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編集者1

 スマホから鳴るピピピピのアラームは耳障りな音声だ。起きるはずなのにまた二度寝してしまう人もいれば、普段の俺のようにアラーム音が響く前にそれを止める人もいる。でも今日の俺の部屋からはアラーム音が鳥の鳴き声とともに鳴り響いていた。


「昨日のことは夢じゃないよな……よかった夢じゃない」


 昨日の出来事は変な夢じゃなかった。脳を刺激する周波数を止め、Rineを開いて現実だったんだと把握できた。猫のアイコンの根原さん、それが俺のアプリにいたからだ。

 遅れなかったまた遊ぼうのメッセージ。下の送信ボタンが俺にまるで送ってやれよと問いかけているみたいに見えたが無視し、既読の付いた俺の一言だけのメッセージは勇気の象徴のよう。


「おにーちゃん起きないんなら入っちゃうよー……早く起きないと入っちゃうけど良いのー?」


 30分ほどそのままでいると、部屋の外から義妹の凜華(りんか)の声が聞こえてきた。小さな声で何かを譲歩するような諦めているような小声、でもどこか寂しそうな顔が俺の脳裏に浮かんでいた。いつもだったら誰より早く起きてご飯も食べずに挨拶もせずに学校に行く俺、不安なんだろう……でも今のところはただ疲れて、ベッドでダラダラしていただけなので申し訳ない。


「起きてるよ、おはよう」


「えっ! お、おはよ……」


 明るくおはようと言った俺が不思議だったのか、いつもと違いえらく弱々しい返事がこちらに来た。全く想像もしていなかった妹の姿に、俺は意図せず笑っていたようでそれまた彼女にとって不思議そうな表情で1階へ向かう俺を見続けている。


「ぜ、絶対おかしい……熱出てる?! それとも今日が金曜日で嬉しいだけ……?!」


 階段元まで聞こえる大きい声の凜華はいつもと同じ。熱は測らないと分からないけど、金曜日で嬉しいのは当たっている。でも本当の理由はおそらく違う。

 階段を降りてUターンし食卓へ、いたのはお義母さんと今朝作ったばかりの様々な食事たち。朝はコンビニに寄って買い食いしたり、そもそも食べなかったりする栄養とは段違いな愛情が見て取れた。


「そのさ、その……明日から俺の分を用意してもらってもいい?」


 高校に入ってからの日々はバイト代からパンを買っていたりしていた、だから目の前の白米とおかずはせいぜい2人分になっている。昨日ここで食べたハンバーグが俺の口をここまで軽くしたのだろうか、そんなことを考えると少しだけ小恥ずかしいような気がしてきた。


「もちろん……! 今からでもって、まだ私の話終わってないわよ!」


 自分の感情なんて、とうの昔に捨ててきたと思い込んでいた。でも分かる。今の俺は顔を赤くしているということくらい……言うだけ言って玄関に飛び出した!


「行ってきます、お父さん」


 俺のそう言いながらガチャンと音を立てて扉を閉めた。誰にも聞いてほしくなかったけど、口に出すべきだと考えたからわざとらしく忙しく扉を鳴らした。気分屋で孤高()な読者が読者であり続けてほしい、そんな決意を亡きお父さんに聞かせたい決意だ。いつもの通学路はちょっとだけ景色が違ったように思える。



 通常より30分遅く学校に着いたけどやはりいたのは1名のみ。開けっ放しの窓から入る風と太陽が黒板といくつかの席を照らし、照らす太陽は根原さんの髪をより綺麗な色彩を描き続ける。

 タッタッという擬音で合っているか定かでないけど、彼女の指先からはそんなタップ音が聞こえた。その教室にはノイズとなる物は一切存在しない。


「……ね、根原さんオハヨウゴザイマス」


 俺はそんな祇園を崩していた。昨日のように受動的でなく、昔のように全てを諦観し受け入れるのでなく。


「……は?」


 昨日の出来事はまるで無かったかのような、教室にある温かい風と真逆の冷たい返事を彼女はくれた。それに対して俺はずっと手に持っていた体温の残ったネタノートを広げると、根原さんはなんとも微妙そうな表情でこちらを向いている。


「書いたんだ。最初は君に見てもらいたい」


「別にいいけど……私達ってあんな挨拶交わすような間柄だっけ」


 俺の願いは聞いて恐る恐るノートを受け取ってくれたけど、その代わりに妙にトゲのある返しを彼女から渡されてしまった。


「……どう?」


 開いたノート4ページ分に書かれた文章を根原さんは、ペラペラと(めく)ったり戻ったりを繰り返してその都度に眉間に寄っているシワがより濃くしていた。その様子はハッキリとしている大きな目と相まって、触れてはならない美しい毒花『クリスマスローズ』なんて印象を(いだ)かせた。


「良いんじゃない? なんか文体がいつもと違う感じだけど、それが良い味になってる」


「文体……変えたつもりないけど、どう変わっているの?」


 俺は感受性が豊かな人間ではない。だから何かに影響を受けて自身の文章を変えてしまうのは絶対にない、それに連載中の小説で文体を変えて読者に出さないようにと意識して書いていたはずだ。

 そのような思考を張り巡らせている俺をよそに、根原さんは蛇口から流れる水みたいに冷たく勢いよく言葉を乗せてきた。


「昨日はプロット?ていうのか、そんなやつをノートに書いていたよな。なんで急に全文をノートに書いてきたんだ?」


 そうだ、よく考えてみると俺は文章自体をノートに書き記すようなことをしていなかった。100文字程度の文章を何十個も書き、それぞれのパーツを組み立てパソコンに打ち込むスタイルだった。


「……あれ、そういうえばそうだった……どうしてだろ」


「そんなん聞かれても知らん」


 隣り合う席、俺は椅子と身体だけ根原さんに向けて意味のない無駄な質問を投げていた。対して根原さんは流れる風に髪なびかせただ正面のノートを眠たそうに眺めて言った。その姿を少しボーっと見ていると、彼女は急に思い立った表情でニヤニヤしながら俺を見つめる。


「へへっそんなマッドロに打撃するような質問されてもな……!」


 ニヤつくに留まらず、俺に聞こえる声量で笑いながらそう言った。それはニヤつくと表するよりニチャついたへばりつく笑みでいた。


「わざわざ小説と絡めずに普通に意味のない質問って言えばいいのに……ぷははっ」


 マッドロは俺の創ったキャラクターだ。mud(マッド)という泥の英語に泥を単純に繋げただけのキャラ。その名前の通りに泥の能力持ちで、ほぼ打撃が効かないという分かりやすいもの……俺は時折、意味のないことを小説の中で『マッドロに打撃』と表現していた。

 自分がちょっと気に入って使っていた作中の言葉、それが今まさに読者(猫さん)が使っているとはなんて嬉しいんだろう……彼女の笑いに対応して俺もまた人目を気にせず笑っていた。

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