第81話・好奇心の怪物
勇者と魔王が一対の存在であるならば、英雄と怪物は表裏一体の存在だ。
光と闇の様に互いに相容れない前者の存在に対して、怪物を倒した英雄は自身もまた怪物となり得るからだ。
by 山滉穎
これは、好奇心に塗れ、怪物となったとある男の話。
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昭和も終わりに差し掛かる頃、その男はこの世に生を受けた。
裕福な資産家の家の一人っ子として生まれたその男は、何不自由なく育った。
好奇心旺盛な彼の性格は、ありとあらゆる知識を吸収し、集中力と高い知能を手にさせていた。
彼はいつしか神童とまで呼ばれ、その将来性を両親から、親族から、先生からも期待されていた。
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しかし、彼らの期待とは裏腹に、その男は出世にも、お金にも、地位にも、権力にも、興味は無かった。
有ったのは、幼い頃から磨き上げた好奇心のみ。
そう。有ったのは、好奇心のみだった。
彼は一つ、いや無数に、"一般"の人間が持ち得るものを、母体に置き忘れてきた。
感情、欲望、善悪、人間性、そういったものたちを彼は備えていなかった。
だが、彼はそれらを理解できなかった訳では無い。
むしろ、その好奇心によって誰よりも把握し、そして実践もできた。
それでも、彼はそれらを備えてはいなかった。
なぜなら、彼がそれらを理解することはあっても、納得はできなかったから。彼自身が、それらを感じることができなかったから。
初めて飼ったペットが死んだとき、彼の内には何も生まれなかった。
誰もが手にしたいと願うものを、彼は望むことがなかった。
善悪は彼にとって知識であり、道具であった。
彼の心を満たしたのは、いつだって好奇心であり、それ以外のものには、人間には、たとえ家族であろうと、興味が無かった。
まさに彼は、好奇心の「怪物」だった。
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しかし、時が経つにつれ、彼の心は空虚になってきた。
あらかたの好奇心は満たし、知りたいものはすぐに知り得ることのできないこの世の神秘のみとなったからだ。
自身を満たせなくなった彼には、今まで抱くことの無かった欲求が生まれていた。
それは、感情を知りたいというものだった。
今まで感じたことのない、いや感じられなかった感情というものを、特に愛情というものを、彼は感じたくなった。
そうして、彼は試しに一人の女性と付き合うことになった。
彼は今まで感情を得ることはなかったが、理解はしていた。
故に、女性を相手に愛情を育むことは容易であった。たとえ、そこに本物の愛が無いとしても。
やがて、二人の間に男の子が生まれた。
親となっても、彼は愛情というものを感じられなかった。
結局、妻となった女性は徐々に男に気味悪さを感じ始め、離婚となった。
子どもは女性が引き取り、男はただ養育費のみを渡すこととなる。
その後、彼は二度とその子どもに会うことは無かった。
なぜなら、彼は死んでしまうからだ。彼が親友から引き受けた義息の手によって。
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しばらくして、彼は一人の不思議な男と出会った。
その男は彼と会うやいなや、こう言った。
『君は、空っぽなんだね』
彼にとっては、初めての出来事だった。
今までに見破られたことなどなく、そして今後も見破られることはないだろうと考えていた。
しかし、初対面の男が家族にすら言われたことのない言葉を彼に言い放った。
その男は、史郎という名前だった。
漆黒の髪に、日本人風の顔立ち、それだけ見ればまさしく彼と同じく日本人であった。しかし、彼は異様だった。なぜなら、彼の瞳は日本人には見ることのない翡翠色をしていたから。
無論、ハーフという可能性も存在した。あるいは、カラーコンタクトであったかもしれない。
しかし、彼の直感が告げていた。この史郎という男が、この世界の人間ではない、と。
それは、何も見た目だけで判断した訳ではなかった。
思想、一般常識、身のこなし、雰囲気、いずれにおいても異様さを放っていた。
だが、異国情緒を醸し出していたのは史郎だけではなかった。
彼の妻である明も、黒髪であったが、異国の容貌に金色の瞳を持っていたのだ。
唯一日本人然としていたのは、生まれて間もないのだろう彼らの息子だけであった。
黒色の髪の毛に、闇の様に深い黒の瞳。
しかしながら、彼らを家族として見た時は、息子もまた異様であった。
そう。瞳の色が遺伝されていないのだ。
男は、この家族に、史郎に、大きな興味を抱いた。
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男を知れば知る程、彼はさらなる好奇心を刺激された。
誰よりも感情豊かで、誰よりも正義感が強く、誰よりも愛情深かった。
まさに、彼とは正反対な男。
だが、その能力は彼を遥かに凌駕することがある。
それが彼には初めての経験で、面白かった。
彼を見ていれば、いつか感情というものが分かるかもしれない。善悪とは何か、正義とは何か、欲望とは何か、人間とは何か、分かるかもしれない。
彼は、初めて他人に"期待"をした。
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交流を深める内に、二人は親友となった。
史郎のやること成すことはどれも常識外れであり、それが大いに男の好奇心をくすぐった。
史郎も男を信頼し、繁忙の時には息子を預けることさえあった。
その息子もまた、男を信頼し、彼の元で勉学に励んだ。彼が知らないものはほとんど無く、大抵の物事は教えることができた。
しかし、その生活も長くは続かなかった。
ある日、いつもの様に親友の息子を預かり、仕事へと出掛けた二人はそのまま帰らぬ人となったのだ。
原因は交通事故。
だが、男は納得できなかった。
その程度で、あの二人が死ぬはずがない、と。
自分の英雄である史郎が突然に、自分に黙って消えるはずがない、と。
男は、その亡骸を見るまでその話を信じることはなかった。
史郎の息子は、男以上に放心状態になっていた。
それを見た男は、正気を取り戻す。
そうだ。私は史郎からこの子を預かった。ならば、この子を最後まで守らねばなるまい。
男は、血の繋がった自身の息子にさえ感じなかった"感情"を親友の息子に対して懐き始めていた。
しかし、それを男が自覚することはなかった。誰も気付かなかった。
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そうして男は、親友の棺を前にしてある決意をした。
『私が、この子を英雄にしてみせよう。たとえ、この子に怪物として恨まれることとなっても。いかなる犠牲を払わせようとも。
私が必ず、英雄にしてみせる』
「約束は守ろう、史郎」
この日を境に、男は好奇心の怪物から英雄に倒される怪物へと、変わった。
少年を、英雄にするために。
しかし、男は知らなかった。
英雄の血と魂を持つ少年には、怪物の資質もあったことに。そして、他ならぬ彼が、その資質を助長させることになる、ということに。
ということで、今回は「ある男」の過去の話でした。
最初は「ある男」を謎にしたまま物語を進めようと考えていたのに、いつの間にかその親友の方が謎という現象が起きていました。




