第80話・英雄か怪物か
・ジークフリート
シグルズ(アイルランド『エッダ』)とも。
叙事詩『ニーベルンゲンの歌』の前半部の主人公。
ドラゴン退治の際、返り血を浴びて不死身となり、ブルグンド王とブルーンヒルトの結婚に協力し、王の妹クリームヒルトを得る。しかし、王妃の恨みを買い、唯一の弱点である背中を狙われて死ぬ。
視界がぼやけている。
僕はいったい、何を見ているのだろう?
◆
僕は、ソファーで眠りこけていた様だ。しかし、人の気配で、覚醒してしまった。
近くにいた父は母に言った。
「きっと、この子に待つ運命は辛いものだろう。この子が望む望まないに関わらず、英雄としての道を進まなければならないかもしれない」
母が言った。
「でも、私達は英雄を欲しています。今も、きっと」
「そうだね。その時のために、僕と君とで努力するしかないか。果たして、いつ喚ばれてしまうのか」
話の内容が理解できないまま、僕は睡魔に負けて二度寝をしてしまっていた。
月日が経ち、父と母はどこかへ出かける様子だった。
「じゃあ、行ってくるからな。もしかしたら、しばらく帰れないかもしれないけど、良い子でいるんだぞ」
父はそう言って、大きな手で僕の頭を撫でた。
「それでは、この子を頼む。リュウ」
「お願いしますね。龍司さん」
「・・・・・・分かった」
そして、この日、父と母は二度と家に帰れなくなった。
父の親友だった龍司は、まるでこの世に興味が無くなったかの様な顔をしていたのが印象的だった。
葬式の日。
僕の義父となった龍司は父の棺桶を前にして呟いた。
「約束は守ろう、史郎」
果たしてそれが何の約束だったのか、ついぞ分からなかった。
あの男にとって約束など何の価値も無いはずだ。あの男が約束をする程の価値がその約束から生じるのだろうか。
それに、父はもうこの世にはいない。
約束を違えようと誰も咎める者などいないのに、いったい何を守るというのか。
あの男の習性は、未だに本当に理解できない。
◆
小鳥のさえずりを聞きながら、僕は目を覚ました。
僕の寝相は非常に悪く、整えてから寝たはずのベッドは既に散乱状態で、僕自身もベッドから転げ落ちていた。
等身大の抱き枕もベッドの反対側に掛け布団に巻かれて落ち、僕は少し肌寒さを感じた。
やはり、こんな小さいベッドではなく布団にすべきだったかなと思いつつ、三年間同じ状況が続いている。
それにしても、とても懐かしい夢を見たな。
最近は見ることも全く無かったのに。
僕は顔を洗いながら見た夢のことを思い返していた。
しかし、夢の中の父母の言葉はいったいどういう意味なのだろうか。
父は、僕が英雄になる運命に在ると言った。
母は、その英雄を欲していると言った。
だが、意味が分からない。
父の発言は我が子可愛さと言えば、まあ通じなくも無い。
では、母の発言はどういう意図で言ったものなのか。
もし、母が英雄を欲しているとすれば、それは父で良いはず。しかし、私たちと言った。
それは、母を含めたある集団が英雄を欲している、ということ。でも、分からない。
そう言えば、母の交友関係や親族を僕は知らない。
父は、少ないながらも龍司がいた。
けれども、やはりその広がりを僕は知らない。
はっきり言って、情報が足りなかった。
まあ、そもそも一昔も前のことだ。
夢で見たあの光景が本当にあったことなのかを判別する方法は無い。脳が勝手に加筆修正した「真実」である可能性もある。
あまり気にし過ぎず、頭の片隅に置いておくくらいが賢明だろう。
僕は朝食の準備をしながら、そう結論を下した。
正直に言えば、自分が何者であるかということに興味は有る。しかし、それを唯一知り得ていそうな波俊水明は暗黒世界へと行ってしまった。
まあ、行かせたのはある意味僕であるけれども。
そうして、和を基調とした朝ご飯を食べながら、僕は思考を続ける。
しかし、自分の正体よりも父と龍司が交わしたと思われる約束の方が気になる。
あれは、脳が編集した記憶ではない。
確かに、僕は聞いた。つまり、事実だ。それだけは断言できる。根拠は無いが。
いったい、どういう内容なのだろうか。
僕は、あの男と一緒に六年は過ごした。だが、あの男のことを今も完全には理解できていない。
アルゴリズムも、思想も、好物も、僕に対して抱いているだろう感情も。
分かっているのは、あの男が好奇心の権化であるということだけ。
そんな男が、唯一僕の父にだけは心を許し、父もあの男のことを信頼し、そして、理解していた。
あの二人であれば、確かに約束を交わすこともあるかもしれない。
しかし、それはあの男に決意を促す程のものなのだうろか。
それとも、あの約束とは単に決定事項であることを、淡々と亡き父に言ったものだったのか。
何も、分からない。
父とあの男が交わした約束のことも。あの男のことも。・・・・・・何も。
だからなのかもしれない。
人は、未知のものや理解不能なものを怖がる傾向にある。あの男に限ってはそうではないが、僕はその例に漏れなかった。
だからと言って、白黒を付けなければ落ち着かない、という訳でも無いし、むしろグレーのままで済ますことが多いが。
しかし、僕はあの男に対して恐怖心を確かに抱いている。
それは、未知への怖れなのか、それとも理解できないと、本能が発した警鐘から生じた畏れなのか。はたまた、その両方なのか。
さらに、僕は同時に父へも畏敬の念も抱き始めている。
あの男をして「臥竜」「鳳雛」と呼ばしめた。
父を語る時だけは、あの男は人間らしい部分を少しだけ、ほんのちょっとだけ見せた。
父がそれ程偉大だったのか、あの男と同じくらいの狂気を身に宿していたからなのか。今はもう、一つの方法を除いて確かめる術は無い。
そして、僕自身への恐怖が僕に刻まれているのを、いつも感じている。
そんな父の血を受け継ぎ、母に英雄にと望まれて生まれ、怪物に育てられた。そんな僕を、僕自身が一番恐れている。
はたして、僕は英雄になるのだろうか、もしくは怪物になるのか。
朝食を食べ終わった僕は、久しぶりに鏡の前に立った。
僕はいったい、何を見ているのだろう? 英雄か。それとも怪物か。
いつだったか、グレンスが妖怪化した姿見を見せてくれた。
その時、僕は自分の内面に妖怪が、怪物が住み着いているのを、確かに視た。
「怪物と戦う者はその過程で自分自身も怪物になることのないように気を付けなくてはならない」
かつて、英雄ジークフリートはドラゴン退治という偉業を成し遂げた。
しかし、ドラゴンの返り血を浴びた英雄は不死となり、自身もまた怪物となった。
最終的には、悲劇的な最期を迎える。
僕も、あの怪物と対峙する時には、気を付けなくてはならない。
勇者になる必要はない。英雄にならなくてもいい。凡庸を恐れなくていい。奸雄になってもいい。悪党と呼ばれてもいい。あるいは、グレンスだけの正義の味方であればいい。
しかし、怪物にだけはならない様に。
そうして、身支度を整えた僕は今日も師匠の元へと特訓に向かう。
英雄って意外と悲劇的な最期が多いですよね。
ゲルマン民族の英雄ジークフリート然り。
ギリシア神話のテセウス然り。
また、ヘラクレス・オリオン・ベレロフォンなども然り。
ブリテンのアーサー王然り。
日本の源義経然り。
もしくは、意外ではなく必然的な話なのでしょうか。
まあ、悲劇の最期には彼ら自身の奢りのせいもありますが、やはりその奢りも自身の中の怪物が表に出てしまったためではないでしょうか。
「真の栄光は、沈黙のうちに自分自身に打ち克つことから生まれ出てくる。その過程なくしては、たとえ敵国を征服し勝利を得ても何にもならず、ただ私欲の奴隷となるだけである」
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こんな言葉を思い出しました。
それに巻き込まれる人も、悲惨な終わりだな、と私は感じています。
悲劇的、という訳ではありませんが、『ラーマーヤナ』の英雄ラーマの妻シーターの退場も胸につっかえるものがありました。
ということで、主人公の素性がこの第三編では明かされて行くと思いますので、活動はまだ再開しませんが、来年よろしくお願いします。




