したものがこれらだったのだろう。
一つ目、木刀。昔から家にあったものだ。名前らしきものが彫ってあるが、長年放置されていたからか凹凸が削れて読めない。
二つ目、サバイバルナイフ。カバーもついていて安全。使ったことはないので切れ味は知らない。多分果物くらいは切れると思う。
三つ目、アイテムボックス二つ。紐で腰あたりに付けられて、小さくて邪魔にならないもの。白が入力したのは、『なんでも入るアイテムボックス』らしく、試しに拾った長めの木の枝を入れると、大きさを無視してアイテムボックスに格納された。木の枝を出そうとアイテムボックスに手を突っ込み取り出すと、大きさが元通りになった木の枝を取り出せた。
いつでもしまえて、いつでも取り出せるようだ。
四つ目、五つ目、蒼と白のスマホ。入力時に『二人のスマホ』と入力したら、分かれて欄を二つ埋めたらしい。
六つ目、七つ目、手回し発電器と、太陽光発電ができる充電器。どこでもスマホが充電できるとは限らないので、どちらもあった方がいいだろう。異世界は電波が通っていないため、必要かと言われれば微妙かと思う。
八つ目、食糧(3日分)。食糧と入力したら3日分までしか駄目だったらしい。ただしカップ麺である。
九つ目、やかん。お湯を沸かすため、らしい。火はその辺の枝でも折って集めればいいだろう。
そして、最後は……
「あれ?終わり?」
「最後は『異世界で必要な能力』。話の内容が分からないと根本的に詰むから」
「さすが俺の妹!頼りになるなぁ!」
「……うん」
デレた。普通に褒めるとデレるので、たまにはこうやって白からしか得られない栄養素を得るのもいい。
白は頭を撫でられ嬉しそうにしていたが、さすがにお腹が減ったのか、ぐぅ~、と腹の音を出す。カップ麺食べ損ねたしな。
「カップ麺食べたい……」
「しゃーないか。ちょっと待っててくれ。枝を集めてくる」
「分かった。他は準備する」
分担作業ですぐに水と枝は集められた。
白が木刀で地面に穴を数ヶ所開け、土を取り除いてやかんが落ちないくらいの穴を作っていた。その下に木の枝を適当にばらまき、準備は完了だ。
というわけで、火をつけなければいけない。
白が摩擦熱がなんたらと言い、助言通り枝を回していると火がついた。木刀でつついて火種を落とし、下の木の枝に引火する。
空気が通る穴は塞がないように穴の上にやかんを置くと、ガスより時間はかかったものの、やかんの水は沸騰したらしく、カップ麺の容器に流し込む。
「おぉー」
白の歓声と共に2人分のカップ麺(シーフード味)が完成した。箸は木の枝をサバイバルナイフでいい感じにカットし、水洗いしたものを代用する。
「「いただきます」」
一口啜ると、労働の後だからかいつもより美味しく感じた。
「「うま…!」」
白のおかげで異世界でカップ麺が食べられるのはありがたい。在庫が少ないのが少し心許ないが、こればかりは仕方ない。
カップ麺を食べ終わり、今度は実験をすることにした。臭いはアイテムボックスの中にも反映されるのか、という実験だ。実験に使うのは俺のアイテムボックスとサバイバルナイフ、カップ麺のゴミ二つ。
「それじゃ、いくぞ……」
アイテムボックスからサバイバルナイフを取り出すと、特に臭いはしない。続けてカップ麺のゴミを出すと、こちらはとてつもなくシーフードの臭いがした。
どうやら、アイテムボックスの中は区分されているようで、強烈な臭いが他の入れたアイテムには干渉しないらしい。
「ゴミ運搬もこれで困らない」
「いや、ずっと入れておくのはかなり嫌だぞ?」
「にぃに任せる」
「おいっ。まあ、いいけどさ……」
出したゴミとナイフをもう一度アイテムボックスにしまうと同じくらいに、白が何かに反応した。
「にぃ、誰か来てる」
「人か?」
「……分かんない」
俺と白は背中合わせになり、全方位を警戒する。
心地よい風が木の葉や草を揺らし、あらゆるところから擦れる音が聞こえる。
聞き耳を立てると、一際大きな音を立てる存在が一つ。
慌てた様子でこちらに駆け寄ってくる女の子は、走りながら確実にこう言ったのだ。
「た、助けてください!」
と。