第84話・魔族
・魔族
エレメンターと似て非なる存在。
暗黒世界が兵器として生み出した者達と、その子孫について言うのが一般的。
魔獣と結合させられた者を「獣人」、魔石を用いて強化させられた人を「魔人」、(特化型)精霊と融合させられた者達を「霊族」と呼ぶ。
彼らが誕生したのは、今から二千年以上前の第一次魔族戦争でのことだった。
生み出したのは、暗黒世界。
魔王や悪魔が主導し、奴隷の様に扱っていた非覚醒者を実験体にして魔力による人体の改造を始めた。
◆◆◆
しかし、魔族よりも前に暗黒世界の説明も必要だろう。
暗黒世界は今から約二千五百年前に誕生した。
神代、つまり神話の時代の戦争において敗北した悪魔や鬼は、ひたすら雌伏し、飛雄の時を待っていた。
だが、地球では既に神や仏により、これらの存在は徐々に数を減らされ、さらに弱体化したことで人間にも狩られる様になってしまった。
酒呑童子などが良い例だ。
そのため一部の悪魔達は地球を諦め、別の場所を求めた。
そして、見つけたのが魔境だったのだ。
当時、発見されて間もなく、開拓も全く進んでいない未開の地、ナラカ大陸に降り立った悪魔は早速勢力の拡大を図った。
悪魔が目を付けたのは、帝国から派遣された開拓者だった。
彼らは自分達が新大陸を発見したという自負があり、また開拓した土地を守る、そんな気概も強かった。それは帝国からの独立の気風を強めていた。
悪魔は彼らを唆し、徐々に、徐々に勢力を拡大していく。
帝国も、神も、悪魔の動向には気付かなった。
しかし、それも仕方が無いことだろう。
当時の帝国は激しい帝位争いが終わった頃で、混乱も生じていた。
中世のフレア帝国を創ったザラツストォラ=ゾロアも外には目を向ける余裕が無かった。
そうして時が過ぎ、帝国が不審な動きを捉えた時には手遅れだった。
暗黒世界が誕生し、帝国と戦争になった。
しかしながら、当初は帝国が優勢だった。
暗黒世界の士気は高かったが、なにせ絶対数が圧倒的に少ない。
帝国は彼らを追い詰め、後少しというところだった。
だが、そこで悪魔達は非人道的な暴挙に出た。
「魔物」の生成だ。
魔物は人の負の感情をエネルギーに、言い換えれば負の感情によって情報化した魔力を素に造られる。
憎しみ、恨み、嫉み、妬み、悲しみ、怖れ、そして失望、絶望などなど。
非覚醒者を集めては苦痛を与え、加えて戦争をより過激にし、人々から負の感情を徴収した。
それは魔物を造り、そして魔物が戦争に投下されることでまた新たな負の感情が生み出される。
そうして、負の連鎖が始まった。
さらに、悪魔は自身の部下に新たな属性、つまり魔法を与えた。
それは、現在でも使われている生・死・魔物・時間・空間の五つだった。
それらは代償が大きい代わりに強大な力を彼らに付与し、帝国を逆襲した。
◆
戦争が百年以上経った頃には、帝国の勢力はナラカ大陸から消えていた。
そこで、悪魔は満足するべきだった。
帝国から見れば、この戦争は内戦だった。
悪魔にとっては対外戦争であったが、どこまでいっても構図としては帝国対開拓者集団だったのだ。
帝国内では長引く戦争によって国民に厭戦の雰囲気が高まり、暗黒世界の成立を認める動きもあった。
独立を認めることと同義であったが、ナラカ大陸での度重なる敗戦は帝国を弱気にさせた。
だが、悪魔の欲望は底知らずだった。
彼らは魔物と一騎当千の覚醒者によりもたらされた勝利に自信を持ち、魔境の完全支配を望んだ。
しかし、彼らは見誤っていた。
帝国の地力を。
エレメンターの実力を。
そして、神の動向を。
悪魔の暴挙に、ようやく神はその重い腰を上げ、魔境五神認可特別措置法を改訂し、現在の聖教会が組織された。
聖教会の下部組織である五字軍は大洋を渡って来た暗黒世界の軍勢を尽く殲滅した。
だが、魔物の脅威を実際に目にしてしまった国民により、暗黒世界の完全討伐が強く望まれる様になった。
そうして、現在にまで長く続く帝国と暗黒世界の戦争が始まった。
◆
暗黒世界の誕生から四百年。
悠久の時を生きる悪魔も焦り始め、またしても非人道的な実験を始めた。
彼らは非覚醒者を実験台に、負の感情を取り込んで造った魔石を埋め込んだ。
あるいは、非覚醒者の遺伝子に魔獣のものを取り入れたり、魔力的な操作を行った。
精霊をも利用し、(悪魔にとっては)今まで戦争の役に立っていなかった非覚醒者を殺人兵器にした。
それが、魔族だ。
吸血鬼、エルフ、ドワーフ、ゴブリン、オーク、オーガ、セイレーン、ハーピー、獣人などなど。
彼らは第一次魔族戦争と呼ばれる大戦争で初めて投入され、その圧倒的な魔力量あるいは膂力あるいはその特異性をもって多くのエレメンターを殺した。
吸血鬼は闇夜に紛れてエレメンターに夜襲を繰り返し、混乱を与え、衰弱させていった。
エルフは正確無比かつ強力な弓矢でエレメンターを遠距離から貫き、また魔法をもって一方的な攻撃を繰り返した。
ドワーフは強力無慈悲な武器を造り、ゴブリンとオークは不気味な見た目とその残虐性で帝国民に恐怖を与えた。
オーガと獣人は驚異的で脅威的な突撃攻撃を行い、エレメンターの布陣を壊した。
セイレーンは海上の戦闘を優位にさせ、ハーピーは制空権を確保した。
再び戦争は、暗黒世界が優勢となった。
だが、悪魔は再び見誤っていた。
悪魔は永い時間を生きたが、その悠久の時間は彼らの中に在った僅かな人間性を風化させていった。
それが、悪魔の誤算に繋がった。
魔族は確かに悪魔に従っていた。
しかし、それは彼らが望んでした事ではなかった。
幼少の頃から繰り返し与えられたトラウマは彼らを繋ぎ、拘束する鎖となっていたが、悪魔はそれが永遠のものだと疑っていなかったのだ。
何百年にもよる揺るぎない恐怖政治の成功が、魔物の生成が、彼らの中で恐怖を絶対的なものとしたのだ。
それが、誤りだった。
魔族は強力無比な力を入れて増長していた。
エレメンターに勝ち続け、彼らは自信を持ち、いつしか思う様になる。
悪魔にも勝てるのではないか、と。
無論、その動きは悪魔側も掴んではいた。
だが、慢心していた。
なぜなら、悪魔側には最強にして最狂かつ最凶の魔族、吸血鬼がいたからだ。
吸血鬼は、悪魔にとって最高傑作のエルフの次に素晴らしい作品だった。
欠点らしい欠点がエルフには無かったが、それと同時にエルフは完成され過ぎていた。
エルフには成長の余地が無いと、悪魔は断じた。
とは言え、吸血鬼の場合は弱点が有り過ぎた。
金属アレルギーを持ち、特定のにおいに生理的な嫌悪を非常に抱きやすく、日光にも弱かった。
ほぼ夜襲用の魔族だったのだが、吸血鬼には他の魔族には無い特徴が有った。
強さへの飽くなき追求と、残虐性、そして高い知性。
エルフは精霊の影響で優しくなり過ぎており、ドワーフには強さへの追求が無く、ゴブリンやオーク、オーガは知性が衰えていた。
他の魔族も同様だ。
しかしながら、最も悪魔が吸血鬼を信用したのは、悪魔への絶対的な忠誠心、吸血鬼にはそれがあったからだ。と悪魔は思っていた。
最も信じてはいけない種族を信じたことを知らずに。
確かに、吸血鬼は悪魔が欲した兵器であり、暴力こそ正義を体現した存在であった。それ故に、圧倒的な力を持つ悪魔に忠実であった。しかし、彼らは同時に持っていた。野心を。叛逆心を。そして、自らが最も優れているという傲慢な考えを。
悪魔の狙い通りに、クロノス暦2001年、エルフが主体となって魔族の乱は勃発した。
悪魔は手筈通り、吸血鬼を中心に討伐隊を編成し、反乱軍に仕向けた。
そこで、事変は起きた。
吸血鬼率いる討伐隊は反乱軍と平原で睨み合い、一日が過ぎた。
夜、吸血鬼はひそかに魔王の部下達に牙を立て、殺めていった。
静かに、着実に、悟られずに。
朝、反乱軍が再び討伐隊の布陣を見た時には、討伐隊は魔族だけになっていた。
これには反乱軍も驚き、彼らが呆けている間に吸血鬼が反乱の主導権を握った。
さながら、足利尊氏の様だと、数千年後の人物、山滉穎は語った。
まあ、彼ら吸血鬼に人望が有ったのか、戦争が得意だったのかは、疑問が残るが。
そうして討伐隊はほぼまるごと反乱軍に編入され、魔王城へと向かった。
しかし、悪魔も考え違いを起こしていたが、吸血鬼を始めとする魔族もまた、誤解していた。
彼らは知らなかった。
「衆寡敵せず」という言葉を。
彼らは実感していなかった。
数の暴力というものを。
いくら強くとも、魔族を創ったのは悪魔であり、弱点を知り尽くしている相手に喧嘩を売る様なものだった。いや、それそのものだった。
さらに、魔族の絶対数は圧倒的に少なかった。魔族は物量に押し潰され、反乱軍は瞬く間に崩壊した。
だが彼らは失敗を想定していなかった訳では無い。
むしろ、反乱の失敗を前提に行動していた。多少、吸血鬼の裏切りなどもあり、反乱の成功は見えていたが彼らの真の目的は国外逃亡であった。
事実、ほとんどの魔族が反乱に与した中でセイレーンは参加せず、見守っていた。
だが、彼女らは何もしなかった訳では無い。
海岸で船を準備し、脱出の準備を整えていた。
そうして、魔族は出ナラカ大陸となった。
あくまでも反乱は本命から目を逸らさせるための陽動であった。
魔族の乱は表面上は魔族の敗北であったが、結果的には魔族の勝利であった。
◆◆◆
しかし、魔族の戦いは終わらなかった。
ナラカ大陸から逃れ、キトゥリノ大陸に入っても待っていたのは敵だった者達からの迫害だった。
彼らは恐れていたのだ。
強大な力を持つ魔族の矛先がいつ自分達に向いてしまうのかを。
彼らは信じられなかったのだ。
いつでも自分達を殺せる力を持つ魔族の善良さを。
迫害はもしかすると魔族の乱よりも多くの被害を生み出したのかもしれない。
なぜなら、そこでゴブリンとオークは絶滅してしまったからだ。
魔族は都市を追い出され、人知れず辺境に逃げ、ひたすらに北へ南へ逃れ、そして、魔獣の森に散った。
だが、一部の魔族は再び海を渡ろうとした。あてもなく。
この世には、この世界には、この魔境には、まだ見ぬ安息地があると信じて。
それは、一種の自殺願望の様なものだったのかもしれない。
しかしながら、彼らは奇跡を起こした。
大陸とは言えないまでも、十分な面積の島を見つけたのだ。
それが、現代の魔族の国と呼ばれる様になる。
だが、当時は先住民族などいない、動物や魔獣の楽園、つまり未開の地だった。
それでも、魔族はそこに希望を見出した。
暗黒世界からも帝国からの支配も受けない、魔族の桃源郷。それをここに創ることを彼らは決心した。
そして、最優の魔族、エルフは編み出した。
現代の技術をもってしても実現は困難であろう結界魔法を。
結界は島全体を覆い尽くし、魔族に数千年の安寧をもたらした。
その頃帝国は第三次魔族戦争を終結させ、初代勇者、望月春朝がもたらした長きに渡る魔族休戦に入っていた。
魔族は一部の地域で暮らす種族として知識が定着し、誰も彼らの存在に気付かなかった。
暗黒世界も、魔族に執着することを止め、以後人体実験による作品創りを諦めた。
確認された魔族の数の少なさから、彼らは安堵し、内政に努めることにした。
誰も、島国の存在に気付かなかった。
◆◆◆
三年前。
その日は、空前絶後の嵐が列島を襲っていた。
誰もが外出を止め、家屋で暖を取り、嵐が去るのをひたすらに待つのみだった。
そんな中で、ある一帯の領土を治める黒髪の女性は、執務室で外の様子を眺めていた。
「どうなされたのですか、殿下」
給仕が訝しげに、女性に問い掛ける。
女性は、妖艶な雰囲気を醸し出し、外を見つめたまま、しかし幾らかの憂いを纏って話し始める。
「貴女は気付かないの?
嵐で隠されているけど、結界が壊れ始めているの。
嵐が過ぎた頃には、もう修復は不可能でしょうね。
ま、私以外は気付かないでしょうから、無理はないわね」
その言葉に、給仕は「えっ?!」と声を漏らし、明らかな動揺を見せた。
「い、一大事ではないですか! 早く評議会を召集し、解決しなければ・・・・・・」
「いいの」
しかし、女性は給仕の言葉を遮り、意見を却下する。
「えっ??!」
再び給仕は声を漏らしたが、今度は困惑の色が強かった。女性の意図が分からなかったのだ。
「いいの」
女性は強く言うと、椅子から立ち上がり、雷が鳴る空を、その金色の瞳で眺める。
「これは、始まりなの。
旧体制の終わりと、新たな時代の始まり。
ついに、私たちは一つに纏まる時が来たの」
女性の言葉は、ここにいる給仕も夢見た理想を表したものだった。
だが、それが何より困難であることは二千年の歴史が証明していた。
そのため、給仕には彼女の言葉が荒唐無稽な様にも思えてしまった。
しかし彼女の言葉は、なぜか強い実感を伴っていた。
「それは、どういう意味でしょうか?」
給仕は女性に聞くが、彼女は端正な顔に無邪気な笑顔を貼り付け、
「教えてあげない」
とだけ答えた。
「じきに分かるわよ」
給仕には、彼女の口元から見えた、鋭く伸びた犬歯が印象的だった。
悪魔「いや、非人道的とか言われても、我々は人間じゃないし」
下記は魔境の歴史年表のリンクです。
https://ncode.syosetu.com/n6290hd/21/




