Ignite・第七十話
温もりで私は優しさを知ったはずだった。だが、私達はまた傷つけ合い、憎しみを生み出していた。
涙で覆われていた痛みを知り、その強さで未来と悲しみを優しく包むと決めた。
その彼を護ると、私は決意した。
きっと、森の中に鳴り響いた銃弾の衝動は、その始まりの音に変わるだろう。
by 朧
山滉穎とアスタグレンス=リヴァインが洋館の地下からの脱出を試みている最中、洋館の外の森では唐突に戦いが始まった。
その火蓋を切ったのは果たして、・・・・・・重厚なスナイパーライフルを持った望月朧であった。
朧の持つ狙撃銃型の神格武器「竜月」が火を吹き、一人の覚醒者の頭を撃ち抜いたのだ。
それを合図に朧配下のエレメンター達が一斉に動き出した。己がマークしていた覚醒者に近付き、影から首を一閃。斬られた覚醒者はほぼ即死であった。
そうでなくても、斬られた痛みに必死に耐えた結果、止めの一撃が数秒後には下される。
テロリスト達は一瞬にして混乱状態へと陥り、超遠距離からの朧の援護射撃も有って、しばらくは一方的な攻撃が続いていた。
しかし、その流れを変えようとする覚醒者が二人。
表面上は騒がしい静寂を保ち続けている森の中で、二つの発砲音が響き渡った。
朧配下のエレメンターに緊張が走るやいなや、二人の男が木から落ちた。二人は頭を銃弾で撃ち抜かれていた。
「よっしゃあ。まずは一人目〜」
意気揚々とそう言ったパディーは、次なる獲物に狙いを定め、手の狙撃銃に火を吹かせた。
その数秒後、またしても木の上にいたエレメンターが一人地面に落ちた。彼もまた頭を撃ち抜かれ、ほぼ即死。しかも、非覚醒者のテロリスト達は死んでいるにも関わらず、そのエレメンターの身体に容赦なく得物を振り下ろしていく。
仲間が冒涜されている状況に怒りを覚えた朧とその配下のエレメンター達であったが、少なくとも二人はいるであろうスナイパーを警戒して、思う様に動けなかった。
木や岩を遮蔽物におそらくは建物内から撃つスナイパーの視界から逃れる様に隠れていた。だが、彼らはそれを嘲笑うかの様に目敏く見つけては、急所を狙い、できなければ手足を狙撃してきた。
加えて、狙撃手だけでなく、数で勝るテロリスト側の覚醒者や非覚醒者も警戒せねばならなかった。当初は混乱を極めていたテロリスト達も徐々に落ち着き、状況はエレメンター側が不利になり始めていた。
そんな中、一人戦場から遠く離れた場所にいる朧は部下達のフォローをしつつ、独り言を呟いていた。
「そうか、月英。お前が言ったのは、彼らの事だったのか」
朧は得心した様子を見せ、月英が言ったことを反芻していた。
『赤き火蜥蜴に見せかけて、背後には黒き水蛇がいます。特に、森の中では周囲に気を配って下さい』
朧の妹である月英は基本的に陰陽術や占術などを得意とするエレメンターであり、本質的に使う魔法は古代中国で生まれた陰陽五行説に基づいている。そんな彼女の思想は幼い頃より母親の影響により古代中国の思想を学んでいたため、それに近似している。例えば、儒教や道教、仏教など。
滉穎もこれらを趣味で学んでいるために思想も大陸よりではあるが、彼の場合は西洋哲学、日本古来の神道などにも手を出しているため、どっち付かずといった感じだ。それを考慮すれば、月英はかなり東洋の思想に影響されたエレメンターと言えるだろう。
さて、そんな彼女の言葉は、一見意味が分からない様にも思われるが、それに五行相剋の原理を基にして焦点を当てれば彼女の意図していることが理解できる訳だ。
朧は母親よりも父親によって教育されることが多かったため、東洋思想というよりは現在主流の西洋の考え方、つまり近代思想が基盤である。だが、妹と仲が良い朧は彼女の影響を受け、すっかり中国最古の医書である『黄帝内経』だけでなく、『占雲気書』と呼ばれるものにまで精通してしまった。
『占雲気書』とは、中国甘粛省の敦煌の石室から出土した文書であり、雲気の形状や色彩などに基づいて、その吉凶を示したものだ。
彼女の言葉も、その『占雲気書』を基に考えると、自然と意味が見えて来る。
記述の一部を見てみよう。
「丙丁の日に黒雲有れば、攻むべからず」
これは、五行の「火(赤)」に当たる「丙丁」の日に、敵の陣営に立ち上る「黒」い雲は「水」に当たるため、「水(敵軍)は火(自軍)に勝つ」という五行相剋の原理に照らし、自軍の敗北となる。そのため、攻撃をしかけてはならない、という占断が下される。
では、肝心の月英の言葉を読み解くヒントとなる記述は、以下の通りである。
両軍が対峙している時に、相手の陣営の前に赤い気があり、その奥に黒い雲気が見える。これは、必ず伏兵がいるから、攻撃してはならない。
つまり、一見埋没している水(伏兵)が火に勝つということで、この様な時には敵の待ち伏せがあると考えられているのだ。
朧は最初、これをただ伏兵がいるだけ、と捉えていた。実際、静けさを保っていたと思われた森の中にはテロリスト達が跋扈していた訳で、これに逆に奇襲をかけることでエレメンターは優位に立っていた。
しかし、ここに来て凄腕の覚醒者である狙撃手が登場した。朧は思い直した。
もしかすると、テロリスト自体が火蜥蜴であり、あのスナイパー達が水蛇、つまり本当の伏兵ではないのか、と。まあ、はっきり言うとそれが分かったところで作戦自体に変更は生じないし、伏兵がいると予め月英から聞いていたため、少なくはないが被害は抑えられている。
ならば、あのーーおそらくはーー二人を仕留めるのは、同じ狙撃手である自分の仕事だろう。
そう朧は決意を固めた。
頭の中で状況を整理していた朧は、突如として右股に装備していたホルスターから拳銃を抜き出すと背後に発砲した。
すると、彼を後ろから狙っていたのだろうか、一人の非覚醒者がその脳天を貫かれ、岩にもたれかかり、周囲に血をばら撒きながら息絶えた。
「やれやれ、もうここまで来たか。これでは安心して竜月を構えられないな。
ま、問題はないけど。
"竜月"、《重力レンズ効果》、発動」
その瞬間、朧を起点として空間が歪み、ついにはその姿を消してしまった。
彼を密かに狙っていた者達は咄嗟のことに驚き、彼を探すも姿を捉えることは終ぞなかった。
朧が発動させたのは《重力レンズ効果》と呼ばれる竜月の聖句の一つだ。
効果は、光にのみ作用する強力な重力場を自身を起点にして発生させ、その姿を隠すというものだ。狙撃手として活躍する朧やスナイパーライフルの形を取る竜月にとっては位置を特定されないために必要な魔法だ。しかし、これには欠点も存在する。光を重力によって捻じ曲げるために、自分自身も周辺の景色が見えない、または見えたとしても正確な位置を把握し切れないのだ。
だが、朧にとってはそんな欠点も欠点と成り得ない。彼は先程自分が見た景色を正確無比に記憶しているのだ。故に、見える必要などない。
さらに、発動させた重力場は光にのみ作用する様に設計してあり、その他の物体には影響を及さない。
朧は鈍重そうで、しかし頼りがいのある相棒である竜月を再び構え、脳内に立体映像を映し出した。
朧は特段戦闘に強いという訳ではない。近接戦闘に限れば四歳下の滉穎に負ける自信があるぐらいだ。ではそんな彼の最大の強みはというと、それは卓越した空間把握能力にある。
身体能力が高いという訳ではなく、運動センスが良いという訳でもなかったが、彼に球技をやらせると周囲の人間は彼の動きが常に最適であることに驚くことになる。彼の父親である明衡がその能力が空間把握能力に由来することを見抜き、狙撃銃を習わせたところ、群を抜いた実力を発揮したのだ。
また、測量や物理演算にも長けていた朧はその能力を大いにスナイパーライフルで示すこととなる。
朧は立体映像を見ながら、敵の狙撃手の位置を特定していた。
敵のスナイパーは今までの発砲音や射線から推測するに、館の中、というよりも屋上にいる。どこにいるのかは概ね分かった。しかし、屋上は遮蔽物が多くて、狙いにくい。ならば・・・・・・
こう考えた朧は、竜月の聖句を発動させた。
「《エンチャント》。
プログラム開始。銃弾を球形に変更。反発係数を一コンマニに設定。反復八回に設定。完了後、爆散を命ずる。プログラム終了。
《イグナイト》」
その瞬間、竜月の銃身がまるで日光を反射した月の様に光り輝き、魔術陣が黒い金属の上に浮かび、回転しながら銃弾に効果を付与していく。目を赤く輝かせながら重いトリガーを引いた朧は、笑みを浮かばせていた。
竜月の銃口から球体状の弾丸が火を吹きながら射出され、鋭い回転をかけながら館の方向へと向かっていく。しかし、その弾丸は館近くの木に当たった。
外した・・・・・・常人であれば確実にそう思うであろう。だが、竜月によってエンチャントを掛けられた弾丸はその勢いを減衰させるどころか、回転数を上昇させ、反射の法則に従って再び館の方向へと向かう。木は大きな音を立てながら上半分が地面に落ち、その音には敵味方問わず驚くと共にその方向に視線を向けた。
それは、敵側の狙撃手であるパールとパディーも例外ではなかったが・・・・・・
「ははは。外してやがんな、エレメンター。
お前の目はどこに付いてんだ?」
と、パディーは遠く離れ聞こえるはずはない相手に対して挑発する様な声で侮蔑の言葉を口にした。
気を緩めるな。
そうパールが注意しようとした瞬間だった。
直線では彼らに届くはずがないのにも関わらず、朧の弾丸がパディーの脳天にクリーンヒットした。
パディーは最後の言葉を言う間すら与えられず、頭から血を吹き出しながら地面に倒れた。
「パディー!?」
思わず叫び、然る後に怒りに燃えたパールはスナイパーライフルを構え、そのスコープから狙撃点を見た。
本来ならば、見つかるはずがない位置であったのだが、弟を殺された憤怒が見つけさせたのか、それとも朧の部下を殺された怒りの殺意が届いたのか、いずれにせよ既に《重力レンズ効果》を解除した朧をパールは発見することに成功した。
だが、朧はそのことに気付いていないのか、はたまた予定調和だったのか慌てることはない。むしろ、微笑みすら浮かばせ、赤く光るその眼で真っ直ぐパールを射抜いていた。
そして・・・・・・
「がっ!!?」
死角だった方向からパディーの頭を粉砕した弾丸が今度はパールの心臓を貫通し、地面に衝突するやいなや爆ぜた。
心臓と脳という中枢神経を完全に破壊されたパールは何が起きたのかも理解できぬまま、弟の上にその身を倒した。
「クリア」
二人の死亡を遠巻きではあったが、確かに認識した朧配下の一人が、淡々と告げた。
その報告を聞いた朧は指揮を壮年の男に託すと、単独行動へと移った。
しかし、その後ろを追い掛ける様にして、彼と同じ歳だろうか、若い男いやエレメンターが付いて行った。若男は朧に近付くと、
「若様。先程の攻撃は・・・・・・」
「なに。簡単な魔法さ。
反発係数を一よりも大きく設定した弾丸で反射を利用した射撃を行っただけだ。しかも、数値は一コンマニに設定したから、四回で速度は二倍、八回目でさらに二倍、つまり普通の銃弾の速度四倍を越えた弾丸だから、当たれば即死だ」
本来であれば、反発係数が一を越えることはない。しかし、魔法は不可能を可能にすることがある。それは、物理法則においても同様であった。
そして、速度が四倍、つまり運動エネルギーで考えれば十六倍という強大なエネルギーが弾丸に与えられた。
しかし、その弾丸も当てなければ意味がない。むしろ、反射する回数を増やせば増やす程、速度に比例して難易度も上がるのだ。今回に限って言えば、八回だ。命中させるための技量も演算も至難のものであるということは容易に若男には想像できた。
だが、目の前の仕えるべき男は平然とそれを行い、達成した後もさもそれが当然であったかの様に振る舞っている。
若男は、自分の主人の人間離れな能力に感嘆しつつも、頭では冷静にその特性を理解していた。
「そうか。だから、銃弾も球形にしたんですね」
「ああ。そうでないと演算も難しくなってしまうからな。
まあ、正直に言うと命中しなくても良かったんだよ。
あの弾丸が爆散して生きていられるとは思えないからね」
まさに、必殺の弾丸だった訳だ。
その後、朧と若男は、森の奥へと消えて行った。
静寂を切り裂かれた森の中では、エレメンターによる一方的な攻撃が再開されていた。
・重力レンズ効果
竜月の聖句。
光にのみ作用する大きい重力源を自分を中心にして発生させ、光を曲げさせることで、観測者に複数の経路を通った光を到達させる。これにより、同一の対象物が複数の像となって見えたり、または対象物を見えなくさせる。
重力場への干渉というよりは、暗黒物質の操作により現象を具現化させる。




