Aconite・第七十七話
・Aconite
トリカブト(Monkshood)。花言葉は「騎士道」「栄光」「人嫌い」「厭世家」「復讐」。
ギリシア神話では地獄の番犬ケルベロスのよだれから生まれたとされる。
五神祭二日目、朝方。
活気に溢れるオリンピアとは対照的に、トイラプス帝国の寂れた港。そこに、その人間の姿は在った。
一人海岸に佇み、まるで何かを待っているかの様に、海の向こうを見つめていた。
「そろそろかな?」
その人物はそう言うと、後ろを振り向いた。
すると、そこには武器を携帯したエレメンターが彼を包囲していた。彼らの表情は険しく、今にもその人物を殺しに掛かりそうでもあった。
「波俊水明、大人しく投降せよ。
既にここは包囲されている」
彼らはその人物、波俊水明に対して警告を発すると、得物を構えて彼に近付いた。
「やれやれ、せっかちではないか? まあ、それも当然か。私は彼に言われた通り、暗黒世界に逃げるからな」
そのまま大人しくしていれば逮捕される、下手すれば殺される状況下においても水明は冷静だった。
それは、逃げられるという自信から来るものか、それとも強がっているだけなのか、エレメンター達には分からなかった。
そんな中、エレメンター達の中から一人、水明の目の前に出て来る。
「聞きたいことがある。貴様の目的は何だ? 波俊水明」
厳しい口調でそう言ったのは、エレメンター達を従えてこの場を包囲させた玄羽=ヴァトリーだった。
彼の問いに対し、水明は短く答えた。
「アポカリプス」
その瞬間、エレメンター達の間にどよめきが起こった。しかし、それに反して玄羽は冷静沈着であった。まあ、彼も目を開き、驚きは隠せなかった様だが。
「そうか。
では・・・・・・貴様は一体何故、彼の力を知っていた? 何故、彼の力を覚醒させる様な真似をした? 彼の力がアポカリプスに必要なのか?」
玄羽にとってはここからが本題だった。そもそも、滉穎から水明の性格を聞いていた玄羽は彼の目的を本気で暴こうとは考えていなかった。例え、必死になって聞き出そうとしても「好奇心から」と言われるのがおちだからだ。
まあ、今回は予想外にもあっさりと教えてはくれたが。
水明は今度の質問には考え込む様子を見せた。
しばらく黙り、漸く口にした答えは、
「彼が、私の義息だから」
その言葉には玄羽は心底意外だったのか、目を丸くし、口をポカンと開けていた。しかし、すぐに顔を整え、冷たく言い放つ。
「貴様の所業があくまで義息のためだと言うのか!!!」
玄羽の様子に他のエレメンター達も一驚していた。
常人であれば後退りしてしまいそうな程の剣幕であった玄羽を前にしても、水明は飄々とし、笑みすら浮かべていた。
「冗談ですよ。
敢えて言うのなら、それが・・・・・・約束だったから」
「なに?」
誰との?
そう玄羽は聞きたかった。滉穎から水明が約束を破る様な男ではなく、また嘘を吐く男でもないと聞いてはいたから、その言葉自体は信じた。
しかし、故に水明の言葉は常に曖昧であり、故に水明は約束を簡単にする様な男ではない。
そんな男が一体どんな約束をその人物と交わし、何故それが滉穎を守ることに繋がるのか、玄羽は個人的な興味も生じていた。
しかしながら、その時間はもう無い様だった。
「すみませんが、君との会話はここまでの様ですね。迎えが来ました」
そう言うやいなや、水明の足元に魔法陣が現れた。玄羽は直感的にそれが空間魔法と悟り、周囲の部下達に阻止する様に向かわせる。
すると、海の方角から銃声が響き、近付いていたエレメンターの頭を撃ち抜いた。だが、彼の頭が弾け飛ぶことも、銃弾で貫通されることも無かった。
何故なら、彼の姿が煙の様にして消えたからだ。同様に、他の銃弾によって撃ち抜かれたエレメンターも身体を煙へと変化させ、あたかも初めから存在していなかったかの様にその存在を消した。
「やはり幻術でしたか」
「貴様には通用しない二流のだがな。まあ、後ろの連中はすっかり騙された様だが」
玄羽は手を前に翳すと、目の前に迫っていた銃弾全てを見えない壁によって防ぐ。
そのまま手を振り上げると、銃弾は反対方向に回転し始め、真反対の方向へと射出される。
撃ち込んだはずの銃弾が舞い戻り、それによって身体を撃ち抜かれた者達は海へとその屍を落とした。
一瞬にして、玄羽は海の上空にいた覚醒者達を葬っていた。
「いやはや、お見事。
魔法並列展開をここまで高い練度で扱えるとは」
水明はさも称賛しているかの様に拍手を行い、賛辞を送る。しかし、そこに感情は籠もっていない。
「良いものを見せてくれた御礼に彼についての情報を教えてあげよう」
水明の足元の魔法陣が放つ光はますます強くなり、後少しで発動されることが分かった。
「彼は・・・・・・"死の呪い"罹患者だ」
しかし、それを聞いた玄羽が驚くことはない。むしろ、今まで一番反応が薄かった。
「おや、あまり驚かないのですね。もしや、既に知っていましたか」
「ああ。イオパニックの時点で予測は付いていた」
「やはり。・・・・・・どうやら時間切れの様だ。君とはもう少し話をしたかったのだが、今の主人もせっかちな御人でね。
・・・・・・そうだ。"死の呪い"に伝えて下さい。"天災"との間の子を楽しみにしている、と。きっと・・・・・・」
それだけ言った水明は光に包まれてその姿を虚空へと消した。
後に残ったのは一人海を眺める玄羽のみ。
しかし、その玄羽もまたその姿を虚空へと消し、戦闘があったはずの港にはもはや猫一匹の気配も残ってはいなかった。
同時刻、トイラプス帝国の首都エウロパにおいて。
ここよりも一時間半程の東の港にいたはずの玄羽は自室で目を閉じ、座禅を組んでいた。
やがて、目を開け座禅も解くと、その身体を起き上がらせ、部下を呼び新しい指示を与えていく。
何故、この離れた場所から玄羽が短くても一時間はかかる港に姿を現すことができたのか。
それは、彼が《神足通》を使えるからだ。
《神足通》というのは、仏教の六神通の一つであり、自由自在に自身の思う場所に思う姿で行き来できるという仏教魔法だ。また、思い通りに外界の物を変えることの出来る魔法でもある。
その魔法を使ったことで玄羽は遠く離れた場所にも姿を現し、現代魔法でさえ自由に行使できるのだ。
しかしこれは、本来ではあり得ないことだった。
玄羽は仙術の使い手、つまり仏教ではなく道教、そうでなくとも中国由来の陰陽五行説の思想を持っているからだ。
道教と仏教は別物だ。片や古代中国で生まれ、片や古代インドで生まれた思想だ。目的も相容れることはないだろう。仙術が不老長寿、もしくは不老不死を目指すのに対し、仏教の目標は輪廻解脱だ。
では何故、彼が本来使えるはずのないだろう魔法を使えるのか。
それは・・・・・・彼自身にも分からない。出来たから出来たのだ。敢えて言えば、彼が本当の意味での天才で、努力家であったからだと言う他無い。また、彼の母親が江月家の人間であるから、というのも一説として挙げられる。それは、江月家が現代の日本人の様に信仰している訳ではないのだが、仏教を扱うこともある家であるから、なのだがこれも証拠としては弱い。そこまで江月家は仏教に傾倒している訳ではなく、母親であるスミレも仏教魔法を使うことは無かったからだ。
しかし、仏教が使えて得だ、という話で済まないのもまた事実であった。
彼の祖父である涼羽は現代魔法・魔術が大の苦手であり、それが原因で学園では低評価を受けた。しかし、仙術などの希少魔法に類い稀なる才能を発揮したことで見事その評価を覆し、引退し仙人となった後も魔境にその名を残している。
当代である秀羽は魔法関係には弱かったものの、政治・経済方面には父・息子よりもかなり優秀であり、現在も第一線にて活躍をしている。
対して、SVMDFの隊長である玄羽はその二人の才能を半々に受け継ぎ、魔法にも学問にも群を抜く才を見せる。
だが、彼の才能の本質はそこでは無かった、ということが仏教魔法から分かるのだ。
彼は現代魔法・魔術だけではない。
仏教を始めとした陰陽術やキリスト教、イスラム教などの他の宗教魔法も修めることが出来ているのだ。彼は横断的に他宗派であってもその魔法を使える、それは確かにエレメンターにとっては稀ではあってもそこまで珍しい訳ではない。しかし、エレメンター達にとっては見逃せないことだ。そのエレメンターの本質が分からない、つまりは弱点が見つけられないのだから。
この点において、玄羽は当代も先代も遥かに凌駕していた。
閑話休題。
部下への指示を出し終わった玄羽は静かに窓から外を眺めていた。
そして、自分一人になった部屋で独語していた。
「滉穎君。すまないね、本来であれば私が彼女を助けなければいけなかったのだが、君に任せきりになってしまった。
でも、君は見事に覚醒して彼女を救った。精神まで救えたかは分からないが、きっと大丈夫だろう。
私のせめてもの償いだ。ここから先は上手く行く様に、全力で私がサポートしよう。
まずは、フレア帝国の皇帝陛下に話を通さねばなるまい」
そう言って席を立ち、彼もまた部屋を出て行った。
その頃、突如として覚醒した滉穎の力に恐れ慄き、無様にも逃げ出してしまった悠牙は深い森の中を東に東に逃げていた。彼の瞳には鬱蒼と茂る木々と空高く聳え立つ東天紅山脈しか映らないはずであるのに、部下達が抵抗も出来ずに殺されている情景がありありと彼の目には見えていた。
きっと、カーリーで一番強いであろう破沙羅も死んだだろう。そうなれば、もう覚醒者として残っているのは自分しか居ない。
そう思いながらひたすらに悠牙は走った。その背に月の影が追い掛けてくる幻想を感じながら。
しかし、現れたのは「月」ではなく、季節外れの「雪」だった。
「久しぶり、というべきじゃろうかの、ユガよ。
お互い随分と年を取ったものじゃな」
まるで空から響く様なその声は、今自分が一番復讐したかった相手であり、しかし決して出来ないだろうと考えていた涼羽=ヴァトリーであった。
その風貌は昔と比べて随分と白い所が多くなり、瞋恚の炎を抱く対象であるとはすぐには分からなった。話し方が変わっていたのもまた悠牙を困惑させていた。
「仙人は俗世に関わらないのでは無かったのか?」
同時に、仙人が俗世に関与してはならないという不文律を破り自分の目の前に姿を現した涼羽の意図が分からなかった。
「確かに、わしは既に俗世を捨てた身じゃからな。還俗するつもりもないの。
だが、私の俗世に生きていた間に関することであれば、例え仙人になった後だとしても、責任は取らなければなるまい」
急に口調を変えた涼羽からは強い決意が伺え、直感的に悠牙は自分を殺す気なのだろう、そう察した。
「殺られてたまるか!!
お前のせいで私と、私の母がどれだけ苦しんだことか! いっそ、あの時に殺してくれれば良かった」
完全な逆恨みではあったが、涼羽の温情によって彼らが苦しんだことは一面では事実であった。
「そうだな。私の要らぬ情けで君を無用に苦しめ、その復讐心を育ててしまった。私の責任だ。だが、そのために関係の無い人間まで恐怖を与え、その生命を奪うのは許容できぬ。私は彼らを死に至らしめてしまった責任を取り、君を殺そう」
そう言いながら、涼羽はゆっくりと近付く。纏う雰囲気は荘厳で、同時に恐ろしかった。
「ふんっ。相変わらず優しいことだ。同じ様に優しいお前の孫に私は随分と苦しめられたがな」
これが最期の強がりになるだろう、そう思った悠牙の直感は見事に的中することになる。
次の瞬間には悠牙は血を吐いていた。息も満足に出来ず、手足も痺れ、意識も混濁して来る。
きっと、あの小僧が使った様に《呪術》を使われたのだろう。
悠牙の推測は正しかった。
「これは、トリカブトの毒を使った《呪術》だ。
トリカブトは、エノクの家の紋章。花言葉は、"厭世家"、"騎士道"、"栄光"、そして"復讐"」
悠牙は自然と笑みを浮かべていた。
「ヒュ〜、ヒュ〜」
これで私を殺してくれるとは、どこまで優しいのか!
そう言いたかったが、もはや言葉すら満足に出せなかった。
本当は恨んでなどいなかった。
確かに、涼羽のせいで自分達が苦しめられたというのは、ある一面では事実だ。しかし、それでも彼の母親は感謝していた。
悠牙を見逃し、その生命を助けてくれたということに。
その後、二人で慎ましやかに静かに暮らした。
決して、裕福という訳ではなかったが、幸せだったのだろう。一度は誓った復讐心が揺らぐ程に。
そんな生活を続けて十五年。もはや、悠牙の脳裏には復讐の二文字も過らなかった。
妻ができ、息子も生まれ、母と四人で暮らしていた。
しかし、その幸せはある日突然奪われる。
戦争が起こったのだ。
当時暮らしていたアリベシ王国は新興国家の南方人民共和国連合に滅ぼされ、その戦火に母と妻を奪われた。
小さい息子も行方不明になり、悠牙は絶望の縁に立った。
その時に思い出してしまった。昔抱いた瞋恚の炎を。父を突如として奪われた時の怒りを、そこから生じた復讐心を。
そんな時に出会ったのが破沙羅であった。
まだ成人してもいなかった彼の身体に宿った炎を、悠牙は見逃しはしなかった。これは運命なのだろう。
そう直感的に感じた悠牙は彼を育てると誓った。そこに、行方不明となった息子の影を重ねていたのかは、彼にも分からないことだ。しかし、もしもここで自分の息子を探していれば、今後の運命は変わっていたのかもしれなかった。
破沙羅という名は悠牙が与えたものだった。さらに、父から教わったヨガを教えると、瞬く間に破沙羅は才能を発揮し、ヨガどころか仏教魔法も修得してしまった。
彼は破沙羅の才に嫉妬しつつも、これは使えると思った。
二人で傭兵団に入り、そこでパール・パティー兄弟と出会った。
四人は長引く領土戦争に傭兵として参加し、功績を挙げていった。
銃弾と炎が飛び交う戦場で幾ら人を殺そうとも、彼らの気持ちが落ち着くことはなく、むしろ虚しさだけが広がって行った。
何年、いや何十年かの月日がそのまま経ち、戦争もいつの間にか終結していた。
破沙羅にも娘が生まれていたが、母親は戦争の最中に命を落とした。
娘を育てられないと悟った破沙羅は彼女を孤児院に預け、仕送りのみを続けていた。
それは、テロリストとなってしまった今でも変わらぬ様だったが、息子同然に思っていた彼は死んだ。
では、あの娘はどうなるのか。
それだけが、今の悠牙の最大の気掛かりだった。
「たの、む・・・・・・む、ず、めを・・・・・・」
最後の力を振り絞り、悠牙は声を出した。それは非常に聞き取り辛いものであったが、涼羽は確かにその真意を読み取った。
「分かった、私が責任を持とう。君はもう休みなさい。その炎を燃やし続けるのも、もう苦しいだろう」
その言葉を朧気ながらに聞いた悠牙は憂いが少し晴れた様な顔をして、その生命の炎を完全に絶やした。
涼羽はその炎の絶える様を確かに見届け、その場を去った。
後に残ったのは、後悔が残った顔を浮かべ死んだ、悠牙の亡骸のみだった。
・死の呪い
運命型(Ⅲ型)の魔力的遺伝性過敏症。
その人物の肉体的な死を退け、半永久的な不死を与える。しかし、精神的な死、つまり魂の死までは避けられない。




