第83話・山滉穎
誰も知らない約束が、物語の始まりと終わりを繋いでいた。
by 山滉穎
山滉穎という男は、平凡な学生だった、と言うには少し生まれも育ちも特殊過ぎた。
父と母は両者日本人らしい黒髪であるが、顔立ちは異国風。瞳の色も彼とは異なった。容貌を見れば親子であることに相違は無いのだが、些か不思議な雰囲気がその家族からは醸し出されていた。
しかし、彼らが本当に親子関係だったのか、それとも何か特殊な事情を抱えていたのか、確かめる術はもうありはしない。
山滉穎が幼少の内に、両親が他界してしまったからだ。
身内も知り合いも少ない両親だったために、もう彼のルーツは辿れなかった。
そうして、彼は独りになった。
両親からの愛情を一身に受けるべき時期に、彼には肉親すら居なかった。
彼は愛に飢え、愛情を求めた。人の温もりを求めながら、孤高であろうとした。
いつしか、彼は「愛」を絶対化していた。愛のためなら手段を選ばず、世界を選ばず、そして自分を選ぶこともなかった。
それが、彼の歪みの一つ。
しかし、その歪みは早くも顕在化し、彼は大切な人を失くした。彼が愛した、彼が守ると誓った少女は、自分を選ばず、世界を選んだ。彼を選んだ。それが、彼の望みではないと知りながら。彼女は自身の命を捨てて、彼を守ったのだった。
彼女の死の遠因となった彼の義父も、彼自身によって殺された。
そうしてまた、彼は孤独になった。
だが、彼は孤独を嫌った。にも関わらず、人との交わりを避けた。
彼は孤高であろうとして、独りになろうとして、孤独を嫌った。
それが、彼の歪みの一つ。
彼は愛を得ようとして、愛すべき人を失った。
彼は愛の喪失の復讐に、唯一の味方を失った。
いつしか彼の中には、諦めの心が生まれ始めた。
その諦観は徐々に彼の性格を、人格を蝕み始め、達観という名の諦観へと変化した。
しかしながら、彼は生来の負けず嫌いであり、諦めが悪かった。
先天的な諦めの悪さと、後天的な諦観が混じり合い、もう一つ歪みが生じた。
その矛盾は、彼の歪みの一つ。
そんな彼は仲間と共に異世界「魔境」に召喚された。
彼は知らない。
彼も知らない、山滉穎を魔境で知ることになるとは。
彼は知らない。
自分に、英雄と怪物の資質が有ることを。
彼は知らない。
悲劇塗れの運命を。
◆◆◆
クロノス暦4099年。
秋になり、段々と寒さが厳しくなり始める頃。
魔境のトイラプス帝国における北端の工業都市ガニメデ、その一角で新月の闇夜に紛れて男は逃げていた。
何から逃げているのかは、男にも定かではない。男は恐怖に支配されていた。
ただ、逃げなければいけないのは分かっていた。
帝国から、追手から、そして恐怖から。
男は三年前に起こった皇女誘拐事件に際して、今は既に壊滅したテロリスト集団「カーリー」に属していた。
別に入りたくて入っていた訳では無かった。
南半球での戦争に巻き込まれ、戸籍も無く、頼る者も居なかった男には選択肢すら無かっただけだ。
倫理観をまともに学ぶことなく、男は武器を持ってしまった。
幼き頃から付き従っていた壮年の男の言うままに、武器を持ち、人を殺めた。
罪悪感が無い訳でも無かった。
ただ、これが必要な事なのだと、言い聞かされ、男は盲目的にそれを信じていた。
だが、唐突にそれは終わりを告げた。
フレア帝国の第三皇女を狙ったはいいものの、皇女と彼女を守る少年の反撃、望月家の奇襲に遭い、カーリーは崩壊した。
カーリーの主要人物や幹部は軒並み殺害されるか、捕縛され、末端の者達は散り散りになって逃走した。
大半の者は死んだが、男は運が良かった。
何とか帝国の目を掻い潜り、三年間もの間逃げ続けることに成功した。
しかし、男は思う。
いつまで、この逃走劇を続ければ良いのか。
いっそのこと、自首した方がマシなのではないか。
いや、それは駄目だ。
トイラプス帝国は許しても、フレア帝国は絶対に許す訳が無い。
捕まれば「死」。
死だ、と。
故に、走る。走った。走り続けた。
大陸の北の果てに来て、もう逃げ場などないが、逃げる他に男にできることはない。
走る他、無かった。
男は都市の路地裏に入り、追手を撒こうと考えた。
路地裏に入り、然る後に突如として、足音が響いた。
男は足を止め、息づかいに注意しながら闇の中で音源を探る。
だが、辺りには人影も、動物すらいない。
男の心拍数は跳ね上がり、心臓の鼓動が静寂の空間を支配する。
気のせいだと己を納得させ、男は歩き出す。
今度は慎重に、追手に悟られない様に。
しかし、歩き始めてすぐにまた足音が響く。
男は緊張を身体に走らせ、足を止めた。
すると、足音も男に追従する様に止まった。
気のせいだと己に納得させるのはもはや困難であり、男の心に確かな恐怖心が芽生える。
男は幽霊が怖い訳でも、暗闇が怖い訳でもなかった。なのに、今は何よりこの空間に、闇夜に、不可視の存在に、酷く怯えていた。
だが、何もせずにいるのもまた、男に恐怖を与えるのみだった。男は再び、歩き出す。
足音は男の靴音に合わせて、ヒタ、ヒタ、とすぐ後ろから響いた。
男は心臓が口から飛び出る幻想と共に、止まる。
そして、ヒタヒタ鳴らしていた足音もまた止まる。
男は再び歩く。
ヒタヒタと後ろから響く。
男は止まる。
再び歩く。
ヒタヒタ響く。
止まる。
歩く。
響く。
止まる。
歩き。
響き。
止まり。
歩き。響き。止まり。
歩き、響き、止まり。
歩き響き止まり。
歩き響き止まり。
歩き響き止まり、歩き響き止まり。
歩き響き止まり、歩き響き止まり、歩き響き止まり。
歩き響き止まり、歩き響き止まり、歩き響き止まり、歩き響き止まった。
男の心は徐々に恐怖に蝕まれ、正常性を失っていく。やがて歩みは走りとなった。
その走りは、恐怖から逃れるためなのか、あるいは恐怖に支配されたためなのか、男には分からない。
ただ、この化け物から逃れようと、ひたすらに走った。
乾燥と寒さによって喉を痛め、肺が苦しくなっても走り、走り、走った。
心臓さえも痛みに苦しみ始め、それは男に錯覚を起こした。
化け物に、心臓を握られたという錯覚を。
しかし、唐突にその悪夢は終わりを告げた。
他ならぬ、その化け物の手によって。
パチパチパチと、拍手が路地裏に響く。
と同時に、今度は背中からではなく、真正面からカッ、カッ、と靴音を鳴らしながら、その化け物は近付いて来る。
「まずは純粋におめでとう、と言っておこう。
君だけだよ。帝国の、我々の目から三年間も逃れ続けたのは。幸運が重なったとはいえ、運の要素のみではできない芸当だ。おめでとう」
怪物はなおも拍手を続けながら、男を称賛した。
しかし、男はその称賛を素直に受け止められる程、愚かではなかった。
「だ、誰だよ! お、おれをこ、ころすのか!?」
緊張と恐怖で喉が震え、怒鳴りも覇気など全く無かった。
「いいや。僕はトイラプス帝国のSVMDF所属さ。だから、安心して良い。法に則って、君の犯罪を処罰しよう。ただし、情報を大人しく吐けば、の話だけどね?」
怪物は鷹揚に首を振り、男を宥める様に言った。
その助け舟に、男は恐怖からかすぐに飛び付いた。
「わ、分かった。するから、なんでもいう。だから、殺すのだけは・・・・・・ころさないでくれ!!」
男は顔中の穴という穴から、体液を漏らしながら許しを乞いた。
その姿に、怪物は不敵な笑みを浮かべ、
「良いだろう」
とだけ、そう言った。
◆◆◆
「お疲れ様、滉穎。見事な手際だった」
爽やかに、金髪の男は青年に対して労いの言葉をかけた。
「ありがとうございます、ルクス先輩。まあ、ほとんど僕ではなく、電影の、絳河の力によるものなんですが」
青年、滉穎は横に首を振り、弓型の神格武器である電影をルクス=カンデラに見せた。
「そう謙遜する必要もないよ。確かに彼の力は強大だが、それを実際に制御するのは滉穎だからね。疑うべくもなく、君の力だ」
「ありがとうございます」
滉穎は称賛してくれたルクスに対し、これ以上謙遜するのも失礼と考え、素直に感謝の意を示した。
◆
山滉穎は三年前に異世界、通称「魔境」に召喚された。
召喚されて早々にバイオテロに巻き込まれた上に、皇女誘拐事件にまで首を突っ込み、そのいずれにも並々ならぬ貢献を果たしたのが彼だ。
そして、彼は師事していた玄羽=ヴァドリーが隊長を務める、皇帝直属の部隊、特別諸般対策考案部隊(通称SVMDF)に入隊した。
二年間の下積み期間を終え、正式な仕事が彼に与えられた。
それはガーディアンとしての務め、つまり護衛だった。それも、普通の警護ではなく、極秘裏に行うものだ。
つまり、皇族を始めとする高い地位にある人が非公式に訪れる際の任務であり、目立ってはいけない。
彼の魔法適性、幻術・忍術などに適した任務であった。
主に担当するのはアスタグレンス=リヴァインとかアスタグレンスとかアスタ某とかである。
公私混同も甚だしいが、そこに茶々を入れる様な無粋者は居なかった。
しかしそれは表向きの話。
彼の本当の任務は、彼やアスタグレンスに因縁のあるカーリーの完全な撲滅だった。
公的には既にカーリーは崩壊している。
しかし、末端の者達には未だ逃げ隠れている者もおり、その者達の逮捕もしくは暗殺が彼に与えられたもう一つの、あるいは本当の仕事だ。
それが今日、完遂された。
今日追っていた男は末端とは言え、裏の組織について詳細を知っていると目されていた。
そのため、素直に情報を吐かせる、その一点のために山滉穎が遣わされた。
彼の神格武器、電影は電気・闇属性が主である。
闇属性は簡単に言ってしまうと、エレメンターでは禁忌扱いされそうな属性の総括である。
例えば、精神魔法系(生属性)や死属性などの暗黒世界の覚醒者が用いる魔法などだ。
嫌いな相手が使っているからと言って、それを遠ざけたり、極端に嫌ったりする愚を犯すエレメンターではない。
使えるものは使う。故に、マインドコントロールであったり、自白のために精神を操作したりすることに関して彼らは抵抗がない。
もちろん、その度を越さない様に注意はしているが。
ということで、滉穎は男に自白をさせるために電影の一時的解放《朧月》を発動させ、恐怖の感情を男に促していたのだ。
その目論見は成功し、男はすっかりエレメンターに従順になっていた。
◆◆◆
「お疲れ様、滉穎君。
君のおかげで裏組織の壊滅は順調だよ」
トイラプス帝国の首都、エウロパにて滉穎は彼の師匠、玄羽に報告を行い、終えたところだった。
「それは良かったです」
あの男はもう二度と暗闇の中では正常心を保てないでしょうが。
滉穎はその言葉をぐっと呑み込み、玄羽の話に耳を傾けた。
「ところで滉穎君。
急で申し訳ないのだが、魔族の国に行ってもらいたい」
その言葉に、滉穎は耳を疑った。
魔族の国、それはつい最近に開国した、南半球に位置する日本列島に匹敵する面積の島国だ。
開国、という言葉を取っているが、鎖国していた訳ではない。
いや、結果的には鎖国なのだろうが、彼らにその意図は無かったのだ。
魔族の国はここ三年で新たに発見された。
科学も魔法も発達した現代で、大きな島国が未発見のままというのは不自然だろう。
だが、それが魔法で行われたとなれば話は別だ。
つまるところ、魔族は二千年前に自分達の安息の地を見つけ、結界魔法によって彼ら自身の存在を世界から秘匿したのだ。
暗黒世界から、帝国から、人間から、そして、エレメンターからも。
しかし、それは永続きしなかった。
簡単な話、結界が解けたのだ。
劣化によるものなのか、人為的なものなのか、それともそういう仕様だったのかははっきりしていないが、結界が崩壊し、魔族は開国を余儀なくされた。
閑話休題。
しかし、開国したとはいえ、いきなり交流が盛んになった訳では無い。
政府によって徹底的に監理されている。
また、貿易に関しても総額は決して高くない。
幕末期の日本や朝鮮、清国を見ても明らかな様に貿易摩擦は反帝国感情を呼び起こし、それが争いに発展するケースもあり得るからだ。
むしろ、帝国は貿易に関しては魔族に配慮しているのが現状だった。
そんな魔族の国に行く、それはつまり観光目的などでは決してなく、帝国または聖教会の意向ということだった。
「詳細はここに書いてある。今はそれを読んでおくと良い。追って連絡する」
そう言って、玄羽は滉穎に銃弾すら防ぎそうなぐらい厚い冊子の束を渡し、退出を促した。
この時、滉穎は知る由も無かった。
魔族の国で、彼も知らない山滉穎を知ることになるとは。
自分に英雄と怪物の資質が有ることを。
悲劇塗れの運命を。
・朧月
山滉穎所有の神格武器、電影の一時的解放で、領域展開魔法にも分類される。
属性は闇。
夜間限定の一時的解放。
月が満月に近ければ近い程効果は強くなり、持続時間も長くなる。主な効果として光属性系の魔法はかなり弱くなり、また、精神に干渉して範囲内の生物に恐怖を与え、狂化の作用を及ぼす。
「新月」を展開すると恐怖心を主に。
「満月」を展開すると狂化を中心に。
属性についての説明です。
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