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2人の悪者2

「おお」


 キョロキョロと周りを見渡してみる。雑貨屋さんになんかよく分からない韓国語の店、近所の本屋と比べるのが失礼なほどたくさん置かれた本たち、オシャレな雰囲気の服屋さん。多くの情報がそのショッピングモール内にあった。


「……はぁ、誰かと来たことないのかよ。もう少し外の世界知ったほうが良いんじゃないのか?」


 誰かと来たなんて言ったら、それはもう小学生の記憶まで遡ってしまうだろう。それ以降はネット小説に打ち込んでいた。たまにお父さんが俺を部屋から引き出して、知る人ぞ知る秘境の地で釣りをしていたぐらいだろう。

 今は精神的に落ち着いているけど、ちょっと前なら人の目が気になって仕方なかったかも知れない。どうせ俺のことなんて誰も気にしていないはずだけどな。


「ま、いいや。ゲーセン行くからさっさと明るい顔しろよ」


 そう根原さんはどこかの方向に指を差している。男の俺と違って細い指先の向こうにはエスカレーターがあった。利用している人は誰もいないようだった。


「……ねえ根原さん、どうして急にこんなところに来ようって思ったの? ただ遊びに来たかっただけ?」


「あー、気分だ気分。あとはサボり仲間が欲しかっただけ」


 エスカレーターで移動しながら俺は後ろに立つ根原さんに問いかけていた。半分の身体だけ後ろに反り、いつでもエスカレーターから降りる準備をしてチラッと見る。問いかけられた根原さんの瞳には俺の姿は写すことなく、そっぽを向いたように左から見える1階を見つめていた。

 その様子はこれ以上は聞くなと、暗に伝えているように思えた。俺は彼女の暗黙命令に従う限りでそれ以上は聞かなかった。


「よし着いたな。そういえばお金のこと何も言わなかったけど……夏野、今どのくらい持ってる? ってそれより財布持ってきてる?」


 今更すぎるだろ。だが俺は変な高校生なんだ、常にポケットに財布を忍ばせている男だ。……単純にリュックサックに入れておくと盗まれるリスクがあるからだけど。リスクというより実際、教室に置いてたとき1万円取られてニヤニヤしてる男女グループがいたんだけどね。


「まあ持ってるけどさ、んーと……2万円持ってきたっぽい」


 ぽいっていうのは俺の記憶力が悪いんじゃなくて、お義母さんが勝手にお小遣いもどきを財布に入れてきているから確定していないんだ。月に1回、1万円札が勝手に増えているから俺の価値というのはそれなんだろう。


「ほーなるほどな、じゃあ5千円でとてつもない豪遊を教えてやろう。着いてきな」


 根原さんはブレザー&ジャージという、イマイチ格好のつかない姿で自信満々かつ大胆に俺を案内してくれた。俺が学ランで下がジャージなら、とんでもない酷さだっただろうけど……根原さんはちょびっとだけ似合っている。


「モデルみたいだね、なんたらコレクションに出てきそうな服装で」


「変な格好って言いたいわけ? 私だって着たくてこれ着てるんじゃないの」


 周りにあるUFOキャッチャーには目もくれず歩く彼女は、どこに向かっていると言うんだろうか。俺が煽ったと思っているのか、だんだんと足取りも早くなり歩調は小走りへと変わって、それから俺の感情さえも高まるものを感じた。


「なんだかゲーセンって、楽しいような気がしてきた」


 そこまで広くない会場、もうじきこの小走りは終わってしまうんだろう。それが終わる前に彼女に自分に湧き上がるナゾの感情を伝えて走る。前で率いる根原さんの顔は全く見えなかったけど、その声は少しだけ楽しそうにそう思った。


「はっ! まだ始まってないだろ!」


 その後は並んでいる人のいないUFOキャッチャーをして流行り物のぬいぐるみを取ったり、お菓子の山崩しをしたり、俺が好きなアニメキャラのフィギュアを取って遊び呆けた。5千円、交友の少ない俺にとっては大金かどうか分からなかったけど、こんなに満足できるものなのかと驚きだった。

 今は戦利品片手に、いろんなお店の並ぶフードコートというところにやってきた。俺に遊びを教えてくれた根原さんは自販機でジュースを買ってくるとのことで、取ってきたぬいぐるみを見ながら今日のことを思い返してみた。


「根原さん相手なら……」


 気づかず言っている独り言は人がまばらなフードコートに届かなかったみたいだ。この猫のぬいぐるみを取るとき、俺と根原さんは2人で協力プレイをした。俺がアームのボタン操作をし、もう1人はショーケースを横から見つつ降ろす位置を伝える共同作業。

 アーム位置は何度でも変えられる機械だったから、もう少し手前!もう少し奥!などの会話が非常に楽しかった。たかがボタンをカチカチと操作していただけだったのに、彼女の反応が大きいもので心が妙に温かみを帯びていた。


「なにニヤニヤしてんだ。ほら夏野の分」


「うわっ冷たい!」


 気づけば目の前に根原さんがいた。話しかけられたと同時に頬に冷たい感触が渡った。コトンと2つの炭酸飲料の缶が置かれ、一方は俺の近くに寄せられている。ヒンヤリとした頬を撫でて、ちょっと痛くなった表情筋を確認してみた。最近の俺は妙な行動ばかり起こしているみたいだ。


「……で、どうだった。学校サボるのもまあまあ楽しかったか?」


 プシュと缶を開ける音とともに聞こえてきた彼女の声。


「『悪者』になっちゃうのも悪くないね。いろいろと楽しかったよ」


 俺の口から出ていたのは人の顔色を伺う言葉じゃなくて、スッと出てきた本当のホンネだった。独り言の続き、信じられるまでは根原さんに言えなかったけど単純な感想は伝えられて良かった。


「ふん、そうだろそうだろ。ゲーセンが趣味というのも変だけど外界の趣味は持っておけ」


 ごちゃごちゃの遠回りな言い回しは、彼女の書く恋愛小説の特徴だった。それを言う根原さんの様子は少し面白おかしく見えて笑いそうになった。


「あの……そのさ、えーと『悪者』同士で連絡先交換しない? その、まだ俺サボり方分かんなくてさ。無理なら別に良いんだけどさ!」


「ほお、へー。お前相手なら良いだろう」


 そこでスマートに友達申請出来ていれば格好は付いたかも知れない……けど、俺は友達申請も追加も初めてで全く分からなかった。入れてあるだけのRineというアプリを開いてみたが、どこをどうすれば理解不能だった。


「えーっと、あれ? あの根原さん、もうちょっとだけ待ってて……」


 この歯車みたいなマークを押すのか? それともこっちの人っぽいマークなのか……!?


「焦んなって、Rineだろ? 私がちょちょいとやってやるから」


 ケラケラと嘲笑したような表情で、彼女は俺を見つめてスマホをパッと取り出してなにやら素早くスワイプとタップを繰り返しているようだった。


「……私も分からないや。ブラウザで友達のなり方調べようぜ」


「分からないくせして、どうしてやり方分からない俺を見下す目つきだったの?}


 ぱっと見は友達の多そうな根原さんでも出来ないことはあったみたいだ。


「うっさいバーカ……ほら早くこのQRコード読み込めって」



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