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2人の悪者3

 ポンとスマホから音が鳴り、スマホを除いてみると友達になったという知らせが届いたみたいだった。


「アイコン猫なんだ。小説のユーザー名も猫だったし猫好き?」


 すると根原さんは曖昧な返事で、あぁまあと気怠げに言ってきて眉間にシワを寄せていた。なにか複雑な事情でもあるのだろうか? そう思うと気づけば視線は下を見てしまっていた。


「私の名前知ってるでしょ。それの頭を引っ張ってきただけ……単純とか言ったら許さない」


 俺と向かいに座る彼女の方向を再び向くと、耳まで赤く染めた根原さんがいた。目を合わせようともせずそっぽを向いたまま、かぁぁっと吹き出しも現れてきそうなほど綺麗な染まり具合でいた。

 彼女は恥ずかしがっているけど、俺もユーザー名は名字からだしなあ……慰めになるとは分からないけど頭を悩ますものだユーザー名は。


「俺も同じようなものだし……そんなこと言わないよ」


「そっちより断っ然こっちの名前が凝っているけど? ナツってなんだよ、個人情報さらけ出しすぎじゃない!」


 どんぐりの背比べと言うべきか、五十歩百歩と言うべきか。どちらも本名から由来しているなんて似たもの同士だ。俺に至っては名字の半分以上を後悔しているから百歩の方は俺だろうな。


「……はぁ、そんなことよりあの子嫌な感じだったなー。藤宮だっけ? 結構楽しく話してたのに、気分最悪になっちまったよ」


 根原さんがこういうことを言うとは想像もしていなかった。俺が思っていた彼女は、なんというか崇高な人で確乎不抜(かっこふばつ)な自分を通し周りを気にしない強い人だと考えていた。

 でも俺が思っていた偶像とは違い、根原さんはただの普通の人間なんだなと改めて実感した。俺も根原さんとの会話が楽しく思っていたし、それを邪魔した藤宮がいつもより疎ましいという感情が湧いていたんだ。


「藤宮さんは俺のことが嫌いなんだよ……昔、あの人の反感を買っちゃったから」


 俺が直接的に藤宮をどうこうしたわけではない。ただ夏野が藤宮を泣かせたのは嘘の告白をされた、という噂が中学に入った頃広まっていて、彼女の人気者という箔に傷がついてしまったことがある。とは言っても、それで俺が擁護されたのは数週間ほど。

 その後俺に残ったのは上塗りされた別の噂と、俺を忌み嫌う人気者の座をイチから作り上げた藤宮だけだった。憶測でしか無いけど、藤宮が俺の虚偽の噂を広めた人物だと思っている。


「ふ~ん。ま、悪者同士だけは仲良くいこうぜ」


 彼女は俺に何か聞きたそうにしていたが、それ以上のことは聞こうともしなかった。その姿は、俺の記憶に残り続ける父親とそっくりで、傍にいてくれる心強さと照らし合わせていた。

 

「もうこんな時間? 根原さん、そろそろ帰る?」


 手に持っていたスマホから現在時刻を見ると、19:30を過ぎようという時間だった。ほぼ意味をなしていない俺の門限まで残り30分だ。確実に門限まで間に合わないだろうな。


「……根原さん?」


 2度問いかけても根原さんは返事をせず、自身のスマホを目を飛び出すほど見開いている。ガタガタとスマホを握る手震わせたままで、なにかを諦めたような顔つきでいた。


「ヤバい。姉さんから電話めっちゃ来てる。悪いけど、早く帰る!」


 そう言うと根原さんは、ガタンと音を立て椅子を置き去りにして1階へと向かおうとしていた。そんなに姉さんが恐ろしいのか、脚をバタつかせて全速力で走る様子が見えた。確か……あと3分くらいで電車来るみたいだけど、間に合うのか?


「次の電車は……っと10分後か。荷物もあることだしゆっくり向かおうかな」


 スマホはひどく便利な電子機器だ。少しの操作だけであらゆる情報が手に入るし、どこの電車に乗れば良いのかすぐさま教えてくれる。

 早足で歩く人、ねたねた歩く人、足を引きずって歩く人、様々な足音がある駅内。根原さんがいない事実は周りを見渡したことで分かった。よく間に合ったな。


 キッィィーー


 電車が到着し駅内にいる人たちの足並みは同じ方向を向き、降りるものは早く降りろとそう伝えているようだった。現在時刻は19:40。降りてくる人たちはスーツか学生服に身を包んでいる者が多数で、顔見知りがいなければ良いけどと思いつつ電車に乗り込んだ。


「……根原さんからか」


 ピコンと通知音が鳴ったスマホ、俺は立ちながら片手で確認する。散々遊んだせいかスマホを確認するために下を見る行為さえ首が痛かった。こういうのが名誉の負傷とでも言うのだろうか。

 内容はたったの二言だけで、ありがとうとごめんという端的なメッセージ。もう少し文頭に何か付けたほうが良いんじゃないのか?


『こちらこそ今日はありがとう。とても楽しかった』


「これで合ってる……のか? もっと何か加えるべきかな?」


 パソコンのタイピングは得意な方だがスマホでのフリック操作は苦手だ。つり革を持つのを辞め、足腰に力を入れてなんとか耐えながらメッセージ入力。


『また一緒に遊ぼう』


 先程送った返事にこれも送ろうか迷う……人先指がスマホの上をさまよっている。送信と書いてある場所と、削除の場所をぶらぶらと歩いている。どうしようかとさまよっていた内に、時は流れて目的の駅まで着いていたみたいだった。

 結局俺は二言目のメッセージは送れなかった。多分車掌のアナウンスで気持ちが落ち着いたからだと思う。



「……ただいま」


 久しぶりに言った帰宅時の返事。『悪者』に成り下がった快楽は、俺にそんな言葉を口にさせる力があるらしい。


「おかえり健! うん、おかえりなさい……!」


 お義母さんは玄関先で嬉しそうな、とても柔らかい顔で何度も何度も噛みしめるように言い続けている。お義母さんの顔を正面で見たのは久しぶりだった。疲れ切った頬は少し垂れて、髪は暗めの茶髪に染めているみたいだ。お父さんが好きな女性を初めてまじまじと見ていた。


「……」


 それ以上の言葉は言うことが出来なかった。妙に嬉しそうに涙を浮かべているお義母さんを置き去りに、俺は冷蔵庫へご飯を食べに向かうことにしてみた。普段だったら、自室で食べていたでも、今日だけはちょっとだけ気が向いていたみたいだ。


 冷蔵庫を開けると、少し目がチカチカする光と好物のハンバーグが目に入った。何の変哲もないただのおかずだった……でもほんのちょっぴり心は躍っているみたいで、皿に手を伸ばす速度がいつもより早かったような気がした。

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