グリグリしないで
「ギョウェィァァァッァァァァァッ」
ズブゥッッ
竜の眼球の中、コリコリした部分に触手が到達した感覚。
その瞬間、わたしの本能が、ゾクリとうずく。
──ハイル……ハイレル……。
のたうち回る竜の首が、石橋に叩きつけられる。
その衝撃に耐えかねた石材にヒビが入り、ゴンッと音を立てて崩れはじめた。
《おのれぇっ……寄生虫があっ……》
突然、わたしの意識に竜の言葉が飛び込んでくる。
《えっ、なっ、何っ!?》
《きっさまぁぁぁぁ、知性を持つ身で、ワレの目を潰しおったなぁっ! 許さんっ!》
竜は激昂して、頭を岩のドームに叩きつけた。
──うぎゃっ、潰れるっ!
こうなっては、竜の顔の上にへばりついていてはダメだ。
わたしは、本能のおもむくままに……じゃなくて、作戦として(?)、竜の目玉に全身を押し込んだ。
「シュギョエァァァッァァァァァッ」
明らかに苦痛に悶えながら、竜が絶叫する。
《やめっ……ろぉ……おっ、おぞましい……》
《だって、あんまりベシベシ叩きつけるからですよぉ。あ、こっちが視神経だっ、入れるー》
《ダメだっ……頼むっ、こっ、これ以上、入ってくるなぁっ……》
《えー、どうしよっかなー。こっから出たら出たで、攻撃してくるんでしょ?》
《しないしないっ、絶対しないっ》
──しないとか言って、ほんとにしない敵キャラなんて、見たことないけど。
《じゃあ、とりあえず、あのふたりを逃してくれたら、考える》
《なっ──なぜだっ、あんな盗っ人の命など……》
《ふーん、あなたにとっては、命ってずいぶん、軽いものなんだねーぇ?》
グリグリと眼窩の奥に触手を這わせると、竜が《いひぃぃぃ》と妙な悲鳴を上げた。
《逃すっ、逃すから……グリグリするなぁっ》
《わかればよろしい。あの女の子、気絶しているみたいだから、岸に上げてあげてくんない?》
《くっ……覚えておれよ……》
竜は鼻先で女の子をすくいあげると、そっと崩れた石橋のたもとに下ろした。
水中から、師匠と呼ばれていた男が顔を出す。
「グルルルルルルルル……」
竜が、恨みがましい顔で男を睨む。
意外なことに、男はわたしが潜り込んだ左眼を、興味深そうに見つめると、へえ、と感心した声を出した。
《こっ──この人間まで、ワレをあなどるかっ、ええい、寄生虫っ、あの盗っ人をなぜ助けるっ!》
《なぜ……? うーん、なんとなく?》
「ギャオォオオオオオオオン!」
竜がくやしまぎれに咆哮する。
師匠と呼ばれた男は、その声を聞いて、ようやく岸に向かって泳ぎはじめた。
男は、気絶した女の子を背負うと、こちらをチラチラと振り返りながら洞窟の向こうに消えていく。
《ま、結果的には、宝物は持っていかれなかったみたいだし、よかったじゃん》
《あの愚かな人間と魔族は無事に去ったぞ……さっさとワレの眼から出てゆかぬか》
《うーん、わたしの本能は、このまま潜り込んでいきた〜い、って思ってるんだけど》
《くっ……会話ができるくせに、本当に底意地の悪い下劣漢……》
──ふーむ、会話ができる相手とは、モンスター同士でもちゃんと付き合えるってこと?
わたしは、少し考えた。
知性がある、会話ができる、ということに、竜は結構、こだわっている。
なら、頭から抜け出しても、いきなり潰されることはない──かもしれない。
このまま、視神経から脳に入って、竜を食い殺すこともできるだろう。
でも、せっかく意識が芽生えたのに、初めて会話できた相手を殺しちゃうってのもの、さすがにね。
《わかった。じゃあ、出ていくけど、次、戦闘になったら脳まで入るからね》
《サラッとおぞましいことを言うでない……はよう、出ていけ》
ズルズルッ
わたしが触手を伸ばして表に出ると、竜はフウウウッと息を吐いた。
《で、見たところ、あなたはあの宝物を守る竜なんだよね》
《わかっていて邪魔だてしたか……忌々しい》
《だって、やっぱ人間が殺されるのを見るのは、ちょっとしんどいから》
《何──? 何を言っておるのだ。そなたはモンスターであろうが》
──たしかに。やっぱ、今のわたしが人間を守ろうとするのは、不自然ってことか……。
《それはともかく、あなたは何者? さっきの青い石は何?》
《そなたこそ、何者だ。名をたずねるときは、まずおのれからという言葉を知らんのか》
《おっ、知ってるよー。そういう言い回しって、この世界にもあるんだねぇ》
竜が、ハッとしたように首をあげた。
《この世界にも、だと? まさか……そなた、異世界から……》
いきなりバレた……?
戸惑うわたしを、竜は残った片目を細めて見つめた──