旅は道連れ……?
うーん……。
コロコロと、洞窟の中を転がりながら、わたしはうなった。
……ヒマだ……。
あれから数日。
転生前の記憶が戻り、人間らしい(?)人格を取り戻したわたしは、悩んでいた。
最初は、この洞窟を出て、何か楽しいことでも探してみようかと思っていた。
けれども、わたしは触手モンスター……下手に転がり出て、人間に討伐でもされたら、せっかく転生した第二の人生(?)が台無しだ。
そう考えて洞窟の中で過ごすうちに、モンスターとして暮らしてきた日々の記憶が、おぼろげによみがえってきた。
正直、触手モンスターの知性は、それほど高くなかった。考えていたことは、いつも同じ。
ハイル
フエル
他の生き物の体内に入り込むこと。そして、増殖すること。
そんな本能のままに、信じられないほど長い年月を過ごしてきたらしい。
意識のあり方が、野生動物のような状態だったせいだろう。思い出せた記憶も、曖昧で、細切れなものばかりだった。
今、わかっているのは、自分がずっと昔に、宮殿のようなところで飼われていたということ。
誰か、やさしい声の世話係のような人がいたこと。
その人が「ヌルちゃん、ごめんね……」と涙を流しながら、岩の裂け目に捨てたこと。
そう、だから、この世界でのわたしの名前は、たぶん「ヌル」というのだ。
あんまり、いい響きじゃないけど……それはもう、しょうがない。
ところで、わたしがいるこの洞窟は、想像以上に広いようだった。
外に出るのをあきらめてから、上に向かう坂道は避けて、ひたすら下へ下へと転がってきたけど、一向に行き止まりになる気配がない。
ときどき、巨大なヘビ型のモンスターや、ネズミのようなモンスターと遭遇した。
モンスター同士なら話せるかなと、キュルキュル声をかけてみる……けれども、反応はどれも一緒。
牙をむいて、飛びかかってくるのだ。
触手の力で、なんなく絞め殺したり、引きちぎったりすることはできた。だから、今のところダメージは食らっていない。
触手モンスターは、そこそこ、強いらしいのだ。
けれども、モンスターが殺気に満ちた目をして飛びかかってくるのは、やっぱり心臓に悪かった(この身体に心臓があるのか知らないけど)。
倒したモンスターは、触手の先端がバクリと開いて、丸呑みにする。
本能的に身体が動いて、そうするのだけれど、最初に見たときはキョエッと悲鳴をあげてしまった。
消化速度は異常に早く、数十秒ですべてを吸収し切って、また動き出すことができる(とんでもない身体になったわね……)。
そんなこんなで、わたしは誰ともコミュニケーションが取れないまま、ひたすら洞窟の深部へと向かっていた。
──このまま、ネズミやトカゲを食べながら、一生を終えるわけ? 大恋愛や魔法はどこよっ!
あの神のような存在に、内心抗議しながら、わたしはボーッと坂道を転げ落ちつづける。
コロコロコロ……あれ? なんか、速度が……。
気がつくと、坂道はかなりの急角度に変わっていた。マズいかな……でも、この身体なら、どこに落ちてもどうにかなるか……。
なんとなく、投げやりな気持ちのまま、坂を転げ落ちて──
ポーン
突然、トンネルが途切れて、わたしの身体は空中に投げ出された。
──ヤバッ……!
さすがに焦った、次の瞬間、ザブンと冷たい水の中に、わたしは落ちていた。
目玉を出してみる。
水の底が、キラキラと青く光っている。
身体は、すぐに水面に浮き上がって、ゆっくりと岸に流れ着いた。
洞窟の最深部にいるはずなのに、周囲が明るい……なぜ?
そこは、ドームのように丸みを帯びた天井におおわれた、広大な地下の池だった。
池の底や天井の岩からは、光を発する不思議な鉱石が、剣のような巨大な結晶を突き出していた。
流れ着いた砂州は、池の中央に浮かぶ小島だった。
島には、何か神殿のような建物が建っている。
細い、石造りの橋がひとつ、池の外周に向かって伸びていた。
──へえ、いい雰囲気……。
コロコロと橋に続く道まで上がってみる。橋の向こうには、暗いトンネルが続いていた。
たぶん、あっちが正規ルート……人間が、こんな地下深くにまでやってくることがあるのだろうか。それとも、今では打ち捨てられた、古代の遺跡みたいなもの……?
そんなことを考えながら、くるりと神殿のほうに目を向ける。
「キュル……!」
「あ……」
バッチリと、目があった。
神殿の入り口に、少女がひとり、立っている。
魔法使いのように、とんがり帽子をかぶった黒髪の少女は、長く尖った耳をピクリと震わせた。
「お師匠さま──お師匠さま、何かいますっ!」
警戒した少女が叫ぶ。唇からのぞいているあれって……犬歯っていうより、牙?
神殿の中からは、間延びした男の声がした。
「大きなモンスターか?」
「いえ……小さな、ボールのようなモンスターです」
「攻撃されそうなのか?」
「驚いているみたいですけど……襲ってはきません」
「なら、そいつは放っておけ。それより、集中しろ。俺が合図をしたら、全速力で逃げるんだ」
「はいっ──」
──なに、逃げるって言った? 何から……?
そのとき、ゴゴゴゴゴゴゴゴと地響きがしはじめた。
澄み切った池の水面が、小島を中心に同心円状に波打ちはじめる。
神殿の入り口から、茶色い革のジャケットを羽織った男が、何かを抱えて駆け出してきた。
強い光を放つ、青く輝く石──ひとの頭ほどもある、卵型の宝玉だ。
「ミアッ、走れっ! 思ったより、反応が早いっ!」
「師匠っ、待ってくださいぃっ!」
ふたりが、わたしの横を駆け抜けた瞬間──
ザバァァァァァァァァァァッ
神殿の向こうの水中から、巨大な生き物が首をもたげた。
──恐竜っ……ドラゴン? 何なの、あれっ!
なめらかな長い首は、高い地下空間の天井まで届きそうだった。
尾ビレのついた尻尾が、ビュンと勢いよく伸びて、橋の真横の水面を叩く。
「ああっ」
突然の波に襲われた少女が、バランスを崩して端から池の中に落下した。
「ミアッ!」
師匠と呼ばれていた男が、手を伸ばす──その拍子に、抱えていた宝玉が滑って、ドボンと水音を立てて沈んだ。
「くそっ!」
男が悪態を吐いたとき、
「ギャオォオオオオオオオン!」
水の中の竜が咆えて、ザザザザザと一瞬で島を回りこんだ。
巨大な頭が橋の上に伸びて、ガチンと牙が打ち鳴らされる。間一髪でかわした男は、水の中に飛び込んだ。
竜が忌々しげに喉を鳴らす。
ふいに、その鋭い視線が、橋の反対側の水面に向けられて、フンと鼻息を吐いた。
──あの子……意識を失ってる──!
水面には、プカリと浮かぶ少女。
竜は巨体を器用にうねらせると、橋を乗り越えるように首を伸ばす──
──ええい、旅は道連れっ!
わたしは、全力で触手を伸ばしてジャンプした。
ふいをつかれた竜が、驚いたように見開いた目に、わたしは力いっぱい、触手を突き立てた──