夢日記1
私は世間で話題の大型プールに訪れていた。気乗りはしなかったが、複数の知り合いに誘われて断れなかったのだ。
プールの外には脱衣所などなく、靴を置くための扉もない靴箱と、古い汚いロッカーが1つあるだけだった。私はいつの間にか水着になっていたので、とりあえず靴だけをロッカーの中に入れ、プールに入った。
錆だらけの扉が音を立てて開く。
中は異常なほど広く、水は異様なほど深かった。どうやって水を堰き止めているのかわからないが、扉から中に入るとそこはすぐに水で、休憩するために上がる場所などはなかった。
深さは数十mなどでは収まらないだろう。その底までウォータースライダーが続いていたり、温泉が設置されていた。また、広い空間に対して照明は弱く、薄暗く不気味な雰囲気を醸し出していた。
私は潜水の経験などないが、潜れる気がしたため水に潜ろうとした。しかし水は弾力性でもって私を拒否した。その時、近くを泳ぐ知り合いの女が声をかけてきた。
「レーザーのプールを通るのよ。そうしたら水に潜れるようになるわよ」
振り返ると、そこにはジャングルジムのような格子状のゲートが設置されていた。格子の中には赤いレーザーが通っており、それが所々で左右に振れている。
私は、あの間を通るなどとんでもない!と思った。なぜなら格子のサイズは小さいし、レーザーはとても速いスピードで動いているからだ。レーザーのない格子もあるが、そこではダメなのだという。それでも、私はレーザーを通るのは断固拒否をした。
その様子を見た女は、仕方ないな、という風に自らレーザーの格子を通り抜けるところを私に見せようとした。私は女など見ておらず、格子のレーザーにそっと手を伸ばした。
私はレーザーの格子の間を通るのは絶対に嫌だったが、体が切断されないのであれば頑張っても良いと思ったのだ。後ろで女の声がする。私はレーザーに触れた。
バチッ!っと鋭い音がして指が跳ね返された。痛みはない。どうやらレーザーは何かを切断するものではないらしい。これなら頑張れる……と思っていた時。
「20時です」
プールの扉の開閉を担う無愛想で大柄な女が声をかけた。何故だか私は急がなければならない気がして、扉の方に一目散に泳ぎ出した。
その予感通り、女はまだ客が残っているのにも関わらず、唯一のその扉を閉め始めた。誰がいようと、閉めるのは20時なのだ。それは変わらない。
私の前にいた女がまだ開いている扉から外に出た。私が扉に辿り着く頃にはほとんど閉まっていたが、その僅かな隙間に手をかけ、無理矢理にこじ開けて、なんとか外に出ることに成功した。
外には相変わらず、簡素な靴箱と汚いロッカーがあった。
私は靴を取るためにロッカーに近付き、ロッカーの鍵を持っている女が扉を開けるのを待った。鍵は回ったが、扉は途中までしか開かず、鍵が違うのではないかと、ちょっとした騒ぎが起こった。鍵が違うのであればそもそも開かないはずだが、その時には正常なことに思えた。
鍵を持つ女はプールの中を探すといい、周囲にいた何人かがそれに続く。私も続こうかと思ったが、なにせプールは異常なほど広く、異様なほど深い。そこから小さな鍵を探し出すなど不可能に近いし、何よりプールは20時をもって閉められた。中に入ることは可能なようだが、中から出てくることは不可能だ。入れば二度と出てこれないだろうという予感がした。
結局、私は数人の女を見送り、ロッカーの前にとどまった。ふと後ろを振り向き、間抜けにも半分ほど口を開けたロッカーを見る。私はそこに手をかけ、力の限り開いた。
バキッ!っという金属音がし、ロッカーは開いた。鍵が合っていないのは確かだが、ロッカーを開くことはできたのだ。私は、プールに入った数人の女はもう戻ってこないだろうという思いを持ちながら、自分の靴を取った。
靴を取り、後ろを振り向くと、その景色は随分と変わっていた。白地に金で装飾された美しいショッピングモールが広がり、私はその壁に取り付けられた、汚いすのこの上に立っていた。遠い向こう側にある対面の壁にもすのこが取り付けられているのが見えた。何の変哲もない壁に無造作に取り付けられており、その上に靴箱が置かれている。すのこに上がるための階段などはなく、一体どうやって取り付けたのか、そもそも自分はどうやってここに上がったのか、全くわからない状態だった。
対面の壁に取り付けられたすのこの位置から見て、地面から自身の立つすのこまでは数十mはある。それを意識した瞬間、私の立つすのこがぐらつき始めた。
私の立つ場所は対面の壁の場所とは違って取り付けたものではないらしく、2〜3枚のすのこを重ねて積み上げたものらしい。数十mの高さに達するには明らかにすのこの数が足りないが、私の立つすのこと下に敷かれたすのこ、その下には不思議な空間があり、その不思議な空間の上にすのこが重ねられていた。
私がぐらつくすのこの上で靴も履けず、高所から落ちる恐怖によって怯えていると、プールから出てきたのだろう、濡れた髪と体をした女たちがすのこの外側で楽しげに話していた。先ほどプールから出ることはできないと言ったが、この女たちがプールから出てきたというのには確信があった。夢とは実に不思議で矛盾に溢れているものなのだ。
「ねぇ、貴方、どうしてそんなに怯えているの?」
女の1人が私に話しかけた。それに私は叫ぶように答えた。
「だって、こんなに高いところにいてどうしろっていうの?降りることを考えなきゃ。でも怖いから怯えているの!」
「そう、そうね……」
女たちは私の返事を聞くと、自分たちの足元を見つめた。女たちはすのこの外に立っていた。自分たちが何もない空間を立っているのを認識した女たちは、そのまま落下していった。
それを見届けた私は、すのこが随分と下に降りていることに気が付いた。家の2階ほどの高さ、いや、もっと低い。これなら降りることができると思った私は着替えに持っていたブラジャーを繋ぎ、そっと地面に足を下ろした。
降りたそこは、薄暗いが活気のある珈琲店だった。外は雨が降っており、店の雰囲気をより一層暗くしていた。
「ねぇ、何をしてるの?」
話しかけてきた男は、数年前に爆発的に流行したアニメのキャラクターによく似ていた。
「高いところから降りてきたの。怖かったけど、もう安心だね」
「へぇ、でも、それは?」
男は私の腹部を指さした。見ると、そこには包丁が突き刺さっており、いつの間に着ていた白いブラウスを血に染めている。
「大変、病院に行くから。じゃあ、またね」
「そう、そう」
男は女の姿に変わっていた。女はぶつぶつと呟きながら私に刺さった包丁に手をかけ、それを引き抜こうとした。
「待って!触るな!抜くな!やめろ!やめろ!」
包丁は女の手によって抜かれ、私は腹部から大量の血を流し、そこで意識は途絶えた。