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触手は手術に最適です

「ひぐっ……あぅ……」


ヌラヌラと本能のままにゆらめく触手たち。

ボケッと記憶をたどっていたわたしは、姫君のあえぐ声に、ハッと我に返る。


──こるぁあっ!! あのヤサオトコ神っ! 何をどう解釈すると、こういう転生になるんじゃあっ!!


あわてて、姫君の全身に絡みついた、自分の触手を引っ込める。

粘液だらけの細い身体が、べチャリと音を立てて洞窟の床に落ちた。


──だっ、大丈夫っ!?


今のいままで襲っていた相手を、わたしは本気で心配する。

何がキッカケかわからないけど、転生の記憶がよみがえった。

その途端、わたしの感性や常識は、モンスターのそれから、転生前の状態にかなりの割合で引き戻されてしまったらしい。


洞窟の壁いっぱいに広がる、わたしの触手──そのすべてを縮めてみると、バスケットボールより、ひと回り大きいくらいの球体にまとまった。

目玉のついた触手だけを伸ばして、自分の身体を見る。


──これはこれで、エグいわね……。


球体の表面には、タコの吸盤のようなものが、ビッチリと並んでいる。

ひとつひとつが、触手の先端にあたる部分だ。


人間のような口や鼻はないけれど、わたしは全身で溜め息を吐いた。


お姫さまがいて、わたしがモンスターな時点で、「剣と魔法の世界」という希望が満たされたことは、ほぼ確実。

だけど──わたしは、どう考えても、一部の男性諸氏の()をかなえるキャラになったとしか思えない。


──なんで、わたしがこんな目に……。


前世で死んだことだって、まったく納得できていないのに、この扱いはひどすぎる……っ!

わたしは、天に──正確には、洞窟の天井に向かって()えた。


「キョェェェェェェェェェェェッ!」


──うわっ、きしょっ!


我ながら、おぞましい音……これからは、なるべく叫ばないようにしよ……。

そんなことを思ったとき、洞窟の向こうから、かすかなひとの声がした。


「……さまっ……エリスさま……」


──お?


わたしは、コロコロと転がって声のするあたりを確認した。

洞窟の壁にもたれるように、甲冑姿の騎士が倒れ込んでいる。

サラサラした栗色の髪──苦しそうに息を吐く顔は、なかなかのイケメンだ。


──さっきのお姫さまの家来かな……?


近寄ってみると、プンと海岸でかぐ潮のような香りがした。


──これって……血?


青年騎士は、わたしの姿を目にして、うめき声をあげた。


「くそっ……化け物めっ……姫君を……エリスさまを返せっ……」

「キュル?」


──そっか、あの子がエリスちゃん……で、この人はなんでこんなに苦しそうなのかな?


記憶が混乱しているものの、わたしが自分で騎士と戦った覚えはなかった。

目を伸ばして観察すると、騎士は力なく長剣を振るう。

だが、力が入らない様子の騎士の腕は、剣の重みに耐えきれない──カシャンと音を立てて、剣が地面に落ちた。


──このひと……太ももを斬られてる……?


よくよく見ると、騎士が全身に負った傷は、獣に噛みつかれたような乱雑なものではない。

どれも、鋭い刃物で切り裂かれたような痕……人間同士で戦ったってことかな?


とにかく、いちばん出血がひどいのは、右の太ももの傷のようだ。

前世で、医療ドラマや科学捜査ものが大好きだったわたし。

ふと、大腿動脈損傷という言葉が浮かんでくる。


──とりあえず、止血かな。


わたしは、ニュルニュルと触手を伸ばすと、騎士の右脚の付け根に巻きつけて、ギュッと締める。


「ううっ……何を──」


青年騎士が、おぞけをふるうような声を出した。

いや、気持ち悪いのはわかるけど……とりあえず、我慢してよね……。


さて、どうしたものか──。

パックリと開いた傷口の血肉を見ても、あまり動揺しないのは、やっぱりモンスターだからなのだろうか。自分でも、ちょっと不思議だ。

わたしは、ドクンドクンと血を吹き出している血管を眺めた。


──こりゃ、傷が深いわね……早く動脈をつながないと……。


キョロキョロとあたりを見回しても、岩ばかりで何もない。

助けはこない、か……。


──わたしにできること……ったって、触手しかないし──ん?


ふと、思い立って、目の前に触手を伸ばす。

中央に開いた穴のまわりに、さらに細い触手がモシャモシャと毛のように生えている──獲物の身体を撫で回すのに、ちょうどいいのよね……って、今はそこじゃないっ!


細い触手の一本に、意識を集中する。

ニュルッと、毛のような触手が伸びて、10cmほどの長さになった。

さらに気合を入れてみると、細さや硬さも自在に変えられる。


──ほうほう。これなら、使えるかな……?


ダメでもともと。

わたしは、傷口から溢れ出る血液を触手で吸引して、問題の動脈を確認する。

別の触手を伸ばして、大動脈をつまむ。クランプ完了──白っぽい血管の先が、プルプルと震えた。

気合いを入れて細くした毛先を、慎重に大動脈に差し込んでいく。


「ぐああっ……やめ……やめろぉ……っ」


抵抗する力もない青年騎士は、まるで尊厳を踏みにじられたかのように、恥じらいに満ちた声を出す。

何よ……こっちはあんたを助けるのに必死なんだっつーの。


動脈の内径にあうように、血管の中に入った細い触手を膨らませる……これ、バルーンカテーテルの要領ね。

千切れた反対側の血管にも、細い触手をピッタリ挿入したわたしは、2本の触手を自分の体内で融合させた。

これで、ひとつの管になったはず、よね。


プチッ


わたしは、自分の身体から細い触手を切り離す。断裂していた動脈が、見事につながった。


──やばっ、完璧じゃない? そしたら、クランプ解除……。


血管をつまんでいた触手を放すと、ドクンと血液が通ったのがわかった。

それどころか、血管と接触した触手は、早くも騎士の組織と融合をはじめている──。


──まあ、あとはツバでもつけとくしかない、ってね……。


わたしは、傷口のまわりを粘液で固めた。

脚の付け根を縛った触手を、プチンと自分から切り離して、手術完了。


「……て、手当てを……したというのか……」

「キュルル」


へへん、その通りだよ。

わたしは、コロコロと転がって、グッタリしているエリスの元に戻った。

まだ起き上がれないのかな……この子は、怪我をしてるって感じじゃないけど──って、わたしがもてあそんだだけかー、てへっ!


脳内で、無理に明るく言ってはみたものの、罪悪感しか感じない。

わたしは、姫君の両手にはめられた手枷の鎖を、グッと引っ張ってみる。


ガシャリ


鎖が弾け飛んで、割れた鉄のリングが音を立てて地面に落ちた。


──ふーん、触手って、グニグニしてるのに、意外と力も入るんだ。


わたしが感心していると、エリスがゆっくり身を起こした。

真っ赤な顔、潤んだ目……いや、めちゃくちゃかわいいんだけど、明らかに怒ってるよね……。


「どういう……どういうつもりですか……」

「キュル、キュルキュル」


わたしは、とりあえず青年騎士が倒れていた方向を指し示す。


「わたくしを、逃がす、と……?」

「キュルル」

「くっ──魔物の考えることなど、わかりたくもありませんが……この恥辱、決して、けっして忘れません。覚えておきなさいっ!」


エリスは、ふらつきながら立ち上がると、よろけながら走っていく。


まあ、そりゃ、そういう反応になるよね……。

わたしの記憶がたしかなら、まだ、()()()()()()までしてないから、とりあえず許して……。


やれるだけのことは、やった。

ホッと息を吐いた途端、激しい眠気に襲われる。


──あー……この身体、結構寝ないとダメなやつだったかも……。


わたしは、洞窟の奥のくぼみに転がり込んで、静かに目を閉じた──

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