モグモグ……ゴッキュン
《〈三の封印〉……》
さっきの話を考えれば、封印されているのは──。
わたしは、竜を見上げて聞いた。
《じゃあ、あの宝物には、魔王の手下の……ヤバめの魔物が封印されてるってこと?》
《そういうことだ。話が早いな》
ふうん……さっきの泥棒は、そのことを知ってたのかな。
《あの人たち……そんな危ないもの、なんで盗もうと──?》
《さてな。だが、封印には膨大な魔力が込められている……この祠全体にも、封印を安定させるための霊力が満ちているからな。それらにひかれて、力を得ようとする輩がやってくるのだろう》
ほほー。危険でも、やっぱりお宝はお宝なのね。
《さて……おしゃべりはこれくらいでよかろう。ワレは封印をもとに戻さなければならぬ──そうだ、そなたの名を聞いておらなんだな》
《わたし……わたしの名前は──ヌル。たぶんだけど》
《たぶん、だと?》
《前世の記憶が戻る前のことは、あんまり覚えてないんだよね……》
竜は、フムと息を吐いて言った。
《そうか。まあ、どうせ、たいした記憶はあるまい。これまでは、知性の低い下等な寄生虫として生きてきたのであろうからな》
《……人にはさんざん、無礼だなんだ言っといて、無礼すぎでしょ》
《いや、むしろ幸いかもしれぬぞ……魔獣の記憶など、今のそなたには心の毒でしかあるまい》
《毒……心の?》
《飢えては殺し、渇いては犯す……知性なきモンスターの生き様など、そのようなものよ。忘れたなら忘れておれ、小さき転生者──》
竜はザブンと水に潜って、青く輝く宝玉が落ちたあたりを探しはじめた。
神殿のある小島に残されたわたしは、ウネウネと水面で身をくねらせる竜の背びれをボンヤリと眺める。
魔王が和平を誓って、この世界は平和になった。
知性が低い魔物は、嫌われもののままだろうけど……人格を手に入れたわたしなら、外の世界でも受け入れてもらえるかもしれない。
──問題は、わたしに知性があって、言葉が通じることを、どうやって周囲に伝えるか、かな。
この姿だと、見た目的には、どうしても18禁……清く正しい(?)心の持ち主だとわかってもらうのは、かなりハードルが高い気がする。
……それにしても。
わたしは、いつまでもウネウネ泳いでいる竜に声をかけた。
《落とし物、まだ、見つかんないの?》
《うるさい……片目ゆえ、よく見えぬのだ》
《あらー、とっさに食い破っちゃって、ごめんねぇ》
《軽々しく言いおって……しかし、気にするな。すっかり油断しておったワレの落ち度でもあるからな。本来、下等な寄生虫に、竜がこの身を傷つけられることなど、あり得ぬのだ》
《けっ、さすが竜さま、たいした自信ですこと》
わたしは悪態をつきながら、トポンと水の中に転がり込んだ。
《……何をしている》
《なんか悪いから、わたしも一緒に探してあげるよ。どうせヒマだし》
地底湖の水は澄んでいた。
だが、竜が泳ぐと湖底の灰色の砂が舞い上がってしまう。
わたしは水流におされまいと、湖底から突き出したキラキラ光る青い結晶に触手を伸ばした。
地下なのに、この空間が明るいのは、この不思議な鉱物のおかげ。
水は冷たいのに、つかんだ結晶は、なんとなく温かい──
ズニュルッ
《──っ!?》
触手の先端が、いきなりガバッと広がって、巨大な結晶を丸呑みした。
モグモグモグ……ゴックン
《なっ……おい、ヌルッ、何をしておるっ!》
《わっ、わかんない……わかんないけど、なんか、これ──おいしいの……おいしく……て……》
《おいしいだと……!? バカな、気を確かに持てっ、それは霊力の──魔獣には──危険──やめろ──》
竜が、何か騒いでいる。
でも、ちゃんと聞き取ることができない。
触手から突き上げるゾクゾクした感覚に、わたしはすでに、支配されていたから。
──これ……オイシイ……ほしい……もっとホシイ……。
全身の触手が、爆発するように水中に広がった。
バクン、バクンと結晶を飲み込むたびに、わたしの身体がゴキュッゴキュッと蠕動する。
わがままな触手同士が、別々の生き物になったように、結晶を奪い合って互いを威嚇している。
──なに……これ……おかしい……おなかが……熱く……て……。
不思議な結晶を取り込むたびに、全身に火がついたような熱さを感じて、意識が飛びそうになる。
そんなとき──
ふいに、一本の触手が、砂の中に光る、青い卵のような結晶に狙いを定めたのが、はっきりとわかった。
──あ……ふういん……みつけたぁ……。
本能が、とろんと甘えた声をあげる。
ダメッ……それは、危ない魔物の……理性が必死に止めようとしても、身体が言うことを聞かない。
バクッ……モグモグモグ……ゴッキュン
封印を飲み込んだ瞬間──
──かはっ……。
ブルブルブルッと全身が痙攣して、暴れていた触手たちが、水中でフワリと脱力した。
《ヌルッ──なんということを……おいっ、聞こえているのかっ、ヌルッ!》
竜の騒ぐ声。
ああ、ダメだ……おなかいっぱいで……また……寝ちゃう……。
あらがえない睡魔に襲われて、わたしの意識は、ゆっくりと沈み込んでいった──