婚約破棄されるほどの悪行ですって? まったく身に覚えがないんですけど!
※コロン様主催『酒祭り』企画参加作品です。
「──これらの行状により、我、王太子リシャールはエイバル侯爵令嬢マリーダとの婚約破棄をここに宣告する!」
先ほどから王太子殿下は何を言っておられるのでしょうか?
今日は、若手の貴族令息令嬢が集まる舞踏会。その和やかな空気をぶち壊しにして、あんなに声を荒げるだなんて。
何やら、殿下やその側近たちが、私が周りの人に対してものすごくひどい仕打ちをしたとかを数え上げておられたんですけど、意味がわからな過ぎて、内容がまったく頭に入ってきませんわ。
なぜって──!
「お待ちくださいませ、殿下! まるで意味がわかりません!
先ほどから言っておられるそのお話の一から十まで、私には何一つ身に覚えがございませんもの!」
「──なあ、もう観念した方がいい、マリーダ」
私の傍にいたフォルカス兄様が、私の肩を叩いて語り掛けてきます。
「証人もあんなにたくさんいる。もうお前が覚えているとかいないという問題じゃないんだ」
何ですって? 兄様までもが、あんな連中の肩を持つって言うんですの?
いったい何が起こっているの? 皆で口裏を合わせて、寄ってたかって私を悪女に仕立てあげようとするなんて──ああ、『冤罪』ってこんなふうに作られるものなのですね。
「もうよい、フォルカス。マリーダに引導を渡すのは、やはり婚約者であった私の役目だろう」
そう言って、王太子殿下が壇上からゆっくり降りてこられます。
ああ、殿下。怒った顔もやはりお美しい。私がこんなにも心からお慕いして、后になるための教育にも必死に取り組んできたというのに、どうして私にあらぬ罪をかぶせようとされるんですの?
「マリーダ。はっきり教えてやろう。
お前が私たちの告発に、まったく覚えがないというのも無理のない話だ。
それは──お前がそれらの騒ぎを起こした時には、完全に泥酔して前後不覚に陥っていたからだ!」
え? ──ふ、ふふふ。殿下、ついにほころびが出ましたわね。
「お生憎様ですわ、殿下。その作り話にはかなり無理がありましてよ!
私が生まれた時にご加護をこうむった守護神はディアノール神、豊穣と酒を司る神なのですわ!
その庇護のもとにある私が、泥酔するとか前後不覚になるとか──酒に負けることなどあり得ません! そのような言いがかり、ディアノール神に対する冒涜ですわ!」
「お、おい、マリーダ。違う、お前は勘違いしてるんだ。お前の受けたご加護というのは──」
はぁ? 兄様、今さら何を言ってるんですの?
私の守護神がディアノール神だということは、家族だけじゃなく神殿の神官様たちまで、誰もが知っていることではないですか。
それが間違いだとか──何でそんな見え透いた嘘をついてまで、私を貶めたいんですの?
ひどい。あんまりです。
もう、こんなの呑まなきゃやっていられませんわ。
くいっ。くぴっくぴっ──ぷっはー。
『ああっ! しまった、酒瓶を隠し持ってたぞ!』
『急いで取り上げるんだ!』
ほおら。何だか賑やかになってきた。やっぱりお酒を呑むと、心が晴れやかになるわねー。
『近衛騎士団、殿下をお守りしろ!』
『駄目だ、それより逃げるんだっ!』
何だかまわりががやがやとうるさい。なにをいってるのかわかんないけど。
「マリーダが受けた加護は『酒に強くなること』じゃない、『酒で強くなること』なんだ!
しかもあいつは重度の酒乱だ! 手向かいしても絶対に敵わない、急いで避難しろーっ!」
なんだか、よくわからないことばでキーキーないてるゴブリンがいるわね。にいさまの声ににてるから、よけいにイラッとするけど。
もうひっぱたいてやろうかしら。えいっ!
──あはは、いっぱつでのびちゃったわ、きもちいいー!
ついでにそのまわりのゴブリンたちも──えいっ! たあっ!
ゴブリンってたいしたことないわね。わたしでもここにいるゴブリン、ぜんぶやっつけちゃえそう。
あ、のみのこしのお酒はっけーん! のみのこしなんて、ディアノール神へのぼうとくよね。わたしがかたづけなきゃ。
くぴっくぴっ。くぴっくぴっ。ぷっはー。
ほーら、心もからだもかるくなってきた!
さあ、ゴブリンなんてぜーんぶやっつけちゃうわよ!
あははは!
あははははははは──。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
──目が覚めたら、私はゴトゴトと馬車の長椅子の上で揺られていた。
向かいの長椅子に座る兄様も、両脇の騎士様たちも全身傷だらけで、むっつりと黙りこくっている。
もしかして、身を呈して私をあの陰険な連中から守って逃げてくれた、とか──?
「あ、あの、兄様──」
「何も言うな、黙れ」
兄様の声は恐ろしく冷たい。
「国王陛下からお前へのご沙汰が下された。お前をこのままガンドロー修道院に連れていく。そこで終生の謹慎だ。当然、殿下との婚約は破棄された」
「お待ちください! 兄さ──」
「黙れと言ったはずだ。まったく、殿下だけでなく、国王陛下にまであんな無礼極まりない仕打ちを──その場で首を刎ねられなかっただけでもありがたいと思うがいい」
兄様、ひどい。まだそんな冤罪を──。
もう呑まなきゃやってられませんわ──って、あれ?
「ふふん、残念だったな、マリーダ。お前が隠し持っていた酒はすべて取り上げさせてもらった。
これからは修道院で、死ぬまで酒と縁のない暮らしを送って反省するがよい」
そ、そんな! ディアノール神の加護を受けた私に酒と縁を切れだなんて──それは神意に背く悪行でしてよ?
こんなの呑まずにいられるものですか。
幸い、これは我が侯爵家の馬車。ええと、この座るところと背中のクッションの隙間に──あった!
ごそごそ、かぱっ。くぴっくぴっ。ぷっはー。
「ああっ、若様! お嬢様があんなところに酒を隠して──!?」
「い、いかん! みんな、すぐに馬車を降りて逃げろ!」
あははは、ゴブリンたちが逃げていくわ。
さあ、今度は鬼ごっこね。にげられるものならにげてごらんなさいな。
あははは。
あはははははは──!