Yoga・第七十一話
・光学迷彩
光への干渉により自身の姿を擬態させる、または見えなくさせるオンライン型の魔法。
主に、映像投影型、迂回型、空間歪曲型、電磁波吸収型があるが、オンライン型とされるのは前二つ。
時は、望月朧とパール・パディー兄弟との交戦よりも前に戻る。
山滉穎とアスタグレンス=リヴァインは洋館の地下を逃げ惑っていた。
監視役だろう男を殺め、銃を奪い、最初の部屋から脱出したところまでは良かった。しかし、その数分後・・・・・・見つかった。
「人が多過ぎる!」
滉穎は憤りを見せていた。それに対し、アスタグレンスは冷静に切り返す。
「もしかすると、カーリーの全メンバーがここに召集されているのかもしれませんね」
走りながら答えたアスタグレンスは表面上冷静な様子を呈していたが、その内心ではどうこの状況を乗り切るのか必死に頭を回転させ、そして見つからずに慌てていた。
「だとすれば、昨夜とさっきの戦闘を含めて百人は倒しましたから、最大で八百人といったところですね」
帝国の調査から分かったことを基にカーリーの残存人数を確認した滉穎は、その多さに顔を顰めていた。
「どうやら外でも戦いが始まったらしいですから、その人員にも人を割かなければいけませんが・・・・・・」
今まで接敵したテロリスト達の様子から洋館の外の状況を推測し、それに滉穎が応えた。
「ざっと、二百から三百、多くて四百といったところでしょうから・・・・・・まあ、だとしても半数以上はやけに広いこの地下に密集しますし、焼け石に水程度ですね」
自分達を容易に包囲できる数の暴力を前にして少しばかり嫌になった滉穎ではあったが、隣で走るアスタグレンスを一瞥すると、目を鋭くさせ決意を固めた。
しばらくして、一人の男が急に右側から飛び出たが、それに驚くことなく滉穎は頸にキックを決め、すぐにダウンさせた。
アスタグレンスも左から迫る敵に気付いたのか、奪った拳銃を媒体に「ウラノス」を顕現させ、前転すると同時に左に向かってトリガーを引いた。
すると、光線銃モードであったウラノスから光弾が射出され、それは容赦なくテロリスト達の身体を撃ち抜いた。
一人生き残りがいたが、仲間達が倒されたことに動揺し動けていなかったため、壁を走り、接近した滉穎によって頸の骨を折られていた。
二人はそのまま無限に続いていそうにも感じる地下の廊下を走り続け、そして漸く一つの大きな部屋に出た。
しかし、不吉な予感が脳内を走った滉穎は咄嗟にアスタグレンスを後ろから右側に押し倒した。
「グレンス!!!」
「こ、こうえイ!?」
驚いた声を出し、若干声が裏返っていたアスタグレンスだが、そのすぐ後に大量の発砲音が前方から聞こえ、彼の行動の真意を読み取った。
「あ、ありがとうございます」
滉穎の熱を近くで感じ、混乱しつつも感謝の念を伝えたアスタグレンスであったが、滉穎の険しい表情を見ると、すぐに顔を引き締め直した。
「いえ。
しかし、まずい状況になりました。後ろからも十人程度が走って来る気配を感じますし、はっきり言って袋の鼠ですよ」
体勢を直し、部屋の入口近傍に隠れながら応えた滉穎は、この危機的状況を打開する方法を必死に模索する。
その時、数多の銃声が響き渡った先程の一室から、しわがれた声が滉穎達に呼びかける。
「大人しく捕まったらどうだね、アスタグレンス=リヴァイン、山滉穎よ。どこに行こうが逃げ道はもうないぞ」
挑発とも受け取れる声で二人の名前を呼び、
「抵抗するようなら、足の一本でも斬らねばなるまいよ」
と脅しをかけた。
それに対し、起き上がった滉穎は蜂の巣にされ、今にもこちら側に倒れそうになっているドアを挟んで答える。
「あんた、テロリスト集団のリーダー、悠牙だろう。わざわざトップが出しゃばって来るとは、・・・・・・余裕が無いのかな?」
売り言葉に買い言葉と、こちらも挑発する姿勢を崩さずに大声で言った。
「ふん、我が配下に手も足も出なかった者がよく吠える。なあ、破沙羅よ」
滉穎の言葉を鼻で笑った悠牙は隣にいた破沙羅に対し、同意を求めた。破沙羅は目を閉じることで同意を示し、しかしその目は油断せず淡々と獲物を狙う熊鷹眼となっていた。
破沙羅がいる気配を肌で感じていた二人は若干焦りつつも、動揺することは無かった。
そして、数秒も経たない内に何かを思い付いた様な顔を浮かべた滉穎にアスタグレンスが気付いた。
少しずつカーリー達が近付くのを感じつつ、期待を込めた声でアスタグレンスは滉穎に小声で問う。
「何か、策を閃いたのですか?」
すると、自信半分不安半分と言った顔つきで滉穎は答える。
「まあ、秘策と呼べるものでもありませんし、賭けの要素が大き過ぎますが・・・・・・」
「構いません。それで行きましょう」
アスタグレンスの覚悟の決まった表情で、彼も覚悟を決めたのか、キッと顔を引き締め直し、アスタグレンスに指示を出した。
「では、グレンスは《光学迷彩》を使用して、隠れていて下さい。俺が奴らの目の前に出て注意を引き付けますので、《list up》で合図を出したら指定の場所まで走って下さい」
「分かりました」
頷き、早速《光学迷彩》というオンライン型の魔法を使用したアスタグレンスはその姿を徐々に空気へと溶け込ませていった。
そのすぐ後、滉穎は両手を挙げ、降参のポーズを取りながら悠牙、破沙羅の方向へと歩いていく。
悠牙の後ろには五十人近いテロリスト達と、そして彼を包囲する様にしてさらに五十人が陣取っていた。破沙羅は悠牙の後ろに従者の様にして控えていた。
敵意は存分に有るが、反抗の意思が無いと感じ取った悠牙は、警戒しつつも配下の覚醒者に彼を捕らえる様に指示を出す。
「殊勝な心がけだな。山滉穎。
しかし、アスタグレンス=リヴァインの姿が見えないのだが?」
しかしながら、アスタグレンスの姿を捉えられないことに疑問を感じていた。
「俺が投降するからさ、彼女は見逃してくれないか?」
「ふざけたことを。
生殺与奪の権利はこちらが握っていることが分からないのか?」
厳しい目つきで滉穎を睨み付けた悠牙は怒気を含めて言い放った。しかし、それに対して滉穎も負けじと、むしろ悠牙の目を撃ち抜く様な鋭い眼で睨み返して言った。
「確かに。あんたらの方が優勢なのは一目瞭然。でも、殺せないよなぁ? 傷付けることは出来ても、あんたらに俺と彼女は殺せない。そう命じられているから。
それに、あくまで彼女を狙うと言うのであれば、俺は全力で抵抗させていただこうか」
ここで初めて、滉穎は敵対心を顕にさせ、そして・・・・・・
「それと、俺が誰か、忘れた訳ではないよな?」
不敵に笑いながらそう言った滉穎からは言い知れない凄みを感じ、彼らの非覚醒者達は一歩下がってしまう。
それを叱咤するべき破沙羅は不穏な気配を滉穎から感じ、警戒心を極限まで高めていた。
その時、確かに破沙羅は読み取った。滉穎が《超自我》と言うのを。
瞬間、滉穎の眼がカッと開き、それと同時にテロリスト達の全方位から殺意の波動が放たれた。
覚醒者、非覚醒者を問わず彼らは背中に不快感を感じ、然る後に殺意の刃によって潜在的な恐怖が生じた。
「まずい!!」
悠牙の後ろに控えていた破沙羅は咄嗟に両側から来る、今度は本物の刃を掴み、そして握力によって破壊した。
誰もが背後から迫る刃に怯え、ならば自分が殺られる前にと、逆に銃で、剣で後ろに攻撃した。しかし、幻影の刃には届かず、隣の、後ろの仲間を斬るだけに終わった。
あっという間に彼らは混乱状態に陥った。しかし、悠牙の後ろにいた五十人は精鋭だったのか、多少の怪我で済み、そして態勢を既に整え終わった破沙羅は滉穎に襲い掛かろうと、両脚に力を入れた。
だが、
「《ユガ! 動くな!》」
動くな、という言葉に本来であれば止まるはずはなかったのだが、第六感から動くことを止めた破沙羅だった。
しかし、それが正しい選択だったと、彼はすぐに思い知る。
何と、前にいた悠牙が全身の筋肉を硬直させ、まるで静止画の様に先程から全く動いていないのだ。
その場にいる全員が目の前の男によってそれが為されたとのだと、理解した。
「何をした!!!」
思わず破沙羅は叫んでいた。
それは、周りにいる部下でさえ怯む様な声量と迫力であったのだが、滉穎は肩を竦めるだけであった。
滉穎は混乱して包囲が甘くなった右側を一瞥すると、
「何って。
簡単な呪術ですよ。《金縛り》、と言えばすぐに分かるんじゃないんですか」『グレンス、右側に逃げられそうな道があるからそこまで気付かれない様に移動してくれ。結局、走る必要が無くなったのは良かった』
『分かりました』
滉穎は《List up》を使用しながら、時間稼ぎのついでに破沙羅の問いに《金縛り》と答えた。
《金縛り》は文字通り相手の筋肉を極限まで緊張させることで体幹と手足を自由に動かすことをできなくさせる現象を引き起こす呪術だ。滉穎が今使える数少ない呪術の一つでもある。
基本的に呪術は「人を呪わば穴二つ」と言われる様に高い効果の代わりに失敗時の代償が大きい魔法だ。言い換えれば、ハイリスクハイリターンの魔法とも言える。
そのため、現代のエレメンターは防呪方法を習い、そもそも相手に呪術を掛けさせない様にするのが主流だ。だが、法律と犯罪の様にこれもイタチごっこの現象が起こっている。つまり、呪術もまたその防御の網を通り抜けるやり方を模索しているのだ。例えば、抵抗力が弱いエレメンターを狙ったり、新規のルートで相手に呪いを掛けたり。近年こそ希少魔法がさらに希少化し、呪術を使えるエレメンターも非覚醒者も減って来てはいるが、今、滉穎が使用した様に廃れた訳ではない。
滉穎は公爵家であるヴァトリー家の嫡男、玄羽=ヴァトリーの弟子であるため、当然使う呪術もヴァトリー家に受け継がれて来たものだ。トイラプス帝国にはもう一つ、望月月英の母親の実家、震緯望月家と坎経望月家が伝え、発展させて来た呪術があるが、ヴァトリー家のものとは違う流れのものである。よって、滉穎が使う「呪術」と月英が使う「呪術」は魔法の系統は同じ名前であっても、全くの別物であるのだ。
ところで、ヴァトリー家に伝えられて来た呪術というものは、実戦形式を意識し近代的な一面もある望月家の呪術と比べて、格式高く伝統的なものが多い。「丑の刻参り」や「蠱毒」など、古来から存在するものを今でも受け継いでいるのがヴァトリー家なのだ。実際に、歴史の中でその呪いによって暗殺された者は多く居るらしい。ヴァトリー家とトイラプス帝国の暗部でもあるが、まあその話は置いておこう。
古来から受け継がれている概念と言えば、「言霊」もまたその一つだろう。
言葉に宿ると信じられた呪力、ここでは敢えて魔力のことを呪力と呼ぶことにする。その呪力によって言ったことが現実にもなり得るというものだ。
例えば、先程滉穎がやった様に「動くな」と言えば、多くの人々が止まるだろう。では、これに呪力を乗せるとどうなるか。答えはもちろん、聞いた人間が動かなくなる、だ。
しかし、これには欠点が有る。言葉というものは音によって広範囲に伝わるものであり、それに呪力を乗せたとしても薄く広くなるだけ、と言えば分かりやすいだろう。つまり、無差別であると効果が弱くなるのだ。それを解決したのが、「名前」だ。
名前には、名付けられた事物を概念化するという便利な機能があり、「命名=存在」が成り立つ。また、言葉による差異化を及ぼす。それを利用し、名前によって体系化された概念を通して対象に直接、というよりは間接的に呪いを掛けるのが、言霊を使った呪術だ。つまり、名前が指す「対象物」の影を呪力によって本物へと昇華するのだ。
しかし、これにもまた欠陥が存する。それは、偽名だ。生まれた時から与えられた名前は否応無しに主観的にも客観的にも対象の概念化を及ぼすが、その名前が偽物であった場合、それは主観的な概念化という点では破綻しているのだ。
これは、一般的な防呪の方法でもある。例えば、光剣部隊。彼らは入隊と同時にコードネーム、というよりはもう一つの名前が与えられる。これは、古代中国からの字と諱に影響されたものであるのだが、呪術に対しては効果覿面であった。何せ、もう一つの名前とはいえ親から与えられ、まるで先天的に自分に名付けられていた様にも感じる本名と比べれば、偽名を通した呪いなど高が知れているからだ。
肖像画も同様だ。昔は、肖像画というものは本物同然に描いてはいけなかったらしい。というのも、本物にかなり類似させると、それに自分が魂を乗っ取られることを恐れ、またそれを傷付けることにより自身も傷付くと信じたからだ。故に、この魔境では呪術に通じる者程自身の痕跡を残そうとしない。現代で言えば、写真嫌いと言えば分かりやすいだろう。かくいう滉穎も写真を撮られることは好きではない。ちなみに、かの西郷隆盛もそうだったらしい。
話を戻そう。故に、本名を知られてはいけないというのはエレメンターや覚醒者の間では一般的な認識でもある。まあ、呪術の使い手が少なくなったことによりそれも甘くなって来てはいるのだが、高貴な者程万が一に備えてもう一つの名前を使う傾向もある。
それは、テロリストの覚醒者であっても変わらない。
閑話休題。
「なぜ・・・・・・導師の名前を?」
あまりにも衝撃的だったのか、目を丸くして破沙羅は問い掛ける。
「あんたのおかげだよ。阿僧恒河いや、破沙羅」
「何だと?」
その言葉にまたも一驚した破沙羅は悔しそうに顔を歪めた。
「おっと動くなよ。あんたらの指導者が呪い殺されない保証が何処に在る?」
完全にブラフであったが、それをおくびにも出さない出さずに「呪い殺す」と言った滉穎であったが、それはテロリスト達に有効であったそうでそこからは一ミリたりとも動く者はいなかった。
「それで、あんたの質問への答えだが、それは最初に会った時まで遡る。
あんた、俺が導師と言った時に結構過敏に反応したよな。まあ、それだけなら俺も気にしなかったんだけどな。
その後あんた、導師のことを指導する立場にある者、つまり指導者の意で言ったよな。それはおかしいんだよ。
あんたが使う魔法は仏教系統のものだったはずだ。それなら、導師という単語は僧の意味で捉えるはず。にも関わらずあんたは指導者と言った。
では、それが何を意味するか。それは、あんたの本来の使用魔法が仏教系統のものではなく、同じ南アジアであっても違う系統、そう例えば・・・・・・ヨガとか?」
その瞬間、今まで微動だにしなかった、いやできなかった破沙羅の身体がビクン、と反応を示した。
「あんた、嘘を付くのは向いてないよ」
「それで・・・・・・なぜ私がヨガ使いだと、ユガという名前にたどり着ける?」
「そもそもさ、悠牙という名前からしておかしいんだよ。カーリーの者達の名前は皆中国系、インド系なのに対し、あんただけが日本の要素がある。それで偽名、もしくは通称という可能性が浮かび上がる。
ところで、ヨガというのは"yoga"という梵語から来ているのだが、そのヨーガを音訳 すると・・・・・・"瑜伽"になる。
悠牙という漢字もユガと読めるし、それがあんたの本名なんだろう? カーリーの指導者さんよ」『そろそろ逃げるから、合図したら右のドアを開けて下さい』
言い終わった滉穎に対し、破沙羅は鋭い目をして睨んでいたが、やがて唐突に笑い出した。
「フハハハハ。そうか。そうだったのか。
私はお前を注意していたつもりで、その実お前を軽視していたのか。だから、こうやって足をすくわれた」
頻りに笑っていた破沙羅はしばらくして笑い疲れたのか、臍辺りを擦っていた。
そして、
「往け。玄羽=ヴァトリーの弟子よ。どうせ、私の偽の主人は既に逃げたのであろう?」
訝しげに破沙羅を見ていた滉穎であったが、やがて自然体になり、
「では、逃げ果せるとしようか」『今です!』
と言った。
すると、右のドアが急に開き、そこにアスタグレンスが忽然と姿を現した。
テロリスト達に動揺が走る。しかし、唯一破沙羅だけは驚かず、臍を擦るのみであった。
「では、さようなら」
滉穎とアスタグレンスは、右側のドアから悠然と姿を消した。
その後、アスタグレンスによるものだろうか、天井が崩れ、追い掛けようとしたテロリストの非覚醒者達を下敷きにした。
しかし、破沙羅は臍を擦りながらただ笑みを浮かべるのみだった。
・震緯望月家
二千年前の望月家から派生した分家であり、春朝の妻の一人であるスウエンの血統。
陰陽術や占星術に長け、主に占いや気象学、天文学の分野で活躍する。望月本家と娘を婚姻させ、朧と月英が生まれた。
震は八卦で東の方向に配され、震緯望月家が本家の東に根拠地を置いていることを表し、「緯」は「緯書(人事を神秘的に予言した書物)」を表す。
・坎経望月家
二千年前の望月家から派生した分家であり、春朝の妻の一人で、スウエンの妹であるメイメイ(シャオメイ)の血統。
呪術や妖術、邪術に長け、震緯が妖怪との戦闘が得意なのに対し、悪霊退治が得意。震緯と長く付き合い、交流が深いのでお互いの技術を吸収し合い、また発展させている。
坎は八卦で北の方向に配され、坎経望月家が本家の北に根拠地を置いていることを表し、「経」は「経書(古今を貫く真理を載せた書物)」を表す。




