編集者3
そんなボソボソと会話する女子達を先生は注意しようとせず、ただ淡々と自分の業務をこなすマシーンのように出欠確認を続ける。
「はい、今日は全員いますね……そうだ夏野くんと根原さんは、昨日の早退から特に体調に変化がありませんか? わたしに連絡くれた藤宮さんに感謝してくださいね」
……本当に藤宮のおかげだったみたいだ。楽しみすぎて学校のことなんて忘れていたけど、生徒がホームルームにすら現れていないとは連絡の1つは来るはずだ。
「……」
俺は先生の言葉には耳を傾けていたが、特に反応を示すことなく後方から突かれる視線を考えていた。藤宮と会話していた女子だろう、この懐疑心溢れる視線は俺をそう思わせた。それは痛いほど懐かしい物で、あの大人しそうな夏野がこんなことしたの……という言葉のセットとともに思い出させる。
数席後ろから俺のところまで聞こえてくる、特別耳が悪い人でなければ藤宮周辺の席では変なアップデートのされた俺の情報が出回っているはずだ。
「ね? ちゃんと私のおかげで助かったでしょー? ……って早く友達申請してよー」
ホームルームが終わり担任がいなくなった教室で、後方から何かを覗かれるような形で声が聞こてきた。空き時間を潰すためにちょうど開いたスマホにRineが写っており、そのアプリを熟知していると思われる藤宮は少し覗くだけで全容が分かるんだろう。
「どうしてですか」
「どうしてってねー。んー、やっぱり? 同じクラスメイト同士は仲良くしたいじゃん、そうだよね夏野くん」
今までは避けてきた……というより俺を良いネタとして扱ってきたくせに、なぜ馴れ馴れしい態度を取れるんだ。俺の肩に置かれた手は、制服越しでも分かるおぞましい体温と感じさせられドクリと心臓から送られる血液が聞こえた気がした。
「じゃあ、それ貸してよ──キャッ」
「……!」
急に手から冷たいモノが触れた。触感より遅れて目から情報が入った……藤宮が俺のスマホを操作しようと、さも当然のように手にかけてきた。熱いものを触れる冷たいものを触れると、その対象から離れようとする脊髄反射の如くソレを俺は振り払った。
自分が拒絶されたことにビックリしたのか、そんな藤宮は教室中に響くけたたましい嬌声を爆発させた。それとともにスマホが俺の手元から離れ、片隅へと飛んでいった。
「……あ、あ」
まだこの作用は終わっていなかったのか。人の嫌になまめかしい体温へ酷いトラウマを持っている事象は……
教室内の全視線は俺に、藤宮に集中してシーンと静寂が覆われている。さっきの騒がしかった教室はどこに行ったのか、もうその姿は見えず聞こえなくなっていた。
「あーごめーっん、急に後ろから脅かしてごめんね? ただの事故だから皆そんな怖い表情しないでよー。喧嘩じゃないからー!」
「……」
彼女が一呼吸置いてそう発言すると、教室はまたいつものような活気と乱雑さを取り戻した。この舞台を独壇場のようにし、風が流れたらカーテンは揺れるかと当然であるように場を整えた。怖がられている先生が授業を開始する前の指揮と似ていると思わされた。
「はービックリした。ほらスマホ、ちょっと割れちゃってるな」
右前方に飛んでいったスマホは、その近くに座っていた男子に拾われ俺に届けられた。爽やかそうな見た目と声は少し焼けた肌から運動部だと推測できた。目線を差し出されたスマホに向けると手も健康的に焼けており、家に引きこもりの蒼白さが透ける俺の手と違う。
この男の手に触れないように慎重にスマホを受け取った。改めて画面を見ると左下がクモの巣状に小さく割れている。その箇所を触れてパラリと落ちるガラスフィルムは、自分自身の悪辣さを示しているように見えた。
「……ありがとう」
「ああ! そんくらいの割れは気にすんなよ、俺なんかバッキバキだかんな!」
快活そうな彼は、ズボンの右ポケットから先程の割れた画面より凄まじい惨状を見せつけてきた。操作出来ないのではという疑問も出るほどでいた。
「ねっ、今のも私のおかげ。中学の頃よりはマシな生活でしょ? それ入れておくだけでお得だよー?」
じゃあねーと、後ろに伸ばし棒をつけて藤宮は自席へ戻っていったようだった。
『夏野、さっきのノートさちょっときになるところある。主人公の言い回しなんだけど』
『えおかしい所あった? どんな所?』
多分、というか絶対アレが聞こえていて気遣っているんだろうな。授業が始まる寸前だと言うのにわざわざ返信をくれるなんて。
『嬉しい出来事のあとだって言うのに妙に空元気っぽい』
ポンと現着したメッセージは鐘と同じく鳴った。1時限が始まる直前、目にしたメッセージはどうしてなのか俺の心に突き刺さって痛い。空元気なのは俺が書いた主人公だったのか、それとも人になりたがっている俺が浮ついている感情なんだろうか。
机の引き出しにしまう際、指先がザラッと何かに引っかかる感触がした。親指の爪との間に小さなガラス破片が挟まって、苦しそうに窮屈そうにそこにいた。
(……藤宮と向き合わないといけない)
既読が付いてしまったスマホと、少し硬めの素材でプリントされたQRコードを一緒の位置にしまって、アイツに友達申請をすると決意した。過去と未来、そして今をちゃんと目で見て、口で会話するという決意を。
「きりーつ、礼、ちゃくせーき」
日直がつまらなそうに、言葉をただ垂れ流すだけの号令。対して国語担当の先生は、適当な号令が日常と思っているのかそちらも適当に授業を開始した。
開けっ放しになっている窓から流れる風は元気に吹く。周辺の生徒は髪を揺らし、うざったらしそうに髪を抑える者もいる。学びの1日とは思えない相応しくないそれらだった。
「再来週は……いや今日は金曜日なので、もう来週にはテストですから最後のラストスパートかけていきますよ」
カッカッカ、あまり耳心地は良いと言えないチョークと黒板がぶつかる音が響いている。ふと隣を見ると、真剣そうに黒板を眺める根原さんの姿があった。机の中に眠る問題を隅において、俺は根原さんの頭は良い方なのかとどうでもいい疑問を抱いていた。




