Chain・第七十三話
己の居場所を見失い、出口のない迷路の中を進んで行た。奪われた絆の痛みを抱え走り続け、描いたエンディングへと孤高の旗を掲げ行く。どんなに傷ついても振り返らない。千切られてしまった絆の糸は必ず取り戻せると信じているから。
それが叶わない願いだったとしても、あの日の声が聞こえて来るから茨の道だって貫こう。
守りたいただその笑顔のために、君と繋いだその想いを、君との約束を胸に抱いて。確かに掴んだこの絆をもう二度と離しはしない。
貴女の凍て付いた時を溶かすから、もう二度と悲しまないで。
by 山滉穎
アスタグレンス=リヴァインの周囲は彼女の固有領域、《無間地獄》によってまさに阿鼻叫喚の地獄へと、阿鼻地獄と成り果てていた。
遠くにいたテロリスト達は彼女の力に怯え、銃弾を撃ち込むもそれが彼女に届くことは無かった。あらゆる弾丸は灼熱の業火によって溶かされ、そして熱風によってむしろ彼らの元へと返って行ったからだ。それによって、《無間地獄》の範囲から逃れていた者達でさえ、炎と熱による地獄に苦しめられることとなった。
アスタグレンスの髪色はもはや完全な緋色へと変化し、さらに眼は血を浴びた様に鉄錆の色へと変質していた。彼女の美しい銀色の髪は例外なく人を魅了するものであったが、まるでヒガンバナの花の色素を抽出した様なその髪色は魅惑的であると同時に危険な雰囲気を醸し出していた。
普段は理知的なその眼にはもはや理性の色は無く、ただただ怒りの色で染まっていた。彼女にはもう周りにいる人間全てが「敵」にしか思えなかった。
配下の者達が一人のエレメンター、それも成人間近の少女によって焼き殺されている事実を前に、一人悠牙は笑っていた。
「ハハハハハ。そうか、そうか。
これがお前らが望んでいた力なのか」
部下が殺されたことに憤ることもなく、いやむしろ邪魔者が消えたと喜んでいる様にも見える悠牙は十年前の事を思い出していた。
十年前のアスタリスク事件、その時悠牙はまだカーリーの幹部であった。
南半球の大陸から舞い戻り、かつて父、エノクを殺したエレメンター達に復讐を繰り返していた。
そんな中、自分達を援助してくれている暗黒世界の提案、いや命令で皇族を誘拐することが決まった。
正直、悠牙は反対だった。いくら幼少とはいえ、皇族の持つ潜在的な力は測り知れない。それを元貴族であった父エノクからしっかりと学んでいた悠牙にとっては自殺行為にしか思えなかった。
だから、彼と彼の配下、つまり破沙羅を始めとしたパールやパディーの者達は参加せず、事の成り行きを見守るのみだった。
実際、実行犯は高々七歳の少女に皆殺しにされ、首謀者の幹部や当時の導師も余さずフレア帝国の光剣部隊やトイラプス帝国のSVMDFに捕まり、処刑されたのだが。
まあ、そのおかげで悠牙達がカーリーの実権を完全掌握できたのだから、悠牙にとっては得は有っても損は無かった。
それ以来、悠牙は皇族とだけは関わらない様にしてきた。殺されないために。
しかし今回、アスタグレンスの力を間近で見て彼は思い直した。
何と素晴らしい力だろうか、と。
何故、先代の導師が皇族の力を狙ったのか、ここに来て漸く理解できた。
この力は確かに身を滅ぼす、それ程強く、そして危険な力だ。しかし、それを考慮しても余りある強大な力でもある。例え己の身がそれで滅びたとしても、悔いなど残らないぐらいに。
「フハハハハハハハハ」
悠牙は下でカーリーの者達が殺されているのを見ながら、狂った様に笑っていた。
空では、雷を轟轟と鳴らす黒雲が辺りを支配していた。
その頃、破沙羅の《水煙》によって深刻なダメージを負わされた山滉穎は洋館のどこか、人も近寄らないそんな部屋の中で気絶していた。
見れば、彼の後ろにある壁は衝撃波が当たった様に凹み、ひびが入っていた。
その傍らには、彼の弓形の神格武器、「電影」の姿があった。
電影に宿る英霊、絳河は突き破った壁の向こうを見ながら事態を冷静に分析していた。
『これはまずい事になったな。第三皇女殿下は瞋恚の炎に身体を乗っ取られ、魔力的遺伝性過敏症の"天災"まで発動している。
今はまだ落雷だけだが、楽観視はできないな。
滉穎が無事だと分かれば一先ず落ち着くだろうが、この状況でどうするべきか』
そう言いながら、絳河は隣で気絶している滉穎を見た。
『仕方がない。危険性は高いが、やらないよりはましだろう』
そう言って、覚悟を決めた絳河はある魔法を発動させた。
『《オーバーソウル》』
その瞬間、電影は淡い光を帯びながらその姿を光の粒子へと変化させ、吸い込まれる様にして滉穎の中へと入っていく。
それに伴い、周囲にいた下級の特化型精霊も滉穎の身体へと取り込まれ、今度は彼の身体が淡い光を帯びていた。
滉穎の傷だらけの身体は徐々にその傷を塞ぎ、そして滉穎は立ち上がった。
そこに、彼に止めを刺しに来たテロリストが到着する。しかし、その刃が彼に届くことはない。
滉穎と目を合わせてしまったテロリストはまるで悪霊にでも取り憑かれた様に狂い始め、その目から血を流し、その耳から血液を垂れ流し、その鼻から赤黒い液体を漏れ出させ、そして断末魔を叫びながら死に至ったからだ。
さらに、滉穎は呪文を紡ぎ出した。
しかし、その声はいつもの低く、冷静沈着さを感じさせつつも年相応の若さを残す声ではなく、まるで、そう二千年もの長き時を生き抜いた賢者の様な、威厳さを持つ声であった。
『《Hitch your wagon to a star》』
滉穎は己が突き破った壁の向こう側へと動き出した。
『《I am a guardian following the light of the moon》』
迫り来るテロリスト達に血潮を吹かせながら彼は進む。
『《I will fight for those interest which the divinities honor and promoteーjustice, love, freedom, knowledge, utility》』
洋館の外へと出た滉穎の姿を最初に捉えたのは、アスタグレンスであった。だが、理性を失った彼女は彼を視界に捉えるやいなや攻撃を仕掛けようとする。
『《So, I hope to borrow the might of the elementーgalvanism》』
しかし、雰囲気が異なるとはいえ確かに彼の声色である声と、見覚えのあるその姿を脳が捉え、アスタグレンスは攻撃を中止した。
「こ、こうえい?」
その時、彼女が展開していた《無間地獄》が弱まった。
そして、そのタイミングを狙っていたかの様に。
『《Lightning field》』
アスタグレンスの《無間地獄》を、滉穎の《ライトニングフィールド》が打ち消した。
アスタグレンスの髪色は緋色から銀色へと戻り、周囲に広がっていた鬼火は消え去り、代わりに辺り一帯に突然数多の落雷が発生した。
そう。《ライトニングフィールド》とは、落雷を発生させやすくする範囲魔法だ。一見地味に感じられるこの領域展開魔法は落雷を起こすだけでなく、雷魔法の威力上昇、効果増強も及ぼすものであり、この領域内で雷をその身に受けた者は例外なく死へと至る。
鬼火と灼熱地獄が消えたことに安堵したのも束の間、テロリスト達は上から迫る一瞬の閃光に怯えなければいけなかった。
一方、アスタグレンスは稀代の魔力量を誇るとはいえ、瞬間的に膨大な魔力量を消費した影響か、ヘナヘナとその場に座り込み、固有領域の反動もあって息を切らせていた。
アスタグレンスはついさっきまで死んだと思っていた滉穎の方を見た。しかし、先程まで何かしらの呪文を唱えていた彼は一転、動く気配がなく、力なく頭を垂れていた。ただ、身体だけは何かが支え棒になっているかの様に、微動だにせず、倒れることはなかった。
そして、それを見逃す破沙羅ではなかった。《無間地獄》が無くなり、動く機会を得た破沙羅は近くにいた配下の者を率い、滉穎を殺めようとしていた。
しかし、灼熱の地獄が消え去ったとはいえ、滉穎の《ライトニングフィールド》が今度はより広い範囲で発動している状況での行動は危険を伴う。実際、破沙羅の背後では落雷によって木々が燃やされ、森の中にいたテロリスト達を死へと至らしめていた。
だが、近寄れば問答無用に灰へとされる《無間地獄》に比べれば《ライトニングフィールド》など破沙羅にとっては易しいものだった。
すぐに、彼は部下を連れて動き出す。
それに気付いたアスタグレンスであったが、感情の爆発、つまりエレメンターにとっての力の暴走を引き起こした反動が予想外に大きく、ウラノスを手に握っても手が震えるばかりでそれがテロリストに当たることはない。
障害が無い破沙羅は滉穎へと接近し、今度こそその息を止める・・・・・・はずだった。
どこからか銃声が響いた様な気がして、破沙羅はさっと身を翻した。
すると、先程まで居た場所に銃弾が埋まり、近くにいた部下はその脳天の中身を周囲にぶちまけながら地面へと倒れていた。
「くそっ! パールとパディーを殺したエレメンターか!?」
屋上でパールとパディーの死体を見た破沙羅はスナイパーの存在を予測していた。
そのため、先の銃弾を避けられたのだ。
スナイパーは引き続き滉穎に危害を加えようとする破沙羅やテロリスト達の脳に弾丸を撃ち込み、それを阻止していた。
「ふん、忌々しい」
破沙羅は折角の滉穎殺害のチャンスを掴めずにいた。
しかし、余裕がないのはスナイパー側も同じであった。
滉穎とアスタグレンスを援護するスナイパー、望月朧の背後では五人を相手に一人の若男が戦っていた。
数的な不利な上に彼の後ろには守るべき主人。その主人は狙撃に集中しなければならず、一人でも自分の後ろに、更には遠距離攻撃もさせる訳にはいかない。
若男は常に防戦一方で、膠着状態がいつ打破されてもおかしくはなかった。
外界がそんな状況の中、一ミリも動かない滉穎は深い意識の底へと入っていた。
ここは・・・・・・?
目を覚ますと、俺は漆黒の闇が一帯に広がる空間の中にいた。
目を凝らしても何も見えない。目に映るのは遠くで光る星、いや星かどうかも分からない。ただ一筋の光、それが日光なのか月光なのかは分からない。
耳を澄ますと、どこからか俺の声が聞こえてきた。しかし、声色は俺のものであるがどうも俺の声とは雰囲気が違う気がする。自身で感じる声と、人が聞く自分の声は印象が違うというのは有名な話だが。
しかし・・・・・・これは神秘主義の詠唱だな。
俺は詠唱魔術を使うとしても基本日本語だし、そもそも神秘主義の魔法なんて使えない。じゃあ何故神秘主義だということが分かったかと言うと、西洋の魔法に詳しい絳河に少し習ったことがあるからだ。
だとすれば、俺が使ったーーまあ俺ではないがーー魔法、いや魔術は俺の契約英霊、絳河によるものか。そう言えば絳河は生前はシャーマンであったり、死霊術師であったりした、と聞いたことがあったな。
そう思っていた時だった。
『その通り。今君は気絶しているから君の身体を動かしているのは君ではなく、君の英霊だ』
『誰だ?』
声を初めて出して驚いた。音が喉が震えて出た訳ではなく、空間全体にいきなり響いた、いやそもそも音という概念ではそもそも説明できない感覚だった。
そして俺が誰何すると、その人物はゆっくりとした歩調で徐々に近付いて来た。
俺の背後が真っ黒なのに比べて、彼の背景は純白であった。しかし、その純白の中には時々、赤であったり青であったり黄であったり、様々な色が入り混じった所もあり、俺は何故かそれが彼本来のものではなく、きっと彼の大切な人の影響によるものだろうな、そう直感的に感じていた。
『本当はゆっくり自己紹介して君と話し合いたいところだが、今は時間がない。
今、君の身体は《オーバーソウル》によって悪霊かどうかを問わず多種多様な精霊がひしめき合っている状態だ。
君の英霊によって何とか身体の乗っ取りは抑えられているけど、君が覚醒しないと君の意識はこのまま私と一緒に永遠にここに閉じ込められることになる』
きっと、俺が想像しているよりも大変な状況なんだろう。だが、何故か自身の命が掛かっているのだろうこの状況下において俺はいつも以上に冷静だった。
神秘主義とは神、絶対者などの究極的実在との直接的・内面的一致の体験を重んじる哲学または宗教上の思想だ。
絳河が唱えた呪文も、確か地球の神秘主義者が書いたものに沿っている。アメリカ人だったかな? 名前は思い出せない。
神秘主義はシャーマニズムなどがその例であるが、その使う魔法は基本的に神や霊、つまり精霊に呼び掛けて現象を操作するものが多い。
それにしても《オーバーソウル》か。元々はシャーマンの降霊術だったのだが、時を経るにつれエレメンターが英霊と一体になる、つまり「神憑り」と呼ばれる状態にする魔法へと変化した。だが、今回絳河が使った《オーバーソウル》は契約した英霊が自発的に契約者に憑依するものだ。
しかし、これにはある欠陥が存在する。俺はそもそもシャーマンではない。だから、憑依系の魔法は使うとしても危険性が高く、というのも悪霊に身体を乗っ取られる可能性があるからだが。他にも、英霊との一体化において自身が主導権を握れない、という危険性が伴う。そうなった時、俺にはそれを解決する知識も力もない。
故に、このまま手をこまねいていればどこの誰かも分からない奴に自分の身体が支配される可能性が有る訳だ。
『では、どうすれば良い?』
『話が早くて良いね。
簡単だ。君の意識をこのまま覚醒状態にまで持っていく。だが、正直に言うとこのままではまともに覚醒できないし、覚めたとしても力不足で倒され、また意識混濁状態に陥るのがオチだ。
だから、私が君の持つ本来の力を、封印されていた力を、いやより正確に言えば一族に伝承されていた力を解放する。
私としては時期尚早だと思うけど、残念ながら贅沢は言っていられない』
一族に伝承されて来た力、か。
どうやら魔境に呼ばれた理由はそれが関係していそうだな。この難局を乗り越えたらそれを調べてみるか。
まあ、今は取り敢えず・・・・・・。
『分かりました。お願いします』
そう言うと、目の前の全容が明瞭としない男は頷き、そして俺に問いて来た。
『爾は、正義を考え、貫き通し、英雄となることを誓うか?』
ここで初めて気付いたが、いつの間にか俺の身体は鎖に縛られていた。きっと、これが封印されていることを表しているのだろう。
俺は彼の質問に時間を置いて、はっきりと答えた。
『誓う』
『承認。肝気に収められし稲妻を喚び起こす竜を解き放つことを申請・・・・・・確認。
雷竜、解放』
その時、鮮やかな青色をしていた鎖に稲妻が走り、然る後に火花を散らしながら鎖が破壊された。
『爾は、愛を以て人々を照らす光となることを誓うか?』
はっきり言って人々を照らす自信はない。だが、彼女を想う気持ちを以てならば、きっとできる。
『誓う』
『承認。縛られし魂の領域の解放と拡張を申請・・・・・・確認。
固有領域、解放』
今度は燃え上がる様な赤色の鎖に火が灯り、そして灰となって消え去った。
『爾は、自由の権利を人々のために守り続けることを誓うか?』
理不尽から自由にさせる、そんな思いを胸に俺は答える。
『誓う』
『承認。爾に流れし一族の血の力を呪縛から解き放つことを申請・・・・・・確認。
月影、解放』
月光の様な黄色を帯びた鎖がボロボロと崩れ去っていった。
『爾は、知識を以て人々を救い、是非の心を以て人々の枷を断ち斬る刃となることを誓うか?』
正義、愛、自由と来て知識か。ならば次は功利だな。
『誓う』
『承認。東の守護獣の名を冠する神格武器の譲渡を申請・・・・・・確認。
偃月、解放』
まるでペガサスの羽の様に真っ白なその鎖が見えない刃によって斬り裂かれ、バラバラになって朽ちてゆく。
『爾は、功利を追い求め、人々の飢餓と闘う存在となることを誓うか?』
やはりな。
『誓う』
『承認。稲妻を操りし黒雲の支配権を申請・・・・・・確認。
蛟龍、解放』
闇夜の様に真っ黒な鎖が徐々に凍り付き、そして一気に破砕された。
そうして、遂に四肢に縛り付いていた鎖から解き放たれた。別に拘束されていた感覚があった訳ではないのだが、解放されてからは言い知れない万能感が俺を襲った。
『始祖たる私が我が主、青龍の名の下に誓おう。
月の血を受け継ぐ月影のあらゆる枷を解き放ち、我は月影の雷竜として偃月とならむ。
解放』
そうして、俺の意識は徐々に現実へと引き戻されていった。
・シャーマニズム
元来はシベリア諸族及びウラル語系諸族、アルタイ語系諸族に特徴的な原始宗教の形態。
「トランス」と呼ばれる特殊な心的状態において、神仏や霊的存在と直接的に接触・交渉をなし、卜占・予言・治病・祭儀などを行うシャーマンを中心とする宗教現象。世界的に広く見られる。巫俗。
ツングース語でシャーマンは「巫者」「呪医」「予言者」を意味するsamanとするのが通説。
シャーマンの例としては卑弥呼や日本神話のアメノウズメノミコトなど。




