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無理矢理は、いけません

「なんと……なんと愚かな」


ビーは、両手で頭を抱えて、水色の髪をぐしゃぐしゃと掻き乱す。

魔族っ子のミアは、はい……と溜め息をついた。


ミアが超絶ザックリと説明してくれた、この300年間の出来事とは、次のようなものだった。


いわく。

〈第2次転生ブーム〉で、この世界にやってきた〈100柱の神代転生者〉たちは、魔王軍との戦争が終わって()()になってしまった。


で、それぞれが超常的な能力を持つ彼らは、それぞれにいろんなことをやらかしたわけ。

なかでも、前世である程度の科学的な知識や技術、教養を身につけていた方々の中には、この「剣と魔法の世界」を改変して、元の世界を再現しようとしたんだって。


ところが、やっぱり専門家じゃない人間の記憶だけでは、完全な再現は難しくて──。


「たとえば、この鉄道というものですが……古文書によれば、建設当初は電気で動かそうとしていたようです。けれども、そんな莫大な電力を生み出しつづける仕組みを作ることができなくて……結局、魔力で走らせることになってしまって」


ミアが言うと、ビーはううむ、とうなった。


「つまり、前世の技術を中途半端に再現して、それをみな、無理矢理、魔力で動かしている、と?」

「技術ばかりではないんです。突然、王権を放棄して、民主主義に基づく選挙を行うと言いはじめた王子もいました。身分制度を解体して、貴族も庶民も、同じように学校に通い、企業に就職する社会を目指そうと言い出した大司教もいたんです」

《無茶苦茶ね……》


魔族っ子のミアは、瞳をうるませてビーに訴える。


「今の世の中は、グチャグチャなんです。魔術と科学も区別できない。混血魔族を奴隷にしている国もあれば、民主主義を掲げている国もある……魔導車の通路が右側の国もあれば、左側の国もあります。意見のちがいがぶつかりあって、結局、あちこちで紛争が起こって……傷つくのは、いつも力のない、弱い者ばかりで……だからっ、わたしたちには、今こそ強いリーダーが必要なんですっ」


隻眼(せきがん)の美少女は、ふん、と息を吐いた。


「……世界統一の頭目(とうもく)に、ヘルモーズを担ぎあげようというのか」

「一度は、他の種族すべてを敵に回しても、互角の戦いをされた魔王さまなら、きっと、この混乱した世界を導いてくださいます」

「どうやって。従わない国や種族は、滅ぼすとでも言うのか」

「それは……最終手段です。それでも、誰かがこんな世界はおかしいと立ち上がってくれないと──」

「話はわかった。だが、それは聞いては、なおさらそなたを魔王のところに連れていくわけにはいかん」

「そんな……どうして……」


ビーは、片目でキッとミアを(にら)んだ。


「我らが、どれほどの血を流して、あの戦いを終局させたか。ヘルモーズが、いかな想いで腹心の部下たちを封印したか。そなたたちは、どうやらその歴史を忘れてしまったようだな」

「それは……わたしたちは、ちゃんと過去を研究して……」

「ならば、わかっておろう。そなたの言う、この混沌としたおかしな世界は、多くの犠牲のうえに成り立った和平のもとで生まれたもの……それが気に入らぬなら、そなたたちの世代が世直しを行なっていけばよいことだ。その努力もあきらめて、魔王を立たせ、再び大戦争の時代に戻そうだと? よくもぬけぬけと、そのようなことが言える」

「ビーさまは、今の世界の残酷さを、ご存知ないのですっ! この時代のことを知れば、ビーさまもきっと──」


興奮して大きな声を出すミアの唇から、キュートな犬歯が見え隠れした。


「くどいぞ。あるいは、そなたの言う通りなのやもしれぬ。今の世は、すっかり壊してしまいたいほど、醜く歪んでいるのかもしれぬ。だが、ワレはまだ、それを知らない。だからこそ、ワレはそなたの言葉に、簡単にうなずくことはできぬのだ」

「……」

「小さき者よ。今は、ヘルモーズに至る道を、共にはできぬ。我らに(まこと)(えにし)あらば、またどこかで道は交わろう。ゲスでも師とあおぐなら、あの発情男を助けて、そなたの道を行くがよい。ではな──」


カッコいいセリフの最後に、さりげなく師匠をディスりながら、隻眼の少女はズンズンと山の麓の都市に向かって歩きはじめた。

魔族っ子のミアは、顔を真っ赤にして、その背に向かって叫ぶ。


「わたしっ、あきらめませんからぁっ……許してもらえなくったって、どこまでもビーさまたちを追いかけますからぁっ!」

「ふっ……それが、そなたなりの努力の仕方なら、止めはすまい。せいぜい、追いすがってくるがよい」


ビーは振り向きもせずに言うと、ひらひらと手を振った。

うん、いい感じに会話が締まったね……というところで、ミアがまた、あせったように水色の髪の少女の名を呼んだ。


「ビ、ビーさま、ビーさまビーさまっ」

「なんだミアよ! まだ何かっ!?」

「そ、そっちは崖です──っ」

「……ん?」


フワッ


ふいに、無重力になったような感覚。


《ちょっ、まっ、あんたっ》

「……ぬかったっ」

《変なとこで、ぬかんないでよぉっ!》


ガツンと地面に叩きつけられて、飛べない水竜とわたしはゴロゴロと斜面を転がった。

とっさに触手を伸ばしてみたけれど、つかまるところがない──。

どれくらい落ちたのか、森の木々にビーの身体が激突する直前、わたしは触手を思い切り広げてネットを作り、少女の身体を受け止めた。


《ビー、ねえ、ビーってば、大丈夫?》

「……くっ……大事ない。片脚が折れたようだが……」

《いやそれ、めっちゃ大事じゃんよー!?》

「ふん……人の身体は弱いものよ。だが、じきに治ろう。ヌル、すまぬが何か添え木になる枝でも見つけてきてはくれぬか」

《……洞窟出てから、数歩で骨折とか、ほんと先が思いやられるんですけど……》


わたしが全身で溜め息を吐いて、森に入ろうとしたとき、ビーがグイッとわたしの身体を引っ張った。


《にゃにすんにょよ……のっ、のびる……》

「しっ……妙な声が聞こえるぞ。また、(ぞく)かもしれん」

《何よそれ……この世界、治安悪すぎ……》


たしかに、何か押し殺したような声がする。こんな夜の森で、まっとうな人間が会話をしているとは思えない──。

足を引きずったビーとわたしは、草むらの陰から、そっと森の中をうかがった。


火の消えた焚き火。

少し離れた場所に、疲れた様子の馬が一頭。

草の上に敷かれた、旅装らしい大きなマント。


そのマントの上で、ゴソゴソと動く人影があった。


「……サー・ゴドリック……やめ、て……いたい……」

「なぜですっ……なぜ、わたしではダメなのですかっ、エリスさまっ! あんな人でなしの王子に輿入(こしい)れされる予定だったのに……」


あれー……? あれって、わたしがいたずらしてた、エリスちゃんじゃない?

マントの上に押し倒された姫君は、両腕をつかまれたまま、ジタバタと暴れている。

……って、あの迫ってる男って、あのときの青年騎士なんじゃ……。


「エリスさまは魔物に犯されてなどいないと、我らがどれだけ訴えても、王子は聞く耳を持ちませんでした……もはや噂は、祖国にまで及んでいる様子……我らに、帰る場所などないのですっ。身分も何もかも捨てて、わたしとふたりで生きていくしか、あなたさまの道はありませんっ。だからっ……だから、わたしの想いを受け入れてっ──!」

「だめよっ……何があっても、こんな非道っ……許されませ……んんっ」


(やぶ)の陰に身を潜めたまま、水色の髪の少女はギリリと音を立てて歯噛みした。


「いったい、どうなっているのだ。どいつもこいつも……今は人間の()()()なのか?」

《いやー……人間に発情期はないんじゃないかな、いくら異世界でも……》


わたしは、もはや達観したように言った。

きっと、ミアちゃんの言っていた世界の混乱のせいで、この時代の人々は、貞操観念までもがどうかしてしまったのだろう──。


《それはともかく、あのふたりには、ちょっと、借りがあるっていうか、なんか()()()()()()でトラブってるっぽいんだよね。だから……なるべく、穏便に助けてあげたいんだけど……》

「……顔見知りか? 事情があるなら、あの外道(げどう)を絞め殺すのはやめてもよいが……早くしないと取り返しがつかぬぞ」

《うん、そうなんだけど……わたしが出ていったら、別の意味で、大変なことになるだろうな……》

「かといって、ワレはまだ動けぬが……」

《うーん……あ、そうだ。じゃあ、わたしが()()()()()()よ》

「なに──?」


そして……。

ガサガサッと茂みを揺らしながら、水色の髪の少女は、毅然とした態度で声をあげた。


「貴様っ、そこで何をしているっ」

「むっ……何やつ──」


サー・ゴドリックと呼ばれていた青年騎士は、ガバッと身を起こして、エリスを守るように腕を広げた。

解放されたエリスは、あわてて立ち上がると、恥じらうように乱れた襟元を手で隠す。


「何もヘチマもあるか。おのれの主人(あるじ)に手を出すような騎士に名乗る名などないわっ」

「くっ……我らの舐めた苦汁も知らずに、非難しおって──」

「どんな苦境にあろうとも、清廉(せいれん)たる(こころざし)をもって(しゅ)(つか)える者を騎士と呼ぶ。私欲に走った時点で、貴様には言い訳の余地などないっ」

「だっ、だまれっ──」


激昂(げきこう)したサー・ゴドリックは、いきなり剣を抜くと、人間にしてはなかなかの素早さでビーに斬りかかってきた。

もちろん、ビーは難なく身をかわす……と、そのとき、水色の髪の少女は、妙な声をあげた。


「はひゃっ……」

「──っ!?」


サー・ゴドリックは、戸惑ったように動きを止める。


「なっ……なんでもないぞっ、こっちを見るな、バカッ」

《あ……ごめん……今の、わたしのせい……?》


わたしは今、薄く延ばした触手を、テーピングするようにグルグルとビーの脚に巻き付けて、締め上げていた。

添え木がなくても、究極のオーダーメイド加圧ストッキングのようなわたしの触手で、ビーの脚はしっかりと支えられている。

ただ、片脚だけに触手を巻き付けておくのは、いかにもバランスが悪い。だから、わたしは反対側の脚にも同じように自分の身体を巻き付けて、本体はビーの背中に抱きつくようにくっついていたのだった。


つまるところ、ビーは今、わたしという「触手アーマー」に下半身を包まれているのだ。


「ええい、恥ずかし──じゃない、面倒なっ、貴様がヌルの顔見知りでも容赦せんぞっ」

「さっきからわけのわからんことをっ、こちらこそ、若い娘だからと情けなど──ガハッ!」


青年騎士が言い終わらないうちに、ビーは男の首筋に手刀(しゅとう)を打ち込んでいた。

威勢よく吠えていたサー・ゴドリックの身体が、ガクリと地面に崩れ落ちる。


「ひっ……サッ、サー・ゴドリック──ッ!」


あんなことがあっても、目の前で自分の騎士が見知らぬ相手に倒されたことに、強い恐怖を感じたのだろう。

エリスは、悲鳴をあげて後ずさる。


「そなたは、どこぞの姫であるらしいな。案ずるな、ワレはそなたに危害を加えるつもりはない……ただ、この頭に血がのぼった男を、いさめに来たまで」

「あっ、あなたは、いったい──」

「ワレは、神龍ヴェズルフェルニルが三女ベアヒル=ニム。呼びにくければ、ビーと呼ぶがよい」


ちょうどそのとき、雲間から月の光が漏れて、水色の髪の少女の姿を照らした。

エリスの瞳が、大きく見開かれる。


「神龍さまの……!? でっ、では、再びこの地に、精霊界のご加護が戻ってくるのですかっ」

「戻ってくる、だと? 何を言っている。精霊とは、森羅万象とともに、ただ必然としてそこにあるもの。この森にすら、ひとりふたりは精霊が──」


そこまで言いかけて、ビーはふいに、口をつぐんだ。


《どうしたの……?》

「……いない」

《え?》

「どういうことだっ……この森、精霊の気配がまるでせぬではないかっ──」

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