2人の悪者1
「あれー、夏野くんと根原さんってそんなに仲よかったっけ?」
その声が聞こえたとき、この教室は凍えるような寒い風が通った感覚になった。自然に生まれた風というより、悪意から出で立ったかまいたちのようだ。
「藤宮さん……隣同士なんだからそれなりに会話すると思いますけど」
「えーっ、なんか私には冷たくない? ほらほら昔仲良かったじゃん、タメ口で行こうよ」
俺が彼女から感じたものは悪意しかなかった。そうだ鮮明に思い出してきた……人を見下し試すような俺を哀れむような目つきだ。嘘の告白された相手がどんな対応を取るんだろうか、そんな見下げ果てた藤宮にとって俺は最高の獲物だったんだろうな。
「あなたと仲良く遊んだ記憶なんてありません」
そんな俺と藤宮の口争いを、根原さんはただただつまらなそうに見定めていた。俺はいつまで経っても子供なんだと、そう自覚させられるほど根原さんは冷淡だった。
藤宮が1つ言葉を言えば、俺はそれをまた1つ返す。小学生の頃から変わらない意地っ張りな俺でいた。
「ふ~ん、ま良いけどねー。悪い噂の2人が一緒なんて悪魔でも召喚するつもり?」
余計な口添えを入れつつ彼女はどこかへ向かっていった。……確か、別クラスで付き合っている人がいるんだっけな。どうでもいい、考えないで小説に集中しよう。
「……なあ夏野、大丈夫か。顔色がずいぶんと悪いみたいだけど」
カリカリ、シャープペンシルの音が止まらない。嫌な記憶を書き出すかのような、その感覚で自分を吐き出している。未だ机のくっ付けたままの根原さんの心配をもろともせず書き出していた。
気が狂う寸前とはこういうことなのか。そのように感じるまでに脳に、神経に酸素が行き渡らないまでノートに齧り付いていた。いつも心地よく感じた教室に流れる風音も聞こえないくらいに、ただ一点に人生の意味を注ぎ続けていた……意識を失うまでに。
「おい夏野! おいおい、チッとりあえず保健室か!」
目を開けると白い天井と隔離されたように下ろされているカーテン、そして無言で俺を見つめる根原さんの姿だった。彼女の明るい髪色と天井の照明が重なり、いつもと雰囲気が違ったように見えた。
「……根原さん?」
そう俺が声を掛けると、根原さんは目を見開いて驚いた表情から一転。すぐさま見る者突き刺さるばかりの顔つきに変わってしまった。
「夏野……お前! はぁクソッ」
舌打ちしながら睨みつけるその様は、目の前の人物を殴ると言っても過言でないほど。
「ここって保健室? ごめん根原さん」
「お前創作者なら体調管理くらいしろよっ! 風邪流行っているんだから気をつけろよ」
そう言いながらせっかくセットしたのだろう髪の毛を、ボサボサにしながら頭を抱える根原さん。風邪か……いや、これは俺の精神的な問題だ。クラスで流行っている風邪とは違うと思う。
「ああ、ごめんそうだね……」
今後も回復できないだろう問題のせいか、心配する彼女へイマイチ芯食った回答を投げることができなかった。そんな俺に対して根原さんは伏し目がちにまたため息を付いていた。
「……おい夏野。私達が『悪者』って呼ばれているの知っているか?」
「え、ああうん」
急に彼女は突拍子もないことを言ってきた。その衝撃度はなぜこの保健室には俺たち2人しかいないんだという疑問と、どうしてこんなにも目の前の根原さんは親切なんだろうという感情を消し去るほどのパンチ力だった。
「じゃあ学校サボったことあるか?」
「……え?」
なんていう急展開だったんだろう。俺が学校をサボったことのないマジメ君と分かった瞬間、根原さんは学校を飛び出し近くのショッピングモールまで行こうと提案してきた。なんて頭のおかしい奴なんだ。
……ま、そんな人の提案に乗った俺もおかしいか。
「やっぱ平日だと人少ないな、なあなあゲーセン行こうぜ。悪者なら当然だろ」
20分ほど電車に揺らされ彼女は呑気にもそう言った。たしかに電車に乗っている人少ないけど、なんというかもっと気にすることあるんじゃないのか?
「ゲーセン、行ったこと無いな……根原さんよく行くの?」
苦虫を噛み潰したような表情で根原さんは、まあうんと歯切れの悪い回答を俺にかけた。何かしらの事情があるんだろうか、あまり聞かないほうが良さそうに見える。
「じゃあ俺よく知らないからさ、着いたらゲーセンについて教えてくれない?」
ガラガラの車両、友達とも言い難い俺たちは少しだけ隙間を空けて隣同士に座っている。揺られつつ向かいに見えた田舎臭い景色を眺め、彼女に目を向けずに話しかけた。たぶんその理由は緊張と不安、学校から抜け出し誰かと遊ぶという息抜きのせいだと思う。
「しっかり教えてやっから小説に活かせよ?」
「……俺ファンタジーしか書いてないから無理だよ」
長年いなかった友達。もし何事もなく今日まで生きてこれたなら、こういうことが友達って存在なのかなと柄にもないことも考えてしまっていた。疲れているのかな。
ガタン。大きく揺れる電車と俺の視界に広がる景色、激しい揺れだったからか隣の根原さんと接触してしまった。
「おっ駅に着いたな。さっさと行くぞ」
接触事故から数分、彼女は特に何も反応は示さなかった。それより早くゲーセンで遊びたい欲の方が強そうに見えた。
俺は先程の事故、かなり緊張モノだったんだけどな……なんて思っていたのもつかの間。駅のホームから出るとすごくでかい建物があった。ショッピングモール初めて行くけどこんなに大きく広いものなんだ。
「なんかすごくでかいな」
自分でも笑っちゃうくらいの田舎者の発言が飛び出して、それを不愉快そうに根原さんは目を細め俺を見つめた。
「かっぺかよお前」
時間は10時。絶望的に学生服の似合わないときだが、俺たちはショッピングモールへと足を運んでいった。明るい髪の彼女は上はブレザーで下はジャージという、少々奇怪な格好だったけど雰囲気から美というオーラが漂っている。