表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

婚約破棄された悪役令嬢は、推しのモブ(実は王子)と幸せに暮らします

作者: まと

夜の屋敷で、銀髪の公爵は冷たく言い放った。

「アリシア、お前とはやっていけない。この婚約は無かったことにして欲しい」


私は精一杯、悔しそうな顔を作って見せた。

「……分かりました。では、私は失礼します」


玄関に向かって歩いて行く。

最後に、部屋を一瞥した。


公爵の横では、黒髪清楚系の女の子が微笑んでいる。

このゲームのヒロインだ。ぶん殴りたい気持ちを抑えて、扉を閉めた。


「よっしゃ、やっと婚約シナリオから抜け出せたぁぁぁ!」

そして屋敷を出て、嬉しさのあまり、夜道を駆け抜けたのだった。



私は乙女ゲームの世界に転生していた。

ヒロインではない。彼女に相手を奪われる悪役令嬢、金髪美女のアリシアだ。


アリシアはヒロインの恋を盛り上げるためだけに存在している。

この美貌も、資産も、家柄も、全てはヒロインを引き立てるため。


ゲームでは、この公爵ルートが最後。後はエンディングとおまけシナリオだけだ。

もう悪役令嬢の私は登場しない。つまり、自由に動けるのだ。


そうなると、目指す場所は、ただひとつ。

「あったあった。推しの家!」


かつてゲームをプレイしていた時、推しは名もなき男性だった。

台詞は朝・昼・晩の簡単な挨拶、三パターンだけ。


つまり、モブである。

でも、立ち絵も声も、超ドストライクだったのだ。



私はモブの家に押しかけた。木でできた、質素な一軒家だ。

「どうしましたか?こんな夜中に」


彼は今夜もかっこいい。シャツの下からは、たくましい腕がのぞく。

少しカールかかった豊かな黒髪。深いブルーの瞳。


「すみません、道に迷ってしまって……」

私は悲しい顔をして見せた。壁にかけてある鏡をちらりと見る。

演技は完璧、薄幸の美少女だ。伊達に5ルートを悪役令嬢として演じ切っていない。


「こんな若くて綺麗な方が、夜道を歩いていては危険でしょう。お入りください」

「でも、ご家族の方のご迷惑にならないかしら」

「ここには僕一人しか住んでいませんよ」


心の中でガッツポーズ。妻子持ちじゃなくて良かった。

攻略サイトに彼のことは載っていない。設定が分からないから、早速探ってみたのだ。


彼は微笑み、部屋の中へ通してくれた。

「だから美しい方の突然の訪問は、大歓迎です」


早速、フラグが立ってる?やけに早くないか?

はやる気持ちを抑えつつ、彼に手を引かれて、部屋へ入って行った。



ダイニングには趣味の良い飾りつけがしてあった。

テーブルに座ると、彼は温かいココアを差し出してくれた。


そういえば今は十月で、外は凍てついていた。

ココアを一口飲む。濃厚で美味しく、くたびれた私の血液となっていった。


「ありがとうございます。お名前をおうかがいしても良いかしら」

「ええ。エリオットです」

「私は……」

「アリシアですよね」


私は向かいに座る彼を、まじまじと見つめた。

彼のブルーの瞳は、いたずら好きの少年のように揺れた。


「え、どうして知っているんですか?」

「どうしてだと思います?」


彼はテーブル越しに、私の手を包んだ。

あたたかく、大きな手だった。


「アリシアのことを、ずっと好きだったからですよ」




エリオットはキッチンからクッキーを持ってきた。

それを皿に置き、テーブルの上に置いた。


「僕なんかが、手を出して良い相手だと思っていなかったんです」

「どうしてですか?」

「いつも勇者や貴族や公爵の方たちと、忙しそうにしていたから……」


それは、そういうゲームだからだ!

シナリオ通りに動かないと、悪役令嬢には処刑エンドが待っているのだ。


叫びたい気持ちを必死に抑えて、クッキーを口に入れた。

クッキーはバターがきいていて、とても美味しい。上品な味が口一杯に広がった。


それもそのはずだ。

キッチンに置かれた缶を見ると、超一流店のものだった。


「私は公爵に婚約破棄されて、ここに来ました」

「公爵は見る目がないな。こんな素敵な女性を捨てるなんて」


私もずっと好きでした。その一言は、舌の上で溶けていった。

今まで5ルートで恋愛騒ぎをしていておいて、今更だ。軽い女に見られたくない。


「いつも何かに一生懸命なアリシアは、本当に魅力的ですよ」


エリオットの笑みに、思わず涙が出そうになる。

悪役令嬢として、報われない日々を送っていた。生きるのに必死だった。


「ありがとうございます。私もエリオットのこと、もっと知りたいです。普段は何を……」

「良ければ、今夜は泊っていってください。敬語もいりませんよ」


あれ、質問の答えを避けられた?


エリオットは立ち上がり、空になったカップと皿を下げた。

私は違和感を押しやり、彼を手伝うために、慌てて立ち上がった。



二階に客間があり、そこへ通された。

ベッドとクローゼット、ナイトテーブルだけのシンプルな部屋だ。


そして最近、使われた跡がある。

まさか他にも女が……と勘ぐっていると、彼は言った。


「よく来る奴がいてね。男だよ」


まるで心を読んだかのようなタイミングに、私は驚いて顔を上げた。


「はは。顔に書いてあったよ。アリシアはかわいいね」


敬語からタメ口になったことが嬉しくて、うまく言葉がでなかった。

シナリオがないと、なかなか生きていくのが難しい。


「それか、この部屋は嫌だったかな。一緒に寝る?」

「い、いや。大丈夫!」

「冗談だよ。シャワーは突き当りにあるから、お好きにどうぞ」


彼はクローゼットからタオルやパジャマを取り出した。

私はそれらを見て、一流ブランドのロゴがあることに気が付いた。


さっきのクッキーもそうだ。

どうして庶民では手に入らない、一流品を持っているのだろう。


「あの、聞きたいんだけど。エリオットって、仕事は何してるの?」

「……また今度話すよ」


彼はうつむいた。長いまつ毛が、影をつくる。


「大事な用があるから、外に出るね。先に休んでて」


そうして何かから逃げるように、一階へ降りて行ったのだった。



シャワーを浴びながら、私は鏡に向かって叫んだ。

「えー!マジで仕事なに?気になる!」


手を伸ばすと、それに釣られてバストも上に引っ張られた。

ツンと上を向いた、見事なバストだ。身体はまるまると引き締まっている。


金髪の豊かなブロンド、誰がどう見ても美少女だ。

私は嫌な予感に襲われた。


「まさか、女の人を売るとか……!?」


アリシアは悪役令嬢のくせに、裏社会とは無縁だった。

ヒロインの恋の邪魔をするから「悪役」。前世は普通のOLなので、もちろん縁はない。


「でもモブが人身売買するなんて、闇が深すぎない?このゲーム、全年齢対象だよね?」


声に出すも、不安は増すばかりだ。

ひとまず外に出て、タオルで身体を拭くことにした。


パジャマは良い匂いがした。どこかで嗅いだことがある。

そうだ、これも一流ブランドの香水だ。


「うん。やっぱり、逃げよう」


私はパジャマを脱ぎ捨て、ドレスに着替えた。

元々着ていた、深紅のドレスだ。いかにも悪役令嬢らしい。


「夜遅いけど、ひとまず実家に帰ろう……!」


実家は遠いが、売られるよりマシだ。

金だけはある。最悪、宿屋に泣きつけば良い。


しかし、扉の前に行った瞬間。

ちょうど外から戻って来たエリオットと出くわした。



「アリシア、どうしたの?」

「あ、あの、やっぱり帰る!」

「どうして?」


あなたが人身売買業者だからです!


そんなことは言えず、目を泳がせていた。

エリオットは、心配そうに言った。


「もしかして、枕が合わなかったかな」

「そ、そう!だから実家に戻るね!やっぱりヒガシカワじゃないと……」

「あの枕も、ヒガシカワだったんだけどな」


だから!どうしてモブが高級品を持っているんだ!


彼は私の肩を、優しくつかんだ。

「ねえ、何か嫌なことがあったら言って?僕は何でも叶えてあげるよ」

「じ、じゃあ、お母様に会わせて!」


彼は目を見開いた。吸い込まれそうな、深い青だ。

我ながら名案だ、と思った。これなら実家に帰れるだろう。


次の瞬間、彼の背後から、思わぬ声が聞こえた。

「どうしたの?お母様なら、ここにいるわよ?」



扉の向こう、外にはアリシアの母親が立っていた。

「お、お母様!?どうしてここに……」

「大事な娘が婚約破棄されたって聞いて、飛んで来たのよ」


母は私を優しく抱きしめた。

久々のマシュマロボディを堪能していると、彼女は続けた。


「それに王子から、アリシアと国を出たいって言われたものだから」

「王子?」

「エリオット王子よ。お隣の国の。そこにいるじゃない。丁寧に挨拶に来てくれたのよ」

「えぇええええ!?」


なんだ、その裏設定!


エリオットは、不敵に微笑んだ。

「ごめん、アリシア。まさか君が知らないと思わなくて」

「い、いえ。私こそ知らずに恐縮です……」


ゲームをプレイしていた時に、見えていた光景が全てじゃない。

他の登場人物にも、人生があり、生活があるのだ。


「ここだと色々とやりにくくてさ。一緒に隣の国へ行こう」

「は、はい」

「もっと僕のこと知ってもらいたいんだ。好きな人にはね」


つい、タメ口設定をリセットしてしまった。

他にも色々と、リセットしなくてはならないのだろう。



こうして公爵から婚約破棄された悪役令嬢は、

推しのモブ(実は王子)と、いつまでも幸せに暮らしたのだった。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


・面白かった

・応援してる

・長編も読みたい


と感じていただいた方は、広告下の☆☆☆☆☆より評価をお願い致します。


作者の励みになります。評価いただけると嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ