Stay Night〜blood moon〜・第六十五話
・パール、パディー
兄弟。カーリーの指導者の秘書的な立場にある破沙羅直属の部下。元傭兵。
「何をしているんだ。パディー」
隣でライフルを構え、つい先程仲間であったバジラの脳天に弾丸を撃ち込んだパディーに、パールは咎める様な声で言った。
ところが、パディーは気にも留めず、
「だって兄さん。あの役立たず、あのエレメンターに何の攻撃もできなかった上に部隊を全滅させたんだぜ。おまけに僕らの位置をばらそうとするし」
気に食わなかったとはいえ、仲間を殺したことに罪悪感も持たないパディーにパールは呆れたため息をついた。
「俺が撃ちたかったのに」
パールの残念そうに呟いた言葉に、「それはすまなかったね」とパディーは返す。
気楽な感じでやり取りをする二人であったが、そうしている間も、パールとパディーは「闇」を展開したエレメンターに銃弾を打ち込み続けていた。
本当はもっと早い段階から狙いたかったのだが、林の中まで撤退し、ライフルを準備し、構えた頃には部隊の半数が死んでいたのだ。加えて、おそらくは神格武器の一時的解放だろうが、その領域展開魔法により、ずっと視界が悪かったのだ。暗視ゴーグルを装備したものの、何故か闇の使い手周辺はまるで光が切り取られたかの様に真っ暗だった。
そういった理由で、彼が暗闇を解除するまで二人は指を咥えて待機する他無かった。
そして、二人がそれを悪手だったことに気付いたのが今さっきである。
闇が消えた時には部隊が壊滅し、あのエレメンターが見えた時にはバジラが何とも不細工な顔をして林へと走って来た。
バジラがその場で殺されていればまだ良かった。だが、エレメンターはバジラを見逃し、ゆっくりと後ろから付いてきたのだ。
バジラが魔道具を設置した所まで戻ろうとするバカなのは、二人にとっては明らかなことであり、それで不利益を被るのは彼らと彼らの組織だった。そのため、パディーは口封じにバジラを殺めたのだ。迫って来るエレメンターに暗黒世界から譲り受けた魔道具を知られぬ様に。
「なあ、兄さん。あいつおかしい。僕達の銃弾を全部かわしていやがる」
パディーはそのままエレメンターをも殺そうとした。確かに、神格武器は厄介ではあるが、その能力が精神干渉系の範囲魔法であることは分かったし、その領域外から自分達はライフルで一方的に攻撃できると思ったからだ。
しかし、その目論見はいとも容易く崩れた。
当たらないのだ。
パールとパディーは南半球での傭兵経験から銃に対する造詣は深く、特に遠距離射撃を得意としていた。そんな二人が協力して一人を正確に狙っているにも関わらず。
「そんなの当たり前だ」
憤り始めたパディーに対して、パールはあくまで冷静であり、納得の様子で言葉を続けた。
「破沙羅様の話を聞いていなかったのか?
あの男は、おそらく山滉穎だ。玄羽=ヴァトリーの弟子で召喚者。
まるで玄羽の生き写しの様に使う魔法がほぼ同じ。だから、《perfect vision》も使えるのだろう」
そう結論付けたパールにパディーも理解したのか、納得した表情を浮かべた。
「あ〜。あの玄羽ね。あいつの弟子って言われると何でも納得できるから不思議だわ」
そう。パールとパディーはヴァトリー家次期当主である玄羽を知っており、その脅威も理解していた。
何故なら、実際に遭ったことがある上に、彼の作戦によって苦虫を噛み潰した様な思いをさせられたことがあるからだ。
三年程前、再び活発化したテロリスト集団カーリーは、その本拠地をフレア帝国の光剣部隊とトイラプス帝国のSVMDFに強襲された。
その時は完全な奇襲であり、ガイン=エルグ率いるサギーと共に二人は居たのだが、彼らを捕まえるまたは殺しに来たのが玄羽の部隊であった。二人は、自分達の部下と一緒に銃弾の雨を玄羽に叩き込んだのにも関わらず、彼はそれを尽く避けてしまったのだ。もちろん、正面からではなく、障害物も上手に活用した結果だったのだが、二人にとっては衝撃の出来事だった。
光剣部隊じゃなくて良かった。
そんな思いはすぐに掻き消され、数十分後には逃げ惑うこととなった。
あらゆる弾丸を跳ね除ける光剣部隊に対し、全ての銃弾を回避する玄羽。
遠距離攻撃が効かないならば、近距離だ。
そう言って突っ込んだ者達は玄羽の配下によって捕まり、その纏め役であったガインは玄羽との一騎討ちの末に拘束された。まあ、そのおかげで二人は玄羽と光剣部隊から逃れられたのだが。
あの時の光景が今、パディーの脳裏に蘇った。
しかし、あれと比べれば目の前の敵など脅威に感じる程の存在ではない。あくまであれが異常なのであって、例えあれと同じ魔法が使えるからと言って同じ存在とは限らない。あれの弟子相手でも、パディーには勝つ算段がある。
それに、実は破沙羅から二人はもう一つ命令が下されていた。そのためにも、滉穎というエレメンターを前にして逃げる訳にはいかなかった。
パールとパディーはその後も途絶えることなく銃弾を撃ち続けた。そのために、滉穎は近付くことが叶わず、避けに徹する他無かった。かと言って、滉穎は焦りはしなかった。
彼のライバルとも言えるイヴァン=J=グランドウォーカーが使った《魔弾の射手》に比べれば、速度も数も圧倒的に劣っていたからだ。まあ、《魔弾の射手》は神格武器の聖句であるのだから、比較対象がおかしいだけであり、本来避けられるものではなかったのだが。
しばらく膠着状態が続き、しかし着実に滉穎が林へと近付いていた時だった。
西の街道から大柄な男が現れ、二人の攻撃に集中していた滉穎に奇襲を掛けた。
彼はそのことを予測していなかったのか、初動が遅れ、その無防備だった腹に大男の拳を受けた。
だが、即座に後ろへと飛び退いたおかげか、どうやらダメージは少ない様で、パールとパディーの追撃から逃れることができた。
「何故? あなたがここにいる?」
既に林の中に入れる状態だった滉穎は、木にその身を隠し、大男に問い掛けた。
しかし、その男は彼の問いに応える様子は見せない。むしろ彼の口を塞ごうと、パール・パディー兄弟に命令を下した。
「私が彼の行動選択肢を狭める。おまえらは行動を予測し、麻痺弾で彼を戦闘不能にさせろ」
「「了解」」
その会話はもちろん聴覚を強化した滉穎にも聞こえていた。
しかし、その指示に彼は首を傾げた。
何故、麻痺弾なのだろうか?
殺せ。ではなく、戦闘不能なのか?
自分は彼らの部下を皆殺しにした存在なのに。
滉穎は痛む腹を抑えて、思考を巡らせたが答えは出ない。
そのことに彼は歯噛みした。
まさか、あの男に騙されたのではないか、と。
あの男は皇族であるアスタグレンス=リヴァインをテロリストが狙っていると言った。しかし、目の前の彼らは不可解な行動を取ろうとしている。もちろん、彼を騙すための嘘なのかもしれないが、残念ながら滉穎は悪意と殺意には敏感な人間だった。少なくとも、大男から殺意を感じることはなかった。まあ、それによって異様さが増しているのだが。
分かってはいたが、やはり今もあの男の手の平に自分は居る様だ。
そう思った彼は悔しさを顔に浮かべつつも、次はどうするべきかを考えていた。
状況は一変して不利になった。
もう一度《朧月》を発動したとしても、光属性を使う訳ではないから特に意味はない。精神魔法もおそらくはレジストされるだろう。精神魔法というものは強い意思や自我を持つ者には通じないのだ。
かと言って、正面から戦うのも愚の骨頂であった。遠距離攻撃に意識を割きつつ、大男と正面からやり合うのは分が悪過ぎるからだ。
そうなると、アスタグレンスが居る館に走り戻り、彼女を連れて川を渡るしかなかった。アスタグレンスの得意属性は火と水であり、彼の電気属性も活かせるからだ。
もちろん、館で抵抗する案もあるだろう。実は、館にはこっそり滉穎が魔術による結界を創り、侵入者への対策もある程度できている。アスタグレンスが今になっても彼らの戦いに気付いていないのは、その魔術のせいでもあった。
しかし、それも現実的ではなかった。
滉穎が言うあの男が出て来た時点で、もはや援軍の期待はできないからだ。また、例え滉穎とアスタグレンスの二人で戦うとしても、覚醒者三人の相手はかなり苦しくなるだろう。そうなれば、行き着くのはジリ貧の結果、二人共に捕縛だ。
しかしながら、どうやらその大男は滉穎に考える時間を与えてくれない様だった。
「《飛天光触閃》」
その瞬間、闇夜に眩しい程の白光が走った。
今だ、電影の《朧月》は限定的に発動はしていたので、光属性系の魔法は威力が低減するはずなのだが、大男の魔力が強大なためかそんな様子は全く見せなかった。
突然のフラッシュにより、滉穎の視力は一時的に奪われる形となった。
・・・・・・だが、
「二度も引っ掛かるか!」
既に視力に頼るのを止めていた滉穎にはあまり効果は無い様で、逆にフラッシュの瞬間を狙って館へと走り出した。
館に仕掛けた魔術があまり役に立たないとしても、三人を足止めにするには十分だろう。その間に滉穎はアスタグレンスを連れて逃げるつもりだった。
しかし、その刹那だった。
滉穎の耳が三人が居る方向から発砲音が一つするのを捉えた。
回避と迎撃の二つの選択肢があった滉穎だが、前者を選べばもう一人のスナイパーに狙われ、後者を選べば大男に狙われる。
果たして滉穎が選択した行動は・・・・・・前者だった。
フラッシュ直前の彼らと自分の立ち位置、発砲音の方向、自分の進路方向、彼らが誘導したい方向。それらを演算し、滉穎はまるで弾丸を意にも介していないかの様に躱した。
だがその十五刹那後、つまり零コンマ二秒後。彼の右足に銃弾が被弾し、彼は痺れた感覚を覚えた。
いや、実際に痺れたのだ。おそらく使われたのは麻痺弾。対象に被弾すると強い電流が走り、相手の神経系または筋肉を麻痺させるものだ。
元は魔獣用に開発された代物なのだが、人間相手に使えないことはない。
滉穎は然る後に全身に電気が走ったのを感じ、態勢を崩した。
だが、滉穎は倒れなかった。
予想外の攻撃に驚きはしたが、彼はアクションタイプのエレメンターだ。自分の身体に仕掛けられたものに対応するのは慣れたものであった。もちろん、魔法攻撃ではない麻痺弾の影響を完全に消し去ることは出来ないので、状況が悪化したことは間違いないのだが。
そして、そのチャンスを見逃す彼らではなかった。
「《うおおおおおおおおおお》」
けたたましい叫び声で《獅子吼》を発動しながら大男は滉穎へと接近する。
しかし、滉穎はもはや《獅子吼》への対応は慣れたもので、音は彼にまで届くことはなかった。まあ、大男の狙いは《獅子吼》による滉穎の戦闘不能ではなく、パールとパディーの士気を上げることなのだが。
滉穎は視覚も聴覚も封じられた状態で大男の手からするりするりと逃れていく。それはまるで未来でも視ているかの様に、全ての攻撃を的確に避けていた。
いや、実際に彼には視えているのだ。未来が。
「なるほど。《千里眼》か。道理で私の行動が筒抜けな訳だな」
感心した様子を見せた大男に滉穎は応える。
「よく言うぜ。未来視というハンデが有るにも関わらず、あなたには全く僕の攻撃が届いていないじゃないか。ただの嫌味だぜ」
その言葉に、大男は笑うだけだった。
「当たり前だ。私は《天眼通》を使っているのだからね」
「なっ!!」
滉穎は今までに見せたことのない驚愕の色を呈した。そして、言葉を続けた。しかし、そこには憤怒も悲嘆の情も無い。ただただ、彼のそれには悔しさのみが乗っていた。
「何故? 何故その域にまで到達しながら、人の命を侮辱する行為を続けている? 人の生命を脅かす? 冒涜し続ける? あなたは何に復讐したいんだ?」
「さて? 何故だろう?」
その時、滉穎は大男が加速する未来を観測した。しかし、同時に自分の足が痺れて身動きができない状況も視えてしまった。
案の定、足に刺さっていた麻痺弾から再び電流が流れた。それは、先程と比べればかなり威力が低減してはいたが、彼の動きを制限するには十分なものであった。
滉穎はその首を大男に掴まれ、身体を宙に浮かされた。
「がっ・・・・・・ゔっ、うぐ」
足をジタバタと動かし、必死の抵抗を見せるも大男に気道を狭められ、既に意識は遠のき始めていた。
「眠れ。そして、その力を我が導師のために」
その数秒後、滉穎は意識を刈り取られ、その四肢は重力に従うのみとなった。
滉穎が無力化され、しばらくしてパール・パディー兄弟はその大男へと近付いた。
「さすがは破沙羅様。玄羽の弟子も赤子の様です」
パールはそう言うと、すぐさま前言を撤回した。
「いや、今はこう言うべきですか。阿僧恒河様、と」
それに破沙羅もとい恒河は、邪悪な笑みを浮かべるのみだった。
・天眼通
仏教版の《千里眼》。
六神通の一つ。仏・菩薩、また修行を積んだ人の持つ、現在・過去・未来の全てを見通すことの出来る能力。




