Stay Night〜Cynthia〜・第六十六話
混在した運命が交わったなら点となり、その運命に突き動かされるままに幻想は映し出されました。しかし、潜在した真実に行き場を遮られ、その幻想は儚い形と色を呈しています。幻想の破壊に怯えた私は、運命を変えようともがき続けるでしょう。
by 月英
場所は変わり、オリンピアの内部、軍事区。
既に月夜の街は静寂に包まれ、響くのは彼女の足音のみ。
月桂に照らされた道路を歩くのは、彼女一人。
満月は彼女を導き、進む先を、幻想を映し出していた。
独りその儚い幻想の上を歩き、その景色を楽しんでいた彼女は唐突に言葉を発した。
「後ろの正面だあれ?」
その瞬間、彼女の陰がビクッと反応し、そこから一つの影が飛び出した。
彼女はその影に対して怯えることも、驚くこともなく、言葉を続けた。
「こんばんは。それとも、初めまして、と言うのがあなたにとっては適切でしょうか?」
柔和な笑みを浮かべ、眼帯を付けた彼女、望月月英は言った。
だが、その奇妙な言い回しに対し、その影は疑問符を人知れず浮かべた。
「すみません妙な言い方をして。私は、あなたと会うのは初めてではないものですから。
と言うより、私は何度もあなたに殺されましたから」
しかし、不思議なオーラを纏う月英はまたも奇怪な発言をし、影はただただ固まるのみであった。
「あなたはどんな未来でも必ず私を殺しに来ました。殿下をテロリストとの戦いで失ったことで、自分に怒り、己を憎しみで満たしてしまった彼に追い討ちを掛けるかの様に。
私は、エレメンターと言えども戦闘能力は一般の女性と何ら変わりありませんから、容易く殺されてしまいます。そして、彼は再び大切な人を失う悲しみを覚えてしまう。そこから先は言わずもがな、です」
その言葉は、まるで既に体験したかの様に哀しみと悔しさが乗り、宙を伝っていた。
「ですが、あなたのおかげで分かったこともありました。
彼は、たとえどんな未来でも私を失ったことに悲しんでくれました。私を大切に思ってくれました。私はその未来という幻想にいつも心が踊りました。
ですから、あなたにその未来を、儚い幻想を、邪魔させる訳にはいきません」
強固な意志を感じられる程に、彼女の言霊は強くなり、空に響いた。
「その行動を危険視したあなたの父は私を殺せ、とあなたに言ったのでしょう?
そうでしょう? 波俊天魔さん?」
その瞬間だった。
影は己の使命を思い出したかの様に俄然と動き出した。影もとい天魔は月英に瞬く間に接近すると、その右手に握った短剣を振り下ろした。
月英はエレメンターではあるが、本人も言った様に戦闘能力は皆無に近い。しかし、彼女はこの時のために計画を練り、苦手な運動も行って来たのだ。
それが功を奏したのか、月英はつとめて冷静に攻撃を回避し、魔術を発動させた。
「私は最初に警告をしましたよ? 天魔さん。
後ろの正面だあれ、と」
月英は微笑みながら後ろへと逃れていく。
いつの間にか天魔の足元には巨大な五芒星が描かれ、その中心に彼が居た。発動と共に淡い光を帯びていた魔術陣はその光を強くし、彼を捉えていた。
「くそっ!」
初めて声を発した天魔のそれは焦燥に満ちており、必死に逃げようとしたものの、それはすぐさま無駄なことだと気付いてしまった。
「木火の気ーーー《雷轟電閃》」
「ぐあああああああああああああ」
月英がそう唱えた瞬間、天魔の目は神の威光が如き光に焼かれ、その耳は神罰が下ったかの如き音に裁かれ、その身体は天地を揺るがすが如き雷震に圧し潰され、そして悪魔を滅するが如き雷電によって静かに倒れた。
魔術陣で設定した領域までしか、月英が用いた魔術と陰陽術の融合である《雷轟電閃》は効果を発揮しない。そのため、月英には天魔が感じた苦痛が襲うことは無かった。
まあ、そもそも月英は眼帯をしているため、少なくとも光によって失明することは無いだろう。
月英の前にゆっくりと倒れた天魔は、時々潰された虫の様にピクピクと痙攣をするのみであり、もはや再び動き出すことは無かった。
月英は近くに居るであろう人物に向けて声を掛けた。
「首尾はいかがですか? 兄上」
すると、月英の居る場所からさらに後ろの物陰から、もう一つ大きな影が姿を現した。
「問題なく終わったよ。お前が言った通り、周囲にいた覚醒者達はこちらで全員捕らえた」
陰から出現したのは、月英の兄、朧だった。
彼は現状を説明しながらゆっくりと月英に近付くと、その隣から未だ麻痺状態にある天魔を眺めた。
「彼は大丈夫かい?」
朧が同情した様な声で、月英に尋ねる。
しかし、月英はそれに対し少し厳しい声色で、
「ええ。盲目で聾唖で全身不随になるかもしれませんが・・・・・・大丈夫ですよ」
と答えた。
「そ、そうか」
その言葉に、朧は苦笑いを浮かべる他無かった。まあ、それも仕方がないだろう。この状態の天魔にはいくら可愛い妹を狙われたとは言え、同情を禁じ得ないのだから。
だが、そんなことは知ったことではないと月英は続ける。
「彼は未来という不確かなものの中ではありますが、何度も私を殺し、滉穎様を悲しませたのですから。この程度で死んでもらっては困ります」
もはや、朧は返答出来なかった。ただ、妹の容赦の無い発言に対し、彼女だけは怒らせないでおこう。そう思うのみだった。それでも、朧にとっては可愛い妹なのだが。
そんな妹に想われている滉穎への嫉妬を抑え、朧は部下達に天魔を捕縛する様に命令した。
一段落ついた所で、朧は疑問を口にした。
「ところで、月英。"後ろの正面だあれ"が警告とは一体どういうことだい?」
その質問に対し、月英は微笑みを薄っすらと浮かべた。
「兄上は日本の童謡"かごめかごめ"を知っていますか?」
朧は正直に首を横に振り、「知らない」と答えた。
「大人の宗教的儀礼を子どもが真似たものとされる伝承遊びなのですが、その歌詞の解釈を知っていれば逃げることもできたかもしれませんね。
と言っても、先の一瞬で私の真意まで到達し、行動に移せるのは・・・・・・おそらく、玄羽様ぐらいでしょう」
確かに。むしろ言われた意味が分からなくて固まるかもしれない。
そう朧は思ったが、同時に、気付かれたら折角の罠が無駄になることを承知でそんなことをした月英に呆れにも似た感情を抱いた。
しかし、月英も相手が知らない、と確信した上でのものだったのも容易に推察できていた。
月英はさらに解説を続ける。
「歌詞についての解釈は色々あるのですが・・・・・・"かごめかごめ"の籠目は六芒星の形をしていますから、そこから魔術が連想できるでしょう。また、籠の中の鳥は彼が既に四面楚歌の状態を表します。
"後ろの正面だあれ"は・・・・・・私にしか分からないでしょうが、"私を殺したのは誰"という意味ですね」
言い終わった月英は話し始める前と同様に微笑んでいたが、突然に体勢を崩した。
しかし、朧は慣れていたのか彼女の腕を取り、横から支えていた。
「大丈夫か? 今日は力を使い過ぎだ。早く休もう」
心配そうに声をかけた朧だったが、当の月英はそれを拒んだ。
「いえ、まだ大丈夫です。それに、戦いは始まったばかりです。兄上も、私より殿下と滉穎様のために動いて下さい」
月英は毅然とした態度でそう言うと、眼帯を外した。
魔眼を使うためであったが、それに驚いた朧は思わず大声で彼女に注意した。
「おい! 限界まで魔眼を酷使すれば、失明の可能性すらあるんだぞ!」
彼女の魔眼、特に占眼は揺蕩う未来を観測できるという反則級の魔力的遺伝性過敏症である。だが、所詮は人の持つ力だ。完璧ではなかった。使い過ぎてその眼に負荷をかける、俗に言えば魔力の限界消費を行えば、朧が言った様に失明する可能性が大きいのだ。そのため、大半の魔眼持ちは普段は力を使わない様に抑え、眼帯を付けることが多い。
さらに、今回彼女がしようとした魔眼の使い方も朧に危機感を抱かせた。
占眼は決して万能ではない。未来を視ることができるというのは確かに大きなアドバンテージではあるが、視ることができるのはあくまで可能性の未来であって、蝶の羽ばたき一つで変わることが有り得る。
加えて、視ることができるその光景は未来の自身の目が中心だ。つまり、好きな光景を視られる訳ではない。故に、月英は滉穎に接触し、彼の未来の目を借りる必要があったのだ。
だが、当然それは自身の目を通すよりも負荷が大きくなり、失明の危険性も高くなる。
それでもやはり、月英は止めなかった。
彼女の中にあるのは、ただただ不幸な運命に見舞われるアスタグレンス=リヴァインと、自分の夫となる滉穎を助けたい、いや救う、その気持ちのみだった。
月英は苦しそうに上下する身体に発破をかけ、息も絶え絶えに言葉を紡いだ。
「私は、もう十分に幸せを享受できました。もっと幸せになりたい、そういう気持ちがあるのは否めません。しかし・・・・・・殿下は。
私が視た殿下の運命はいつも残酷でした。それがかわいそうだから助けたい、などと慈善者ぶるつもりもありません。殿下の運命に滉穎様がいつも関わらなければ、あるいは助けようとも思わなかったかもしれません。
ですが、今、殿下の幸せを願うこの気持ちにも偽りはありません。
それに、殿下を失うことで悲しむ滉穎様も見たくはありませんから」
鬼気迫るその様子に、朧は既に反対する意思を無くしていた。
「分かった。お前がそう言うのなら、どこまでも協力しようじゃないか。
お前はかわいい妹なのだから。兄として、未来の義弟とその伴侶を助けよう」
その言葉に、月英は心底嬉しそうな表情を浮かべ、そしてその魔眼を発動させた。
宝石の如く黄色に輝くその左眼から、多くの未来が彼女の脳に流れ込んだ。
その中には視たくもない残酷な未来が存在したが、それでも彼女は必死に視続けた。
さらに、サファイアの如く鮮やかに光るその右眼も同時に発動させた。
すると、占眼からもたらされるその光景の中に、可視化された気の流れが映り込んだ。
そう。彼女は占眼と望気眼を同時に発動させることにより、未来をより正確に視ることができるのだ。
例えば・・・・・・
「兄上。
滉穎様を媒介してカーリーの本拠地が分かりました。後で隠密部隊の方に地図を持って来る様にお願いします。
それと、奇襲は朝方にして下さい。最も彼らの注意力が散漫としている時分でもありますし、何より彼らの中にいる覚醒者をより多く倒せるタイミングです」
「分かった。早速部下に準備をさせよう」
矢継ぎ早に言われたその文言を瞬時に理解した朧は、直属の部下達にその用意をさせるため、走り出そうとする。
だが、月英は朧を呼び止め、最後に忠告をした。
「兄上。
相手は卑劣なやり方を平然と行う連中です。情けは必要ありません。
あと、お気を付け下さい。
赤き火蜥蜴に見せかけて、背後には黒き水蛇がいます。特に、森の中では周囲に気を配って下さい」
それに対して、朧は小さく頷き、
「ああ。了解した。殿下と滉穎と共に、無事に帰って来るよ」
そう断言し、朧は月影が導く幻想の道へと足を踏み入れた。
・雷轟電閃ー(電気)、雷、光、音
魔境で陰陽術に魔術を組み込んだ魔法。現代の分類だと属性は上記の様になるが、陰陽術だと木(雷)と火(電)の二つの気によって構成される。
指定範囲内の生命体に対して、最大で億を超える電圧の電気で攻撃する。その際、爆発したかの様な音と、焼かれる様な光が発生する。また、その威力から周囲の地面が雷で震えたかの様に感じる。
威力は強いが、魔術陣を敷かなければならず、基本は設置型となる。そのため、汎用性には欠け、防衛戦などで主に使われる。しかし、その場合は魔術干渉されない様に注意する必要もあるが、陰陽術の知識がなければ支配はできない。




