第82話・告解
火を消し尽くすのは別の火であり、苦痛を和らげるのは別の苦痛という訳だ。絶望的な悲しみには別の悲しみを持ってくることだ。
ウィリアム・シェイクスピア『ロミオとジュリエット』
私の懺悔を聞いて欲しい。
私は、多くの人を死に至らしめた。
私が、彼らを死に導いた。
もちろん、私にその意志は無かった。しかし、私がやったことに変わりはない。
私は・・・・・・化け物だ。テンサイという名の。
◆
私はフレア帝国という古代から長く続く強大な国の皇族として生を受けた。
しかも現皇帝の、第三皇女として。
フレア帝国の皇族は基本的に、最も強い一族から選ばれる。
つまり、私は現時点で最強のエレメンターの血を継いでいることになる。その血が身体に流れ、私の精神にも影響を与えている。
そして、その血に、私は苦しんでいる。
強い血を重ねたエレメンターは概して魔力的遺伝性過敏症、通称ギフトをその身に受けることが多い。
ギフトとは、強く情報を帯びた魔力によって自身の遺伝子や精神が影響を受ける、というもの。
イメージとしては、魔力を帯びたアレルギーが近い。
そんなギフトを私は少なくとも一つ持っている。
それが、「天災」。
運命型(Ⅲ型)に分類されるこのギフトは、本人の意志に関係なく、周囲で火災・水害・地震と言った災害が引き起こされる。
魔力の使い方に慣れればある程度は抑えられるけれども、私はそれまでに多くの人を殺めてしまった。
私がもっと早く制御できていれば、もしくはこれを持って生まれなければ、死なせることはなかった。
そんな罪の意識に、私は苦しんでいる。
しかし、最も私を苦しめているのは、天災でもなく、罪の意識でもなく、私自身だった。
死なせてしまった人たちのために、努力し続けなければならない。死んだ人たちの何倍もの人たちを助けるために。
そう思う私には、もう一つの相反する思いがあった。
なぜ、自分が彼らのためにここまで苦しまなければならないのか。
なぜ、自分を助けてくれないだろう人たちのために努力しなければならないのか。
なぜ、なぜ、なぜ・・・・・・私はそう思う度に、自己嫌悪に陥った。
この呪縛に絶望した。愚かな自分に、身勝手な自分に、絶望した。
でも、私は諦め切れなかった。
この呪縛から私を解放してくれる、超越者の到来を。こんな私でも守ってくれる、英雄の到来を。
そう。私は多くの人を殺したのにも関わらず、自身が救われることを第一に望んだ。
それが、私の業。
◆
私が七歳の時、恒例の五神祭でテロが起きた。
まだエレメンターとしての実力もない私がその時狙われた。
警護が手薄になる時を狙い打った計画的な犯行だった。
私の護衛や侍女たちは次々と殺され、私はその光景をただ泣き叫んで怯えるしかなかった。
そうして、私は唯一生き残った侍女と共に連れ去られた。
しかし、その時の私はあまりにも愚かで、傲慢だった。先天的な魔力量の高さに加えて、大した努力をしなくとも、大抵のことはできてしまう。
七歳にして高慢ちきになっていた私は、自分の大したこともない実力で彼らを殲滅できると考えた。
本当にそうであれば、最初に襲撃された時に縮こまらず、対処できたはず、ということに気付きもせず。
そして、実行に移した私は呆気なく返り討ちにされ、私を庇って小さい頃から仕えてくれていた侍女を死なせた。
その光景を見た私は、怒りの感情を爆発させ、《無間地獄》を発動させた。辺り一帯を尽く焼き尽くし、侍女の死体も巻き込んで全ての人間を焼き殺し、然る後に力尽きた。
まだ敵も大勢いる中で。
しかし、私は気絶もできなかった。
顔に下卑た笑みを貼り付けた大人の男たちに詰め寄られながら、私はまたも泣いていた。
侍女を殺してしまった悲しみに暮れながら。私の愚かしさと、努力もしなかった自分を後悔しながら。
けれども、私は助かった。私だけが助かった。
当時十八歳の玄羽=ヴァトリーの手によって助けられた私は、彼に恋心を抱いていた。
しかしながら、同時に思った。
私が大人しくしていれば、彼女を死なせることはなかったのに、と。もしくは、初めから力を使っていれば、彼の救出がもっと早くなったのに、と。
後悔の念と、今までに感じたこともない恋慕の情が、その時の私の胸に渦巻いていた。
そうして、「アスタリスク事件」と呼ばれたそのテロ事件は幕を下ろし、私の心には大きな闇と、そして小さな光が宿っていた。
◆
しばらくして、私は父と母に連れられて聖教会の総本山、天空山のゼウス神殿に訪れた。
そこで、私を長く苦しめていたものの正体、いえ、これから先も苦しめるのであろうものの正体が判明した。
ギフトを鑑定された私は、そのギフトの名称を告げられた。
「天災」、と。
そこからは、ただただ努力した。
私の脳裏には、私を庇って死んだ侍女の姿と、私自身が焼き殺したテロリストの姿、両方がこびり付き、離れることはなかった。
もし努力を怠れば、責められる様な気がして、もし罪悪感を感じなければ、化け物と呼ばれる様な気がして。努力を止めることはできなかった。
でも、私には一筋の光があった。
初恋の玄羽に魔法を教わる間は、しばしの休息を得られた。
私の闇が薄れる気がした。
しかし、それも二年は続かなかった。
頭では理解していた。でも、納得はできなかった。
私と玄羽は十以上も離れている。しかも、玄羽はかなりの美形で、数多の女性からアプローチを受けている。
そんな彼が、こんな私を相手にするはずもなく、彼は自国の皇女フォリアス=龍驤殿下と結婚していた。
皮肉なことに、その方も第三皇女だったけれど。
私の希望は、あっさりと打ち砕かれた。
私の超越者は、私の英雄にはならなかった。もしかしたら、超越者ですらなかったかもしれない。
それからの私は、人との付き合いを避ける様になり、独りだけの戦いを始めた。
孤高であろうとした。あるいは、孤独になろうとした。
しかし、天はそうさせてくれなかった。
私が通うティマイオス学園の姉妹校、パラディグマ学園との交流で、彼女はいた。
江月華。
私とは正反対の、清純で、可愛らしさがあって、努力を厭わない彼女。
加えて、彼女は玄羽の従妹だった。
そんな彼女に、私は苦手意識を抱いていた。
純粋無垢なその笑顔に、私は自身の醜さを見た。
真っ直ぐな瞳に、私は自分の愚かさを見た。
その可憐な美貌に、私は玄羽の面影を見てしまった。
どうして、こんなにも私を辛くするのだろう。
私のテンサイは。
◆
しかし、転機は唐突にやって来た。
クロノス暦4096年、彼らが召喚された。
孤独になろうとしても成り切れなかった私は、彼らに接近し、そして友になろうとした。
でも、逃げ出した。
「魔獣の森」への遠征中に、私はわざと彼らとはぐれ、森をさまよった。
ああ。ここで、消え果てるのも悪くないかな。
そんな血迷った考えを抱き始めた頃に、「彼」と、彼の仲間たちに出会った。
その時の私は、何を考えていたのだろうか。
分からない。
でも、闇に吸い込まれる様に、私は彼へと近付いた。
その人は、絶望を知っていた。
もちろん、聞いた訳ではないし、確証もない。しかし、彼の目を見た私は確信した。
彼には、大きな、大きな闇がある、と。
なぜなら、私と彼は同じ目をしていたから。
実際、彼は地球でのことを、話したがらなかった。
私は、確信を強くした。
◆
その後、私はまたも逃げ出した。
朝起きたら、急に怖くなった。
私が近くにいることで、彼らに害意が及ぶかもしれない。最悪、彼らの中の誰かが死ぬかもしれない。
そんな恐れを感じた私は、玄羽が合流してすぐに姿を消した。
案の定、災いは起こってしまった。
後に、「イオパンデミック」と呼ばれるテロに直面した彼らは、見事にそれを打ち破るも、大事な仲間を一人亡くしてしまった。
私のせいだ。
私が彼らに接触したせいだ。
私は自分を責めずにはいられなかった。
しかし、私はまた彼に会いに行ってしまった。
彼が五神祭に向かう途中の迷宮で、山賊に襲われたと聞き、私は彼の親友に連れ添う形で、お見舞いに行った。
でも、会いに行かない方が良かったのかもしれない。
私は知ってしまったから。
彼と私は、同じ人間だと思っていた。
けれども、彼には多くの仲間がいた。友がいた。親友がいた。
私には誰もいない。
仲間も、友も、親友も、そして愛する人も。
私はまたも、逃げ出した。自分と向き合うこともせずに。
◆
しかし、広いオリンピアと言えども、全く会わないということはあるはずない。
宿に引き籠もっていれば別だけど、彼は動き回る人だった。
私も、少しでも護衛役の阿僧恒河と二人きりになるのを避けたくて、オリンピアの商業区を歩き回っていた。
そうして、五神祭開祭の二日前に偶然彼に出会った。
無視もできた。
けど、私は話し掛けていた。
もしかすると、彼を知ることで自分を変えられるかもしれない。そんな期待があったから。
そうして、護衛の恒河と彼を戦わせた。
彼は、魔術に才があり、また反射速度、身体能力共に類を見ない程の実力だった。
それを抑えていた恒河もさすがは皇族の護衛役に選ばれる程の実力で、その時の私は素直に感心していた。
でも、正直に言うとそこまで期待はしていなかったけれども、二人は本気を出していなかった。
私は、彼の全力を見たいと、そう思っていた。
五神祭初日、彼はイヴァン=J=グランドウォーカーと、共に神格武器の力を解放して接戦を繰り広げた。
私の隣に座っていたルクス=カンデラは、私に彼の力を解説してくれた。
曰く、『彼は自身を最高のものと認めると共に、自分を最低の人間と断定している』と。
曰く、『彼が抱える矛盾こそ、彼の真価だ』と。
ルクスは話をはぐらかすことが多く、あまり教えてはくれなかった。
それでも、私が一生懸命に問い詰めれば、彼がそれらの矛盾を成立させた経緯や理由を教えてくれただろう。
でも、できなかった。
私はその瞬間、臆病になった。いえ、元から私は極度の臆病者だ。
彼についての話は、私が運命から逃げた、それを自覚させられる、そんな予感がした。
だから、できなかった。
しかし私は、臆病者であると同時に、愚か者だ。
試合が終わるやいなや彼のもとへと走り、そして彼の謎を解き明かそうとした。
大事な場面になれば逃げ出す。そう分かっているのに。
しかしながら、私はその選択をした。彼のことを知れば、自分の絶望に向き合えるかもしれない、その考えは変わっていなかったから。
そして、私は「彼女」に出会った。
漆黒の髪に、眼帯を付け、不思議なオーラを醸し出し、けれども警戒ができない彼女。
希少なギフトを二つも持った彼女は、芯が強く、彼を強く信じていた。
未来が視える彼女であれば、絶望を知っていてもおかしくはない。
それでも彼女は希望を信じていた。堅く信じていた。
彼女は彼を私よりも知っている。だから、あんな目をできるのだろう。
眼帯の下の美しい目を見た私は、そう思っていた。
そして彼女は言った。
『殿下の運命は、もう一人の運命によって覆されます』と。
この意味が分かったのはもっと後だったけど、その時の私はなぜか言い知れない安心感が生まれていた。
でも、彼女は私にとって苦手な部類の人間になった。
あの全てを見透かした様な雰囲気と目が、私には少し耐え難かった。
まるで、私が隠してきた弱点までも視ている様で。
◆
満月の夜。
再び事件は起こった。
テロリスト集団カーリーが私の館を襲撃し、私をまた誘拐しようとした。
もちろん私は抵抗し、双子のスナイパーを負傷させ、あと少しで逃げ切れるところだった。
しかし、私の護衛だった恒河は実はカーリーのナンバーツーである破沙羅で、その圧倒的な強さに私は屈してしまった。
目覚めた時には、彼が隣にいた。
そのことに私は凄く安堵し、冷静になれた。
彼のおかげで脱出も果たし、戦いを繰り広げる中で、私は彼の強さを見た。
何事にも諦めない不屈の精神に、機転、知識など。彼は破沙羅さえも抑え、ついに外に出た。
でも私はそのことに油断していたのかもしれない。
いえ、実際にしていた。
だから、彼は私を庇って、重症を負った。
私は愚かだ。
同じ失敗をしようとしていた。
せっかく身に着けた「天災」の制御を手放した。
感情を爆発させ、力を暴走させた。
森一帯を焼け野原にしようとした。
それによって苦しむのは、自分であると分かっていたのに。犠牲にならなくていい誰かが犠牲になることは分かっていたのに。
しかし、そんな私を止めたのは彼だった。
彼もまた固有領域を解放させ、私の《無間地獄》を打ち消し、暴走を止めてくれた。
彼の《雲蒸竜変》は、はっきり言って美しかった。
身体に刻まれたリヒテンベルク図形は神秘的な輝きを放ち、動きは神速のごとく。目にも止まらぬ速さで動く彼の後には、青白い軌跡が残っていた。
漆黒の中で光るそれは、まるで流星の様で私は胸を高まらせた。
それは、私が暗闇の様な絶望の中で見出そうとした、一筋の希望の光の様だったから。
待ち望んだ、闇夜を壊す流星だったから。
私の胸は高まった。
十年前に感じた、あの胸の高まりと同じくらい、いえ、それ以上に。
彼は言った。
曰く、『過去から自由になるために、過去を学ぶ』と。
曰く、『私を過去から自由にしたい。それだけのために私を護る』と。
でも、私は胸の高まりを信じられなかった。
最初の想いは裏切られたから。
彼に当たる様にして、私は初め彼を拒絶しようとした。
しかし、彼は言った。
曰く、『私を助けることで、死神としての自分を否定して、新しい自分を見出そうとしている』と。
曰く、『優しい私に惚れた』と。
その時の言葉は、正直記憶が混濁し過ぎていて、はっきりと覚えてはいない。
それでも、私は嬉しかった。私を真っ直ぐ見つめ、存在を認めてくれると共に、私の存在が彼の救いにもなるのだと、そう言われたから。
そして彼は強大な敵を討ち倒し、私を護った。
私は、どうやら一目惚れ(正確には一目惚れではないが)しやすい性格らしい。
彼にすっかり傾倒した私は、言うのも憚れることをしてしまった。
だけど、私は後悔していない。むしろ、今も大切な記憶として、いえ思い出として残っている。
◆
私は当初、彼と私は同じタイプの人間だと感じていた。
実際、彼も同じ様に考えていた。
しかし、すぐに彼はそれを否定した。
曰く、『自分を大切にできない人間には、本当の意味で他人に優しくできない』と。
曰く、『私にはそれができ、そしてそのことが自分との決定的な違いだ』と。
曰く、『私のことを羨ましく思うと同時に、危うくも見える。だから、護りたい』と。
そんなことを言われたのは初めてだった。
私はいつも自分のことを押し殺して、人のために尽くすことが自分の贖罪だと信じて止まなかった。
その束縛を彼は解放してくれた。
私の英雄は、私の超越者でもあった。
そのことに、私は表現仕切れない程の嬉しさを感得していた。
しかしながら、彼は私だけの英雄ではなかった。
眼帯の彼女も、彼を英雄視していた。
私はそこで、自分の独占欲の強さを知った。
でも、彼を独占することはできない。
何より、それは彼に拒否されてしまったから。
曰く、『自分には私を護る資格がない』と。
彼も、独占欲が強い人間だった。
曰く、『依存状態になってはいけない』と。
私の足枷にはなりたくないと言った。
曰く、『対等な関係になって、私を迎えに行きたい』と。
私はそれに、『待っている』と応えた。
◆
そして、私は初めて努力は辛いものではないと知った。
私の罪は消えることはない。
でも、罪の意識に囚われていたままであれば、私は本質を見失うところだった。
人を救うことを苦に感じ、それこそ本当に怪物になる可能性があった。
私は化け物だ。テンサイという名の。
でも、私は戦い続ける。そんな自分を否定するために。否定した先にいる新しい自分を肯定するために。
今回は、正ヒロインの告解もといモノローグです。
今作のヒロイン、アスタグレンス=リヴァインを考える上で、二つの軸がありました。
それは、「星」と「テンサイ」です。
前後関係は忘れてしまいましたが、天災の英訳"disaster"から星aster を取った、あるいは三光(太陽・月・星)から主人公の親友の「太陽」、主人公の「月」、ヒロインの「星」という構造を思い付きました。
そして、テンサイには主に3つの意味があります。
一つ目は、ヒロインのギフトでもある「天災」。
二つ目は、ヒロインを表す「天才」。
三つ目は、北海道が日本国内生産量100%を誇る「甜菜」です。砂糖の主要原料ですね。
彼女の性格を表しています。努力が実は嫌いで、逃げ出しやすく、少し脇が「甘い」。
本当に甘い。消し炭にされても良いなら、試せば分かります。




