第四十話「夏祭りサプライズ」
あっという間に夏祭り本番の日が来た。
俺は緊張しつつ、ゲームにログインし、配信を開始した。
このために用意してもらった浴衣のスキンもいい出来だ。
俺はあまりカワイイのは苦手なので、青を基調にした落ち着いたデザインにしてもらった。
今回はイベントということで全員が配信し、その告知も事前に大々的に行った。
俺の配信だけでも、すでに二万を超える同時接続数を叩き出している。
全員を合わせたら、のべ何人が見ているのだろうか。
これだけの注目を集めているのは、祭だから、という理由だけではない。
ネルちゃんの卒業が一般にも知れ渡ったからだ。
これが、卒業前にネルちゃんが参加する、最後のイベントになるだろう。
ネルちゃんを惜しむ声はSNS、動画コメント、配信コメントに溢れかえった。
多くはねぎらいや感謝の言葉だったが、理由を詳しく知りたいという声も多かった。
だが、そればかりは個人情報だ。俺たちも詳しいことは知らないんだ。
世間的にはただ“休養のため”、ということになっている。
ネルちゃんの体調を少し心配していたが、ちゃんと時間通りにログインしてきた。
黄色の花柄の浴衣だ。ピンクが似合うかと思っていたけど、これもネルちゃんの人柄によく合っていると思う。
なんというか、周りの人にパワーを与えてくれるような子なんだよな。
「おはよう。ネルちゃん」
「お……はよ」
彼女の声はかすれて途切れ途切れになっていた。
その原因は寝起きだから、ではないことは明らかだ。
俺の目から涙が溢れそうになった。
だが、涙声を咳でごまかした。
泣くのは今じゃない。これから楽しい祭りだってのに、ネルちゃんに心配をかけてどうする。
「それじゃネルちゃん、いこうか。まずはDemonZが作った屋台を見に行こうよ」
「うん」
びくに作の大きな鳥居があって、そこからまっすぐにひな団たちが整備した道がある。
その左右には屋台が並んでいて、突き当りには俺の作ったやぐらが見える。
ゲーム内には独自の時間サイクルがあり、昼と夜が十分で入れ替わる。すなわち一日は二十分だ。
今はちょうど真っ昼間だったが、まずは浜田の自信作というお化け屋敷に入ってみることにした。
「うう、意外と雰囲気あるな……」
黒っぽいブロックを巧みに使った中の装飾は、なかなかおどろおどろしい。
正直、舐めていた。
ビビリながら順路を進んでいくと、どこからともなく、人の声が聞こえてきた。
「ひぃ!」
「?」
情けない声を出してしまった俺を、ネルちゃんは不思議そうに見る。あの声が聞こえなかったのか?
まさか、俺の気のせいだったのか?
「……なんだあれ?」
進んだ先は行き止まりになっていて、なにか書いてある張り紙があった。
そこにはこうあった。
「振り返るな」
いや、これ、絶対振り返ったらいるやつじゃん!
背中を冷たい汗が流れた。
左右を見ても、天地を見ても、道はない。これは振り向くしかなさそうだ。
俺はもう覚悟を決め、ゆっくりと振り返った。
この作品は有名VTuber事務所が好きすぎて書かれたものですが、フィクションです。実在する団体、個人、VTuberとは一切関係ありません。
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