Ignition・第六十八話
・風爆ー風
強大な突風を放出する攻撃魔法。風圧によって相手を攻撃する。射程が長く、扱い易いために重宝される風魔法である。
満月の夜は明け、朝日が魔境を照らしていた。
初秋ではあるが、今日の朝は少しばかり冷えていた。
しかし、人々は既に活動を開始し、五神祭の競技の準備を進めていた。
オリンピアの中は活気に満ち溢れ、昨夜にオリンピア内部で起きていたことなど知る由もなかった。
人々が往来し、喧騒にまみれたオリンピア内部とは対照的に、オリンピアの東側に位置する巨大な森の中は寂れていた。もちろん、鬱蒼とする森の中に人が好んで入るはずもなく、人影が見当たらないのは当然の事だ。
しかし、朝日によって漸く明るくなり始めた森林の中で、七十は越えるだろう黒い影が動き回っていることなど、森の動物達でさえ知り得なかった。
比較的高い影が、後方で待機しているのか微動だにしなかったもう一つの影に近寄った。
そして、
「若様。先遣部隊からの報告です。
この先に一際大きな洋館が見つかったとのことです」
声の主はまるで幾多の経験を積んだ壮年の男の様であり、その男から「若様」と呼ばれたもう一人の男はその瞼をゆっくりと開けた。
「こんな所に皇族かアーバーズの別荘などあるはずないし、そんな事は聞いたこともない。
十中八九・・・・・・」
「カーリーの本拠地でしょうな。意外と高度な結界が周囲に作られており、注意しなければ気付けなかったと申しておりました」
壮年の男の言葉を聞いて立ち上がったその男、望月朧は周囲にいた自分の家臣に指示を下した。
「これからカーリーの根城に奇襲をかける。洋館を包囲する形で接近し、俺の合図を待て。
だが奇襲をかける側だからと油断するな。奴らは既に警戒状態に入っているはずだ。接近の際は周囲の警戒を怠るな。こちらが奇襲をかけられる可能性がある。
では・・・・・・散れ」
その言葉と同時に朧率いる集団は音を立てずに森の中に広く展開されていく。
朧は森の中でも少し高い位置に陣取り、壮年の男を通して部下からの報告を聞き、指示を出していた。
それと同時に、朧は今まで背中に背負っていた黒く硬い直方体型のものを地面に下ろすと、然る後にその中からスナイパーライフルを取り出した。
「頼むぜ。"竜月"」
取り出したのは、比較的最近造られた神格武器である「竜月」だった。
漆の様に真っ黒で、長銃身の狙撃銃は見た目は簡素であるが、纏う雰囲気は重々しく、漆黒を好む朧のためだけに造られたと分かる造形であった。
朧は壮年の男に自分を護衛する様に改めて伝えると、地面にうつ伏せになり、重く、しかし頼もしい相棒である竜月を構えた。
一方、包囲されつつある洋館の周囲にある草木の中にはテロリスト集団カーリーの構成員達が潜伏していた。
その指揮を執るのは、山滉穎に麻痺弾を当てたパールであった。しかし、昨夜の戦いには付いていたはずの彼の右耳は焼き焦げ、跡形も無くなっていた。その痛々しい姿を横から見る人物が一人。
「くそっ。痛てえよ。
あの魔女め。必ずこの報いは受けさせてやる」
そう言って憤っているのは、パールの弟であるパディーであった。
見れば、彼の左腕も肘から先にかけて無くなっており、彼はその腕を痛そうに抑えていた。
昨夜、滉穎を無力化させたパール・パディー・破沙羅は、その足で洋館に居る皇女の下へと向かった。
滉穎が仕掛けていた魔術を強引に破壊し、素早く館内へと侵入。
だが、第三皇女アスタグレンス=リヴァインの反応も早かった。
すぐさま神格武器ウラノスを顕現させると、破沙羅との接敵を避けながら狙撃手であるパール・パディーを集中的に攻撃。パールの右耳を光線銃で撃ち抜き、パディーの左腕を光剣で斬ることに成功する。
しかしながら、彼らのボスである破沙羅が登場すると、皇女である彼女も瞬く間に無力化されてしまった。
まあ、そもそも皇族であり、桁外れの魔力量を持つとは言え、彼女は基本後衛だ。前線で戦うこともできるが得意という訳ではなかったし、接近戦に限ればおそらく滉穎が追い詰め、パディーが殺したバジラにも負けてしまうだろう。ついでに言えば、江月華にも負ける。
と言っても、戦いにおいてはそんな言い訳は無意味だ。負ければ死ぬという状況の方が多い。幸いなことに、彼らの勝利条件は皇女であるアスタグレンスの誘拐だったために死ぬことは免れたのだが、これが暗殺が目的であった場合は彼女も滉穎も死んでいた。
そうならなかったのは破沙羅の命令であったからだ。その破沙羅にそうする様に言ったのは波俊水明なのだが、もちろんこの二人はそんな事を知る由はなかった。
そして、今に至る。
しかし、怒りに燃えている彼を宥めるのもまたパールであった。
「それは幻肢痛と言うんだ、パディー。我慢しろ。
この戦争が終わったら治療してもらうよう破沙羅様に頼むから。
くれぐれも、あの皇女を害そうなどと考えるなよ。
大事な交渉材料なんだからな」
そう言いながら狙撃銃を整備しているパールに、パディーは理解しつつも納得できない様な顔を浮かべた。
「分かってるよ、そんな事は。
精々、追手のエレメンターを殺して自分を慰めてやるさ」
その言葉に安心したのか、パールは一言、
「それで良い」
それだけ言ってスナイパーライフルを洋館の屋上から構えた。
それを見ていたパディーも、遅ればせながら片手でスナイパーライフルを持ち、森の中に照準を当てた。
「さあ、来いよエレメンター。その臓腑を僕のライフルでぶち抜いてやる」
くっくっくっ、と不気味な笑いを堪えながら、パディーは不敵な笑みを浮かべていた。
・竜月ー(光)、重力、金、磁力 狙撃銃
所有者・望月朧
望月家が開発したスナイパーライフル型の神格武器であり、射程は十キロメートルを軽く超える。また、ライフルに備えられたスコープには《千里鏡》という魔術が施され、条件さえ整えば千キロメートル先も視ることができる。




