藤宮3
ガラララと俺は扉から音を出して入室した。理科室の科学的な匂いと対象的な、変に甘い空気感がそこにあった。
「おっ彼氏くんの登場!」
理科室へ入ってきた俺に慣れなしくも誰かが肩を組んできた。あの爽やかそうな男子が乗せてきた腕から、少し焼けた肌が目に入ってきた。
「んもー、夏野くんにそんなだる絡みしないでよー」
「そりゃみんなのアイドルこと藤宮が、付き合ってる相手がいるなんてこれは祝わないといけないだろ!」
俺の全ての感情が不愉快なものに上塗りされていく気分だった。多分だけど、絶対的に自信がある。藤宮がまた何かをやってきたんだと。
この空気は体感したことがある。真逆の対応だったけど、あの場には藤宮もいて俺を面白がって遊んでいた中学時代のある日。
「夏野くん、バラすつもりはなかったんだごめんねー? なぜかこの隠し撮りが落っててさー」
オドオドとしている態度の藤宮は、自分が属していていた女子グループから離れこちらに向かってきた。申し訳なさそうな困り眉と、少しうつむき気味な様子は俺が責めている側と思ってしまう程でいた。
さらにペラり、ある1枚の写真を手渡して彼女はウソ泣き。ヒックヒックと顔を一切見せる事なく泣いているように見せている。
「まあまあもうすぐ授業始まるし、夏野も席着こうぜ」
理科もとい科学には準備が必要なのか、教科担当が少し早めに授業開始のためにゴソゴソと作業を始めだした。それを何かの合図のように、周りのクラスメイトらは次々と自席へと戻ろうとしていた。……俺と藤宮を除いて。
「……なにさー、私の仕業だと思ってるのー? ふふっまあアタリだけど」
彼女はうつむいたままだった。だけど下ろしていた前髪から透けて、睨みつけるような鋭い眼光が差している。そして小声で俺を脅し、威圧を込めた言霊は悍ましく生きているようであった。
今一度、その問題の写真を見てみると……確かに手を繋いでいる藤宮と俺の写真だった。それも仲良さそうに一緒に歩いている様子だ。
(俺はコイツとこんな風に歩いた記憶はない。異性と手を繋いで歩いたなんて……昔のときの義妹や、鹿取もか……?)
始まりの鐘が鳴るのを席で待ちつつ、俺は手に持ち続けていた写真を見て思い馳せていた。世間という世界をまだ知らなかった頃の凜華は、家の居心地が悪くどこかへ行こうとする俺についていったんだ。俺が悲しいそうなのを察してか、俺より小さな手で引っ張って先頭を突っ切っていた。鹿取……中学生の話だったが、どこかで夜遅くまで勉強したとき帰り道に手を繋いだ思い出がある。
「──さて、皆さん揃っていますね。ちょっとだけ早いようですが授業開始としましょう」
鐘が鳴る前に授業をスタートさせようとする先生に、後方からため息交じりの声が聞こえてきた。その中にはつい先程も聞いた声も入っていた。
「えー、ほんとあの先生さー融通?が効かなくてキモいー。ねーみんな」
「そうそう、顔もなんか変だし」
「えっ、そそうかな?」
……あのグループでは聞いたことのない落ち着いたトーンの音色、気になって後ろに振り返ると寄せ集めのように端っこにいるポニーテールの女子がいた。あれは確か、よく1人ぼっちで本を読んでいる子だけど、どうしてそこに所属しているんだろう。
「あっ夏野くーん、そんなに見つめられると照れちゃう///」
「……」ペコリ
藤宮は俺の視線にすぐさま気づき、猛烈なコールで応えた……お前を見た訳じゃない。ポニーテールの子は、俺が見たと気づいたのか少し頭を下げるような仕草をしていた。それを横目にポニーテールの子に牽制するかのように身体を押し当てる藤宮が印象に残った。
キーンコーンカーンコーンと、早まった授業開始に遅れて鐘がやって来た。無性に気になってもう一度後ろをチラ見すると、申し訳無さそうな顔をし続けるあの子が見えた。
「……浜中さん。自分の席に戻りましょうね、いくらそこが空席だからって貴方が座って良い理由にはなりません」
浜中……? 誰だろうと周りを見渡すがそれっぽい態度を取る生徒はいなそうだった。
「はっはい、すみません。あのすみません、すぐ戻ります!」
少し焦ったような声は俺の後ろから聞こえてきた。それと少し籠もっているような含み笑いも聞こえて、またも藤宮に対して嫌な感情を抱きつついた。
「ふふ、もー浜中さんったらーいくら私達の傍にいたいからって、授業はちゃんと自分の席に座んなきゃねー」
教室中から陰った笑いが漏れていて、浜中という人物をただの玩具として見ているような気分だった。俺は騒がしい教室に妙な感情を思いつつ、前方にいる偉そうな態度の先生にバレないようにポケットからスマホを取り出した。
『藤宮さん、時間あったら放課後にあの公園で』
なぜだか指が震えていたせいでフリック入力が上手く行かない。それでも何度か書き直して、それを藤宮と置かれているメッセージボックスへと送信をした。通信状態が悪かったのかグルグルのマークが付いてけど……送れてしまった。
「……すみませんでした」
浜中さんの席は前方の方にあるらしく、その自席へ辿り着くまでに小さな声で何度もそう呟いていた。先生から、クラスメイトからの視線を浴び続けた彼女は席についた後も、小さく背を畳み方を縮こませてただただ呟き続けている。いつも休み時間に持ってきていた本を、今日だけは持っていなかった。
「はあ……まあ少し問題はありましたが、授業を始めましょう。はぁ……まずは昨日の復習と行きたいところですが、何人か私の授業を受けていなかったので飛ばします」
連続してため息を吐く先生は、根原さんの空席と俺を一瞥し気怠げに授業を始めていった。いつもは行う復習とは、その名の通り前回の授業内容の確認として隣とテストし合うというものだ。どうせ根原さんがいるときは、そんな露骨に嫌そうな態度取らないくせに……
『おーいいねー、今度こそは逃げないでよー? ナツくん』
「……」
マナーモードに設定した俺のスマホからのバイブレーション。周囲になるべくバレないように確認すると、藤宮と書かれた名前のメッセージが勝手に表示されていた。
ふと気になって後ろを寝たフリする腕の隙間から覗くと……スマホ片手にぶんぶんと大きく手を降る姿が目に入った。そんな人気者の姿を、俺を見下す教師も、嘲笑うクラスメイトも、誰ひとりと気にしていない。そんな彼女の眼は、隠れようとしている俺の目をしっかりと確実に捉えていた。




